第19話 神罰の影

朝日が昇る。

黒く焦げた大地を黄金色の光が照らし出す。

前夜、ルキの中の魔王の力を鎮めたキトたちは、崩れた村の外れで静かに夜を明かしていた。


「……朝か。」

焚き火の灰を見つめながら、キトが呟く。


ルキはまだ腕に残る黒い紋様を見つめている。

「俺の中には、確かに“あいつ”がいる。完全に押さえ込めたわけじゃない。」


「でも、前とは違う。今度はお前の意思で封じた。」フィストが笑い、拳でルキの肩を軽く叩く。


青龍は目を閉じたまま静かに言う。

「問題は……その“力”を追ってくる存在が現れることだ。」


「追ってくる?」


「神々は封印を破られたことを知る。封印の一部は天界と繋がっているからな。つまり――もう見つかっている。」


その瞬間、空が鳴った。

稲妻のような光が雲を裂き、轟音と共に光の柱が地上へと落ちる。


「なっ……!?」

フィストが顔を上げる。


空の裂け目から、白い羽根が舞い落ちた。

まるで神聖な雪のように降り注ぐ――だが、その光にはどこか冷たく、無慈悲な気配が混じっていた。


「来たな……“神の使徒”だ。」

青龍が刀に手を添える。


光の柱が地に触れた瞬間、静寂が訪れる。

そこに立っていたのは、銀の鎧に身を包んだひとりの男だった。

長い金髪をなびかせ、背には巨大な翼。

瞳は蒼く澄み切り、その一瞥で人の心を凍らせるほどの威圧を放っている。


「……人の子よ。」

その声は響き渡り、まるで神託のように空気を震わせた。


キトが一歩前に出る。

「お前が、“神の使徒”か。」


「我が名はセラフィム・ノア。

主エデンの命により、地を乱す者を粛清するために降臨した。」


ルキが歯を食いしばる。

「……俺たちのことか?」


ノアは静かに頷く。

「“魔王の血”が再び脈動した。

それは許されぬ禁忌。神の秩序に背く存在を、放置はできぬ。」


キトが睨む。

「神の秩序……だと? お前たちはいつもそうだな。

自分たちの決めた“正義”のために、誰かを切り捨てる。」


ノアの目が細くなる。

「その言葉、まるで“神鬼”のようだ。」


一瞬、空気が凍る。

キトの心臓がドクンと跳ねた。

その名を、この世界で知る者はいないはず――。


「……神鬼、だと?」


ノアがゆっくりと手を掲げる。

「記録には残っている。かつて天を焦がした“神と鬼の混血”。

神族に仇なす者として、主自らが裁いた存在――名を、キト。」


その瞬間、キトの頭の中で何かが弾けた。

痛みと共に、断片的な光景が脳裏を走る。


──白い空。血に染まる大地。

──神々の剣に貫かれる自分。

──そして、エデンの声。

「お前の存在は神の汚点だ。」


「ぐっ……あああああああッ!」


フィストが叫ぶ。

「キト!? どうした!!」


青龍が顔をしかめる。

「記憶が……封印されていたのか。」


ノアが冷たく告げる。

「主は慈悲深い。だが、同じ過ちを繰り返す者には容赦はない。

神鬼の魂よ――今ここで、再び葬る。」


光が爆ぜた。

ノアの背の翼から、無数の光刃が放たれる。

地を抉り、空を裂くその一撃を、キトは咄嗟に腕で受け止めた。


「クッ……!」

腕が焼けるように熱い。

だが、痛みの奥に懐かしい力が呼応していた。


(これは……俺の中に……神の血?)


キトの鬼紋が輝く。

紅い炎と白い光が混ざり合い、彼の周囲に双極のオーラが生まれた。


「面白い。」

ノアの唇がわずかに笑みに歪む。

「ならば、その力が神に届くか確かめてやろう。」


青龍とルキが前に出る。

「ここで倒れるわけにはいかねぇ!」


「行くぞ、キト!」


三人の力がぶつかり、地が爆発する。

光と炎、龍気と闇――全てが交錯し、天へと届くほどの閃光を放った。


だが、ノアは一歩も動かない。

「力は悪くない。だが、未だ“神域”には届かぬ。」


その言葉と共に、ノアの瞳が蒼白に光る。

「――《天罰:ルクス・ジャッジメント》」


無数の光槍が降り注ぎ、地が焼かれる。

キトたちは必死に避けるが、ルキの肩に一撃が突き刺さる。


「ぐっ……くそッ!!」


「ルキ!!」フィストが駆け寄るが、ノアの光壁に阻まれた。


「……遊びは終わりだ。神の意志に背く者よ、次は無い。」


ノアは翼を広げ、再び空へ舞い上がる。

その姿が光に溶けるように消えゆくと同時に、地上には静寂が戻った。


焦げた大地の上で、キトは拳を握りしめる。

「……やはり、“神”が敵か。」


青龍が肩で息をしながら言う。

「だが、確実に前に進んでいる。お前の記憶も、少しずつ戻っているようだ。」


ルキは血を拭いながら笑う。

「だったら――次は、こっちから殴り込む番だな。」


キトは拳を空に向けて突き上げた。

「神の使徒だろうが、神そのものだろうが……俺は何度でも立ち上がる。」


彼の瞳には、確かな決意と燃えるような光が宿っていた。

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