第27話 偽りの少年に安寧を

 神族居住区の裏口を進むと、鬱蒼とした草木が生い茂った場所に出る。


 そんな草の根を分けて暫く進むと、そこにはこの地で亡くなった神族、貴族の墓地がある。


 夜更けの墓地に冷たい風が吹き抜ける。夜更と言っても元々日の光のない時の街なので、辺りが静かで物音一つしないことくらいしか日中と変化はない。


 そんな墓地の一画に、一人の青年が佇んでいた。

 青年、リームは無機質な瞳で正面の墓石を眺めている。



 「ここに居たのね」



 背後から凛とした声が響き、リームが振り返る。

 そこには夜も更けているのに未だに正装を着ているユリナが立っていた。

 リームが何の用かと彼女に問おうと口を開いた瞬間



 「あたしに幻惑の術式が通用すると思ってるの?」



 彼女はリームの服の襟元をぐっと掴み、顔を近づける。その距離実に十五センチ程。

 幻惑の術式の効果が薄れ、脳が真実を捉える。



 「……ひどい顔ね。今日の貴方は誰が見ても心配する顔してるわよ」



 彼女は襟元を掴んでいた手を離し、リームから離れた。


 ここのところ何を食べても全部戻すので水しか飲んでないし、悪夢しか見なくて一時間おきに目が覚めるのでひどい顔をしているのは当然だった。

 だからこうして術式に頼っているのだが。



 「はあ……」



 ユリナは深いため息を一つつくと、大きく息を吸った。



 「ナニィ聞いてる? 貴女がさっさと逝ってしまうから、坊ちゃまは全てを一人で抱え込むクソ野郎に成長してしまったわよ!」

 
「ちょっと!」



 夜更けの墓地でいきなり叫び出すユリナを慌ててリームが制す。


 
「……人聞きが悪いなあ」



 リームは腕を組み、ため息を一つついた。

 暫く沈黙が続く。

 墓を吹き抜ける風がどことなく心地よかった。



 「ナニィなら、どうしたかなと思って」



 リームが正面の十字架を見つめながらぽつりと言った。


 ナニィとは時の街の御三家であるヴェスペル家の令嬢で、神族に仕えリームとユリナの乳母であった女性だ。


 今はこの石の下で眠っている。


 
「それでいい歳してママのおっぱいが恋しくなってここにきたわけ?」



 ユリナが強めの口調でそう言うと



 「君だって毎日ここに来てるでしょ」



 ツンとした顔でリームが返す。


 
「それを言うなら貴方だって毎日来てるじゃない」


 「僕は」

 「あたしは」


 「「ナニィをいつも綺麗な状態にしておきたいから掃除しに来てるだけ!」」



 二人の台詞が見事にハモる。


 暫くきょとん顔でお互いを見つめていたが、程なく二人はクスクスと笑った。


 
「ほら、此処は冷えるわ。戻るわよ」



 ユリナが差し出した手は握ると冷たく、彼女が冷え切っているのが分かった。


 もしかしたら、ずっとリームを探していたのかもしれない。



「……ありがとう」



 リームがそう言うと、ユリナは少し驚いた顔をしたが「別に」とだけ返して前を向き歩き出した。



 

***





 「やっほーフィラくん!元気にしてるっすかー?」

 

「ああ、メシィさん。私は元気ですよ」



 あれから数日が過ぎた。


 メシィは「術式による記憶喪失重症者の管理」という大義名分を得たことにより、ちょこちょこ一般居住区を訪れてはフィラの様子を見に来ていた。


 
「グルルル」


 「おわっ、にゃーこちゃん。キミどっから湧いてきたんっすか?」



 にゃーこは低い唸り声をあげながら、メシィの肩に乗りフィラを威嚇する。


 
「相変わらず嫌われてるんっすねー」



 メシィが苦笑いすると、フィラもつられて笑った。



 「本当昔からこういった小動物には縁が無くて……あ、あれ……?」



 何かこういうこと、以前にもあった気がする。


 あの時は誰かが宥めてくれて―。


 
「うっ……」


 「フィラくん!」



 突然激しい頭痛と目眩が襲い、立っていられなくなる。

 頭を押さえながら崩れ落ちるフィラの背中をメシィが摩りながら言った。

 
「フィラくん落ち着くっす! 思い出せないことを無理に思い出そうとすると体に負担が掛かるっす!」


 「私は……何か大切なものを忘れている……」



 それはまるで空気のような、ここにあって当然のものだった気がする。


 胸にぽっかりと開いた大きな穴。


 治らない、治せない、埋められない……


 気がついたらポロポロと涙がこぼれ落ちていた。


 
「フィラくん、今日はもう横になってた方がいいっす。」



 そう言うと彼女はひょいとフィラを持ち上げお姫様抱っこをする。



 「えっ、ちょっと……」

 
「安心して欲しいっす。私鍛えてるから、取り落としたりしないっす」



 そうではなくて、年下のしかも女性にこんな運ばれ方するのが恥ずかしいだけで―……


 喉まで出かかったが彼女の一生懸命な様子を見て、その言葉を飲み込んだ。

 なんだか彼女は誰かに似ている気がする。

 ちょっとフワついてる態度も、間延びした返事も、この上なく大切だった誰かに――。


 その後、記憶喪失の後遺症が酷かったフィラと数人の元神子も順調に仕事復帰し、現在は元気に時の街ライフを送っている。


 時に失った「誰か」に想いを馳せながら―。



***



 
此処はシルファディア王国城下町六丁目。


 街の一画には巨大な教会が佇んでいる。

 シルファディアにある時の街の分教会は広大な敷地を有しており、他の国とのそれとは一線を画する。

 教会の敷地の中には身寄りのない人を預かる養護施設があり、今日も子供たちの元気な声で溢れていた。


「セオくんはみんなと遊ばないの?」


 一人の少女が大きな木の根元で一人読書するおとなしい少年に問いかけた。


「俺はいいよ。外で遊びまわる年でもないし、うるさいのは苦手なんだ」


 暫く彼女は不満そうに少年を見ていたが、他の子どもたちに呼ばれてその場を去った。


「どうせ誰と仲良くしようと、俺はあと半年でここを卒業だしな」


 少年は空を見上げる。

 キラキラと輝く木漏れ日が目に沁み、何故か涙が滲んだ。

 

「なんとか彼らは記憶の辻褄を合わせて精神を保っているようですな」


 少し遠くから少年少女のやりとりを見守っていた施設長と思われる老年の男性が、隣に立つ教会関係者に話しかける。


 「クロノス様から「術式性記憶喪失の患者を預かってくれ」と頼まれたときはどうなることかと思いましたが、全員無事日常生活を送れるくらいに回復してよかったです。記憶が失われてできた穴に下手な人工記憶を埋め込むと、記憶に矛盾が生じて最悪精神崩壊しますからね」


「余程綿密に偽りの記憶を作り上げていたのでしょう。彼らに詳しい時の街の関係者が居たことに感謝ですな」


 二人は空を仰ぐように見上げると、遠き地に居る主に思いを馳せた。


 彼らもまた、ここから新しい人生を刻み始める。

 それがたとえ偽りから生まれたものであったとしても。


 どうか、彼らの心に安寧を。

 彼らの人生に幸福を。

 

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