第30話 ナニィという女性

 「最近、フィラ様ぼーっとしてますよね」



 メシィと出掛けた日から数日が経ったある日、いつものように食堂でいつもの元神子の後輩と食事をしていると唐突に彼からダメ出しを受けた。



 「そ、そうですか?」


 「はい。心ここにあらずって感じでずっと上の空ですよ。何かありました?」

 
「いや、特になにもありませんよ」



 フィラはそう言うと、さっさと食事を終えて食堂を後にする。

 残った後輩は不思議そうにその背中を見ていた。



 ……最近メシィを見かけない。


 少し前までは隙間を縫っては一般居住区に遊びにきていたが、ここのところパッタリと見かけなくなった。



 忙しいのだろうか。


 ……もしかして、体調が悪いのだろうか。


 彼女は休みなく神族の下で働いている。

 オーバーワークではないのだろうか。



 そう考えるといても経ってもいられなくなってきた。

 自分がこうしてのんびり休憩している間にも、彼女は体を酷使しているかもしれない。



 「うわっ」


 そんな事を考えながら俯いて中庭の通路を歩いていると、人とぶつかってしまった。


 
「す、すいませ……リーム様!」



 ぶつかったのは他でもない、リームだった。



 「ああ、こちらこそすいません」



 リームは笑顔で会釈するとそのまま立ち去ろうとしたので



 「待ってください!」



 思わず彼のローブの袖を思い切り引っ張った。



 「わわっ…… ど、どうされました?」



 ものすごい剣幕で迫ってくるフィラに、リームは少し着崩れたローブを直しながら尋ねた。



 「あ、あの……最近メシィさんを見かけないのですが…… 具合でも悪いのですか?」


 「ああ、そう言う事ですか」



 リームは納得したようにそう言うと、フィラの手を取り



 「お会いになられますか?」



 笑顔でそう聞いた。






 「いやーー、フィラくんがお見舞いに来てくれるなんて感激っす!」



 ここは神族居住区の中にある医務室。どうやら彼女はあの日以来体調を崩し寝込んでいたらしい。

 ちょうどこの時期は季節性の流行病が増える頃らしく、彼女もその病にやられてしまったようだ。


 うつるものなので三週間程は隔離されるらしいが、風邪のようなもので時間さえ経てば元どおりになるらしい。

 しかし、季節などない時の街に季節性の病が流行るというのも不思議なものである。

 確定世界に出向していた人達が帰ってくるこの時期に増えるらしいので、彼らが持ち帰ってくるのだろう。


 時空を超えて移動するウイルス。

 ある意味バイオテロである。



「メシィさんは順調に回復していますよ。あと一週間ほど休めば人にもうつさずに復帰できるでしょう」



 リームがそう言いながら微笑む。


 
「よかったです。働きすぎて倒れたのかと心配しました」



 フィラが安堵の表情でメシィを見つめると、彼女は照れ臭そうに頬を染めた。


 
「それでは私はこれで」



 昼休みはとうに過ぎている。

 そろそろ戻らないと皆に申し訳ない。



 「あ、フィラさん」



 部屋を後にしようとするフィラをリームが呼び止めた。



 「よかったら、少しお茶でもしませんか?」


 「え、でも……」


 「そんなにお時間はとりませんから」


 「わかりました。では、お言葉に甘えて……」



 皆には申し訳ないが、神族の頼みを断るのも違う気がしたのでフィラはリームと共に部屋を出た。


 「この部屋です」



 暫く歩くと廊下の端の方に扉があった。


 部屋に入ると四畳ほどの手狭な空間に、机、テーブル、小さな応接セットなど色んなものがひしめき合っていた。

 書類がどっさり乗った机の正面にある小さな応接セットのソファを勧められ、フィラは遠慮がちに座る。


 
「どうぞ」



 そう言うと、リームはとても香りの良いお茶の入ったティーカップを正面のテーブルに置いた。


 
「シルファディアでは有名なお茶です。お口に合えばいいのですが」



 火傷しないように二回ほど息で冷ますと、一口だけ含んでみる。



 「おいしい……!」



 味わい深い渋みが口の中に広がる。


 癖のない味ですっきりしている。お茶としては一級品だ。

 シルファディアにはこのような茶葉があるのか。



 そういえばリームやユリナの私物は何故かシルファディア製の物が多い。

 親戚でもいるのだろうか。


 フィラもシルファディアという大きな国があると言うことは知っているが、行ったこともなければ行く予定もなかった。

 雲の上の国という感じだ。



 「……どうです? メシィさん。健気で良い子でしょう?」



 リームは向いのソファに腰掛け笑顔で問いかけた。



 「そ、そうですね」

 
「あの子は頑張り屋さんなんです。今回の流行病だって疲労が蓄積して抵抗力が下がったのが遠因だとお医者様は仰ってました。僕が内勤している時や、IGO……確定世界で働いている時はなるべく自由にさせていますが、忙しい時はやはり負担を掛けてしまいます」



 いつの間にか、どこから侵入したのかにゃーこがリームの膝の上でゴロゴロしている。

 ふと、フィラと目が合うと舌打ちしたように見えた。


 なんて人間的な小動物なんだろう。



 「だから、貴方みたいな人が彼女の隣に居てくれたら、僕も安心なんですけれどね……」

 
「リーム様……」

 
「差し出がましいことを言ってすいません。僕が意見すべきことで無いのは分かっています。でも、もし貴方があの子ことを気になってくれているのなら、一言伝えておきたくて」

 
「えらく彼女を気に掛けられるのですね」



 そういえばメシィが「リーム様に拾ってもらった」と言っていた事を思い出す。


 
「ええ。メシィさんは僕の大切な人が大切にしていた人なんです。メシィさんの幸せは彼女の願いであり、僕の願いでもあるんです」

 
「それは……」



 もしかしてナニィさん、という方ですか?

 そう問おうとしたが、ぐっと飲み込んだ。


 無関係な自分が口にしていい名前では無い気がした。



 「お時間をとらせてしまいましたね。僕が伝えたかったのはそれだけです」



 そう言って彼はにゃーこを抱え上げる。



 「キミもご主人が居なくて寂しいね」



 リームがそう言うと、にゃーこは低く唸ってはリームの手からするりと逃れ、彼のローブの裾から中に潜っていった。



「ちょっ……くすぐったい!」


 服の中を這いずり回るにゃーこと捕まえようとするリームの攻防を眺めながら、フィラはクスクスと笑っていた。

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