第29話 メシィの頑張り物語

 「……で?」



 数日後、メイド服に身を包んだユリナが深々と礼をする。

 一応メイド服の形はしているが、胸元ははだけスカートは膝上と適当にネットでポチったコスプレみたいな恰好をしていた。


 そんなユリナにリームは理由を説明するように投げかけたところだった。


 「今日一日はあたしが貴方の秘書やってあげるから」

 
「もしかして、わざわざその服調達したの?」


 「そうよ。形から入るタイプなの」


 
そう言うとユリナはいつもメシィが腰掛けている窓際の椅子に座り、スケジュール帳を開く。


 
「えーっと、今日は九時からIGOの役員と時の街会議室で会議。四十五分には終わるから五分で準備して五十分には時空転移。十時からはミルタールの大臣と確定世界で会合。三十七分に終了予定だから四十三分には時空転移して四十五分には戻ってこれるわね。それから十分で準備して十一時からはシルファディアの……げっ、シルファディアとかあるじゃない、あたしは逃げるわよ」


 
「好きにしていいよ」



 リームは今日のスケジュールを読み上げるユリナの話を聞いているようで流しながら黙々と作業を進めていた。



 「あの子、こんな緻密なスケジュールを毎日管理しながら貴方の介護をしてるのね……過労で倒れないかしら」


 ユリナはメシィの手帳をパラパラとめくりながら心配そうに呟いた。



 「ちょっと、なんとか言いなさいよ」

 「今日のメイドさんは口が多いなと思って」



 顔も上げずに冷たくそう言うリームに


 
「つまんない男ね」



 ユリナはぷいとそっぽ向いた。







 ***



 今日は時の街で言う休日にあたる日。


 本来神族の秘書兼メイドであるメシィに休日など無いに等しいが、何故か協力的なユリナの計らいでこうして一般居住区を歩くことができている。



 「あ、フィラくんこっちっす!」



 中庭の大きな木の根本で待ち合わせしていた二人はすぐに落ち合うことができた。正確には待ち合わせするようにユリナが仕向けたのだが。



 「急に私にお誘いがかかるなんて驚きです」



 フィラは休日だと言うのに何故か正装で現れた。


 一方メシィは薄いピンク色をした可愛らしいロングワンピースにその身を包んでいる。

 所々にフリルがあしらわれ、女の子らしさを強調していた。



 余談だがメシィは部屋着と作業着以外の服を持っていないので、当然これはユリナの私物である。



 普段胸元がぱっかり開いていていつ下着が覗くか分からないくらい丈の短いスカートの正装ばかり見ていたので、彼女がこういう清楚な感じの服装で現れるとは思っていなかったフィラは正直ドキッとした。


 「さ、私が時の街を案内するっす!」



 フィラがここに来て半年ほどになるが、基本的に仕事場と自宅の往復しかしないのでまだまだ行った事ない所が沢山あった。


 二人は時の街教会の西側、施設棟をくまなく回る。


 途中、物資棟の衣類コーナーでお互い試着したり、食材コーナーで試食したり、展望デッキに登り、上から時の街を一望したり、まるで恋人達のデートの真似事をしているようだ。


 二人にとってこの出来事は、忘れることのできないものとなった。



 「フィラくん、今日はとっても楽しかったっす」



 時は夕刻、楽しい時間が過ぎるのは早いもので、そろそろ帰らないといけない時間だ。

 メシィはユリナと打ち合わせたプランを完璧にこなし、二人は再び中庭の大きな木の根本に戻っていた。


 「いえいえ、こちらこそとても楽しかったです。貴女に案内して頂いて、とても助かりました」


 沈黙が流れる。

 二人は暫く見つめ合うが、当然特に何も起こることなく別れの時間になった。

 「あ、そうだ!」



 突然メシィが思いついたように叫んだ。


 
「一つ連れて行きたいところがあったっす。ついてきてくれるっすよね?」

 
「え、あ……」



 メシィはフィラの返事も聞かずに彼の腕を掴んで神族居住区へと飛び込む。彼女はそのまま裏口へと走り抜け、鬱蒼とした草木の中をスカートで突き進む。


 
「ここは……」


 「ここは墓地っす。神族や私たちみたいな御三家が亡くなったらここに埋葬されるっす」



 彼女はまっすぐにその中の一つの墓へと向かった。

 メシィは態度こそチャラチャラしているが、由緒正しき名家、「ヴェスペル家」の令嬢であり、レイシィの家柄「セントクレア家」ともう一つの家柄「ルクレール家」と一緒に「時の街御三家」と呼ばれ、神や神族のお世話を代々おこなっている……らしい。

 一説によると、遠い昔は神族の血縁だったとかなんとか。

 真偽は不明だが。

 彼女が案内した墓はひとつだけ妙に手入れが行き届いているようだった。

 明らかに他の墓と違う。チリひとつ落ちていない。


 「私がメイドを目指した原点がここにあるっす」




 メシィは墓石の前で空を見あげる。


 神族の世話係というのは御三家の中でも非常に箔がつく仕事で、物凄く競争率が高い。

 そもそもこの仕事自体、実直に仕事だけを優先できる人じゃないとこなせないのだ。



 「この人は私の従姉、ナニィさんっす」



 彼女は愛おしそうに墓石に触れる。


 
「ナニィさんは私の憧れの人だったっす。彼女はリーム様とユリナ様の乳母で、お二人が幼少の頃唯一心を開いた大人なんっす。聖母のように優しくて、母のように強く、とても綺麗な女性だったっす」


 
「そうなんですか……」


 ここに墓石として存在しているということは、その後悲しいことがあったのだろう。


 フィラは距離感が測れなくて相槌を打つことしかできなかった。



 「でも、ある日事件が起きたっす。ナニィさんは無実の罪を着せられて処刑されてしまったんっす」


 「え……?」



 まさかの展開にフィラは驚きを隠せなかった。

 「悲しいこと」が、そこまでの事とは思いもしなかった。


 
「悔しかったっす。何もできない子供の自分と無実を証明できないウチの大人達が……!あろうことかウチの親達はナニィさんの罪を認め、処刑に賛成した上に彼女を除名処分にしたんっす……!」



 メシィの瞳からポロポロと涙が溢れる。



 「床に転がるナニィさんの首と嘲笑う大人たちの声がいつまでも忘れられなくて。……だから、いつか立派な神族のメイドになってナニィさんの汚名を晴らすんだ、私が立派に仕事を務めあげれば、ヴェスペル家のメイドは見直されてナニィさんのことも考え直してくれるかもしれないって」


 強く訴えるメシィは空に向かってまっすぐ手を伸ばした。

 まるで届かない夢を逃さないように。


 「レイシィさんを見ていたら分かると思うんですが、本来神族のメイドってあんな感じなんっす。私なんかがどう背伸びしてもなれるようなものじゃないんっす。でも、そんな私をリーム様は拾ってくれて……感謝っす!」



 夕刻の鬱蒼とした墓地、暗い影を落としたこの場所で語られる一人のメイドの物語。

 その気高き心は彼女のチャラチャラした印象を一掃するほど真面目に直向きで、初めてフィラは彼女という存在に心から惹かれた。

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