第25話 決断
「メシィさんはどう思います?」
数日後の昼下がり、いつもの部屋で作業していたリームは突然件の話をメシィにしだした。
「どう思うもなにも、それを私に話すってことはクロノス様に報告するって決めてるんじゃないんっすか?」
「あはは、分かりました?」
「この仕事始めてそろそろ一年、リーム様のやりそうなことは大体わかってきたっす」
メシィは窓際の椅子に深く座り、頬杖をつきながら顰め面でそう言う。
「……メシィさん結構あの二人のこと気掛けていたみたいだから、貴女には言っておかないといけないかなと思って」
「私はただの従者っす。全ては時の神の御心のままに」
彼女の口から出た無機質な言葉とは反対に、その手は少し震えているように見えた。
「私、ちょっと飲み物取ってくるっす」
彼女はピョンと椅子から飛び降りると、リームの返事も聞かず足早に部屋を出た。
「……ごめんなさい」
部屋に一人残されたリームはぽつりとそう呟いた。
作業の手を止め、そっと金庫にしまってある例のリストを取り出す。
その名の上にピンクのラインが引いてある一人一人を思い出しながら眺めた。
ああ、この子は友達想いのいい子で、いつも周りに人がいたな。
こっちの子はあまり人前には出てこないけど、料理が上手で手作りのクッキーを作ってくれたっけ。
セオだけじゃない。
一人一人に人生の物語があり、生きてきた証がある。
それは何人たりとも侵せぬ不可侵の領域のはずだ。
そうでなければならない。
バンッ! 突然物凄い勢いで正面の扉が開く。
「リームさまー! お客さんっすー!」
飲み物を取りに行くとか言っていたのに、何故かメシィは人を連れて戻ってきた。
「えぇ……?何事です?」
リームが書類から目を離して顔を上げると、メシィは弁当を抱えたフィラをリームの前に突き出した。
「フィラさん!」
まさか渦中の人物が突然現れるなど思いもしなかったリームは、机の上に広げていた被験者リストをそっと机の端に追いやり裏に返す。
「こんなところまでいらしてどうされました?」
「すいません、セオが弁当を持って行き忘れていたみたいで……ただこれを届けたかっただけなんです。大袈裟なことになってなんか申し訳ないです」
フィラは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、大丈夫ですよ。セオさんはお昼には戻られると思いますからお渡ししときますね」
人工神力保有者は今、確定世界に降りた後どこで暮らしてもらうか品定めするためにユリナと共に各国を巡らせている。
記憶に齟齬が出ることを防ぐためにカルディア王国とその周辺国には帰せないが、せめて彼らの希望する場所に帰したかった。
「メシィさん、こちらを食堂の保存庫にしまっておいてもらってもよろしいですか?」
「了解っすー!」
リームはフィラから受け取った弁当を大切そうにメシィに渡す。
「それでは私もこれで」
「待ってください」
立ち去ろうとするフィラをリームが制す。
「神族居住区は出る時もチェックが必要なんです。メシィさんが戻ってから彼女と一緒に出てください」
「そ、そうなんですね」
暫くの沈黙。
普段なら世間話の一つや二つでもして時間を埋めるリームだが、とてもそんな気分にはなれずに手元の書類に目線を落として仕事をしているフリをした。
彼らの「一番大切なもの」を奪うことになるかもしれないその口で、何を語ろうと言うのか。
「リーム様」
先に口を開いたのはフィラだった。
「セオは……上手くやれてますか?仕事出来なくて泣いたりしてませんか?」
セオのことを深く想うフィラの気持ちが胸を刺す。
「ええ、彼は上手くやれてますよ。ご安心ください」
言葉を返すのが精一杯で、とてもフィラの顔を見る余裕はなかった。
「そうですか、よかったです」
フィラは安心したのか、ペラペラと喋りだす。
「彼は幼い頃に両親を亡くしてから私の家で共に育ったんです。血は繋がってないけれど弟のようなもので……こうして立派な職を貰って働けるようになって嬉しいような羨ましいような……あはは、何言ってるんでしょうね、私」
一番聴きたくなかった話がフィラの口から楽しそうに語られる。
分かっていたことではあった。
セオに身寄りはないということ。
二人が行動する時はいつも一緒だということ。
だが、こうして直接嬉しそうに語られると決心が鈍る。
「あなた方は本当に仲がいいんですね、羨ましいです」
これ以上この話を聞いていると、罪の意識に押しつぶされそうだ。
話題を変えるために次の話を切り出そうとすると
「失礼します」
現れたのはメシィ……ではなくクロノスのメイド、レイシィだった。
彼女はセントクレア家という格式高い家柄のメイドで、規律に厳しくプライドも非常に高い性格だ。
レイシィは深々と会釈を済ますと太めの眼鏡フレームを直しながらきびきびした口調で言った。
「リーム様、クロノス様がお呼びです」
人工神力の件を伝える為に時間が空いたら教えてほしいとは言っていたが、このタイミングとは……。
今この部屋を出ると例の書類をフィラに見られるかもしれない。
「……あと五分ほど待ってもらえませんか?」
「貴方がクロノス様にアポイントメントを取られたのでしょう。待たせるおつもりですか?」
彼女は厳しい口調でそう言うと、再び会釈をして部屋を去った。
確かにクロノスは物凄く時間に厳しいので、このタイミングを逃すと次はいつになるかわからない。
それにどうせクロノスに報告するのなら、彼がこの書類を見ようが見まいが結果は一緒だ。
「すいません。僕は席を外しますが、メシィさんが戻ったら一緒に外に出てくださいね」
リームは困ったように微笑むと、そのまま立ち上がり部屋を去った。
「……ふむ。自覚者集めの次は人工神力か。彼奴も困った男よの」
此処は時の街教会最深部、礼拝堂。クロノスは日中大体此処にいる。
丸みを帯びたアーチ状の柱が左右対象に立ち並ぶ。
その先には黒い古びた机と椅子があり、クロノスはそこで作業をしていた。
彼の両側には無機質な表情のメイド達が機械のように立っている。
左側はレイシィ、右側は金髪ショートの美人だが、レイシィ同様氷のような冷気を放っていた。
クロノスは漆黒のローブにその身を包みフードを深めに被っている為、その表情は窺い知れない。
机の背後には寒色で纏められた美しく厳かなステンドグラスがあり、鈍く差し込む外灯を受け薄暗く輝いていた。床に描かれた様々な紋様も同様に所々青白く輝く。
「お前の話は大体分かった。わしがこの目で確認して間違いなかったら返還の術式を掛け確定世界に帰そう。人工神力などと言う未知数な力を此処に置いておく訳にはいかん。他の連中も、記憶の齟齬を避けるために其奴らに関する記憶を忘却の術式で消すことにするかの」
やっぱり。
想像通りの展開だった。
個より全、感情より秩序。
この人は何の躊躇いもなく他人の記憶を操作する。
「明日にでも集会を行い、人工神力保有者とその他の人を別々に集めてそれぞれに術式を掛けることとする。明日はまだ月末ではないが……まあ最終週じゃ、誤差みたいなもんじゃろ」
そこまで言うとクロノスは立ち上がり、机に立てかけてある先端に銀製の十字架の付いた杖、時空の棒を握る。
「わしは人工神力保有者を確認してから返還の術式を行う。お前は他の連中に忘却の術式を掛けなさい」
明日……あまりにも急すぎる。
フィラがセオの話をしていた時に見せた楽しそうな顔が脳裏に浮かんだ。
「リーム、返事は?」
フードの隙間からクロノスの鋭い視線が覗く。
「は、はい」
リームの返事に呼応するように、床に描かれた様々な紋様の内の一つが青白く輝く。
これも分かっていた。いつものことだった。
「シルファディア王家の術式十四「約束の術式」」
青白く輝いていた紋様は時計回りに剥がれていき、浮き上がると一旦拡散し被術者リームに向かって収束する。
約束の術式。
陣内で交わしたただ一つの約束を絶対遵守させる、合法な現世最強の術式。
対価を要求しないだけで、血の術式と本質的には変わらない。
以前、似たような状況下でリームが決断できずに作戦が失敗したことがあった。
それ以来、クロノスは大事な命を下す時は必ず約束の術式を掛けることにしている。
前述したようにとても強力な術式で心身の負担も大きいが、彼にとっては言うことを聞かない子供への躾と同じだった。
約束の術式が成立し、リームに収束していた青白い光が音もなく消える。
術式の強い負荷の影響で、彼は力なくその場に座り込んだ。
「クロノス様、その後の人工神力保有者の居住地ですが、出来れば希望を……」
「暫くは様子を見る必要がある。シルファディアじゃ」
時の街とシルファディアはズブズブと言うか忖度関係にあるので、体よく確定世界にとなると自動的にシルファディアになる。
結局全てがクロノスの思惑通りに進み、何一つ覆す事ができなかった。
また時の街の都合で一生懸命生きてきた人達の生きた証を奪うのか。
こんな事、許される筈が無い。
こんな事—……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます