3章 恋する彼女に祝福を

第28話 小さな恋心

 「最近、フィラ様とメシィさんって仲良いですよね」

 ある日、フィラが元神子の後輩と食堂で昼食を取っていた時のこと。

 焼き立てのウインナーを入れようと口を大きく開いた瞬間、不意に後輩が尋ねてきた。


 「あちちちちっ」



 突然の問いかけに動揺したフィラはウインナーを口の中に入れ損ない、テーブルに添えていた左手の上に思い切り落とした。


 
「何言ってるんですか!」

 
「何怒ってるんですか?」



 慌てふためくフィラを後輩は不思議そうに見つめ、遠慮なく追撃した。



 「フィラ様ってカルディア教会にいた頃は女っ気0だったからどんな女性に興味あるのか謎だったけど、ああ言った感じがタイプなんですね」


 「違います! メシィさんは関係ないです!」



 力強く否定するフィラを後輩はなお不思議そうに見つめる。


 元々フィラはあまり女性には興味がなかったが、どちらかと言うと慎ましやかな女性に憧れる傾向にあった。

 メシィやユリナのようなチャラチャラした雰囲気の若者は寧ろ苦手なタイプだ。



 「……でも、メシィさんの方は多分フィラ様にぞっこんなんだけどなあ」


 「なんです?」



 後輩がボソボソと呟いたのでフィラには聞こえなかったようだが、彼は何でもないですと一言だけ言い先に持ち場へと戻っていった。



 「フィラくん!」



 昼食を終え持ち場に戻ろうと中庭の通路を歩いていると、大きな洗濯カゴを抱えたメシィと出会った。


 
「ああ、メシィさん。お疲れ様です」



 先程あんな話をしたせいか、なんとなく気恥ずかしくて彼女から目線を外した。



 「……フィラくん、もしかして体調悪いんすか?」



 メシィは洗濯カゴを地に下ろし、心配そうにフィラに駆け寄る。


 フィラは体格はモヤシだが背はそれなりに高く百八十センチに近い。

 一方メシィはまだ成長期なのか、百四十センチほどしかない。


 その差実に四十センチ。

 話す時も当然フィラが見下ろす形になる。


 自分の胸ほどの背しかないメシィが爪先立ちで一生懸命覗き込んでくる様がいじらしくて、少しだけ鼓動が高鳴る。


 見つめ合うのも気まずいので視線を逸らすが、逸らす先を失敗した。

 咄嗟に視線を下に逸らしたせいで、胸元を見つめることになってしまった。


 普通の人ならなんとも思わないが、この時の街の正装の構造は理解に苦しむものがある。

 女性のローブなんか胸元がぱっかりと二つに割れており、横から見ようものならほぼ裸である。


 メシィのタイニーな、でもしっかり女性としての膨らみを持つ胸を間近で見てしまい、思わず高揚する。


 
「わ、私は大丈夫ですから!」



 慌てた彼はメシィを突き放して距離を取った。



 「そ、そうっすか? 大丈夫ならいいんっすけど……」



 何故突き放されたのか理解できないメシィは少し傷ついた顔でそう答えた。

 彼女は再び洗濯カゴを抱え上げると、寂しそうに手を振って神族居住区に消えていった。


 

 「はあ……」



 いつもの多目的小部屋の窓際で、今日も深いため息が繰り出される。



 「今日は一段と深いですね」



 いつものように作業をしながらリームが問う。


 
「リーム様は私の魅力って何だと思うっすか?」


 「うーん、元気で健気なところかな」


 「あっそーっすか」



 自分から聞いておきながら淡白な返事を返すメシィ。



 「どう答えたら御満足頂けました?」

 
「もっと捻りがほしいっすねー」



 つまらなさそうに窓の外に目線を投げるメシィの肩の上ににゃーこが飛び乗ってきた。


 
「お前は私のどういうところが好きなんっす?」



 肩に乗るにゃーこを引き剥がし、両手で脇の辺りを抱え上げてまじまじと見つめる。



 「にゃーー」

 
「いたっ……」



 にゃーこはメシィの鼻を引っ掻いた。


 その拍子ににゃーこを支える彼女の手が緩み、そこからするりと抜け出すとリームの膝の上にちょこんと乗っかった。



 「にゃーこは本当にリーム様が好きっすね……」



 メシィが呆れた顔でにゃーこを見つめる。


 ……飼い主は私なのにと若干嫉妬しながら。



「あはは、僕よりユリナが好きですよ、この子」



 リームがその背を撫でながら言う。

 にゃーこはゴロゴロと喉を鳴らしながらさすって欲しそうに腹を曝け出した。


「それはユリナ様というよりもおっぱいが好きなだけっす……」



 小動物の癖にヒトのおっぱいを好むにゃーこ。

 メシィは主人として情けない思いでいっぱいだった。



 「私がなんですって?」



 突然居ないはずの人の声が響く。


 
「何処から現れたんだよ君は」


 リームは声の主、ユリナに向かって怪訝そうに問う。



「あら、ちゃんと扉から失礼したわよ。貴方達二人とも自分のことに一生懸命すぎて気付いてないだけよ」



 確かにリームは仕事、メシィは窓の外ばかり見つめついたのでユリナが部屋に入ってきたことに全く気付いていなかった。



 「メシィちゃんがなんだか楽しそうなお話してるから混ぜてもらおうかなーと思って」



 ユリナが大きく伸びをしながらそう言うと、リームは至極嫌そうな目でユリナを睨む。

 彼がこういう負の感情を含んだ表情を見せるのはこの女性の前だけだ。

 メシィは当然二人はそういう関係だと勝手に思っていたが、以前なんかの折にリームに問うたところ、「ただの従兄妹」とバッサリ切り捨てられた。

 本当にこの二人、謎が多すぎる。



 「あらまあ失礼ね。私は真剣に相談相手になりたいだけよ」

 
「メシィさんは今仕事中です。ユリナもとっとと仕事に戻って……」



 そこまで言って顔を上げると、既に二人の姿は無かった。


 
「はあ……メシィさんの純粋な気持ちを弄ばないといいけど」



 リームは困り顔で開け放たれた扉を見つめた。



 「い、いいんっすかね、仕事中にこんな抜け出して」


 「いいのよ。私といるのだからリームは何の心配もないでしょ」



 ユリナはメシィの手を引きながら、自分の部屋へと向かって行った。



 「ほら、入って」



 実はメシィはリームの担当メイドとして辞令を貰う前までは一般居住区で働いていた為、ユリナの存在こそ知ってはいたが会ったことは一度も無かった。



 まだ知り合って一年ほど、しかも自分のご主人とよく分からない関係の女性と個室で二人きりになることに柄もなく緊張していた。



「……で?二人はどこまでいってるの?」



 ユリナはガラスのテーブルに両手で頬杖を付き、満面の笑みでメシィに問う。



 「どどどどこまでもなにも、ただの知り合いっす!」


 「え? まだ何もしてないの?」


 「なななななにって何をするというのですか⁉」



 あまりにもユリナが直接的なことを聞いてくるので、メシィの脳内はパンク寸前だ。

 ユリナは茹で蛸のような彼女を見て表情を緩めた。



 「貴女、恋愛経験は?」


 「……ないっす」



 メシィは態度と見た目こそチャラチャラしているが、仕事に対する想いは真剣で根はとても真面目である。

そのため今まで仕事以外のことに時間を割いたことが無かった。

 そうは見えないが、本質はフィラとあまり変わらない。


 
「そっか、まずはフィラくんをその気にさせるところからね!」



 ユリナが軽くウインクをすると、メシィが真剣に食いつく。



 「ど、どうやったらフィラくんはこっち向いてくれるっすかね?!」


 「まずはー、二人きりの時間を設けることね! デートに誘うのよデートに!」


 「デートっすか……。最近、仕事が忙しくてなかなか休みが取れなくて……」



 言い忘れていたが、神族居住区の中は親戚しか居ない所為か割とブラックである。



 「大丈夫よ。一日くらいあたしがリームのメイドしても構わないわよ」


 「え、でも……」


 「セッティングもあたしが全部やっとくから、貴女はお洒落してあたしが指定した場所に現れてくれればいいわ」



 ニコニコと笑顔を浮かべるユリナがペラペラと話を進める。



 「貴女とフィラくんお似合いだと思うわ。あたしも応援したいの」

 
「ユリナ様……」


 二人は意気投合したようにデートの計画を練っていく。

 完璧なプランだ。

 ロマンスもある。

 大満足のメシィはユリナにお礼を言っては笑顔で部屋を去った。

 一人部屋に残ったユリナはチラリとローチェストの上に佇む一枚の写真に目をやる。

 そこには幼い少年少女を包み込むように抱く優しい笑顔の女性が映っていた。


「あなたは…… ナニィの分まで幸せになってね」

 

 

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