第21話 アピスの目的

「やっぱり……僕があの教会で最初に感じた違和感は気のせいではなかったようですね」


 
リームは何枚にも渡る報告書をめくりながら険しい顔を覗かせた。
 ここは神族居住区にあるリームの自室。


 広くてアンティークな洋室だが、必要なもの以外なにも置いてないようだった。

 というよりも何もなさすぎて生活感が無い。

 この部屋は彼がプライベートで使っている部屋だが、最近忙しすぎて寝る時にしか戻らないらしい。


 そんな彼が自室にバブを呼んでいるということは、これはプライベートな案件で時の街には関係無い。

 ……というよりは時の街には内緒の案件だった。


 
「その報告書から分かることは全て状況証拠だ。真実を知りたかったらヴィードに直接会うしかないな」


 真剣な顔で報告書に目を通すリームを見ながら、バブは出された紅茶を啜る。


 
「そうですね。近い内にカルディアに赴きましょう」


 
リームは机に散らばる書類を集め端に寄せた。


 
「……お前ひとりで行くつもりか?」

 
「ええ。これは僕が勝手に調べているだけで、時の街には言ってませんから」

 
「暇だから俺もついていってやる」


 面倒なことが大嫌いなバブの唐突な申し出に、リームは怪訝な顔をする。

 

 「何を企んでいるんです?」


 「ちょっとした興味だよ。ミニカのことが何かわかるかもしれねーしな」


 
ミニカとはバブの妹で、何故か時間に関する神力を保持している。

 神力は普通、時の街などの「管理者」と何らかの関係がある家系に突然変異として現れることがある。

 例えばミルタール王国は遠くは時の神と親戚関係にあった国であるため、王族の女性に神力保持者が生まれることが多い。

 時の街が神力保持者を管理し始めてまだほんの数百年程度なので、未自覚者として確定世界に散った遠すぎる親族を急いで回収してまわっているのが現状である。


 
 つまり、何の関係もない家系に突然神力保持者があらわれるのは極めて稀なのだ。

 バブが調べたことが事実なのであれば、ミニカのことがなにか分かるかもしれない。


 
「ちょっと意外です。なんだかんだでミニカちゃんのこと気にしているんですね」


 
リームは少し安心したようにバブに言う。


 
「まあそういうことにしといてくれ」


 
バブは踵を返し振り向きもせずに掌をひらひらさせると、そのまま部屋を去る。

 リームは呆れたようにため息を一つつくと、その背中を追った。






 

 カツン、カツン。
 看守が見回る音がする。

 
それ以外の一切の音は無く、この深い牢には光すら届かない。ゴツゴツした岩で囲われたこの狭い空間は、常時酷く冷え込む。

 そんな時が止まったようなこの場所に、珍しく客人が訪れた。


 
「面会だ」


 
 看守がヴィードの牢の前に、二人の男性を連れて立つ。


 
「よぉ、ヴィード。久しぶりだな」


 
 バブは悪党のような笑みを浮かべ、牢の鉄格子に足を擦り付ける。


 
「これはこれは、タルトールの王族様と時の神の三男様。私に何用ですかな?」


 
 ヴィードはバブに負けない悪人面で二人を睨みつける。


 
「貴方にお聞きしたいことがあります。……ああ、すいません。そちらの貴方は暫く下がっていただいてもよろしいでしょうか?」


 
 リームは看守に下がるように伝える。


 
「わかりました。それでは何かあったらこの鈴でお呼びください」


 
 彼はそう言って呼び鈴をリームに渡すと、そのまま上の階へと上がっていった。


 
「単刀直入にお聞きします。あなた方、あの教会で人工神力の研究をしていましたね?」


 
 看守の足音が聞こえなくなるのを確認すると、リームはさっさと本題に入った。


 
「ははは、流石は時の神の三男様。よく気づかれましたな」


 
ヴィードはけたけたと不気味な笑顔を浮かべた。


 
「まああれはアピス殿達が勝手にやっていたことで、私はあまり興味ありませんでしたがな。彼らは実験と称して身寄りのない数人の検体にその力を移植して成功したと言っておりましたな」


 「検体のリストはありますか?」

 
「ええ、教会にある私の私室に置いていますぞ。必要なら勝手に持って行ってどうぞ」


 「えらく協力的だな」

  バブが不審げに目を光らせる。

 
「さっきも言いましたが私にはあまり興味がないことでして。神々のお遊びでしょう、あんなもの」


 ヴィードは両手を上げお手上げのジェスチャーをする。

 
「「彼ら」とは、に……アピスさん以外に誰が?」


 「フラノール様ともう一人、桃色の髪のお嬢さんでしたな。頭に花のコサージュをつけた」

 
「花の……?知らねえな」


 残念そうなバブをよそにリームは思い当たる人がいるらしく、暗い表情で俯いた。

 

 「分かりました。ご協力ありがとうございます」


 
リームはヴィードに頭を下げると、バブの手を引き牢を後にしようとした。


 
「待てって。俺もコイツに聞きたいことがある。お前らが実験台にしたヒトの中に緑の女は居なかったか?この位の背のどチビだ」


 
バブは手を低く構え、ミニカの身長を再現する。


 
「はて……。私は彼らのお遊びに深く付き合ってはいませんでしたからな。詳しくは知りませぬが、リストに載っている検体が全てということは確かですな」

 
「結局リストとやらを見ないと何も分かんねぇんだな」


 バブは面倒臭そうに頭を掻いた。


 
「貴方は……これからどうされるのです?」


 
 リームはふと床に座り込むヴィードに目線を落とした。


 
「どうも何も、これから裁きを受け最悪処刑でしょうな。良くて一生この牢獄でしょう。あなた方のお陰で」


 
ヴィードは鋭くリームを睨みつけた。

 実際に悪事を働いていたのはアピス達で、ヴィードはただ彼らに協力していただけだった。

 カルディア王のタルトールに対する印象操作のためにヴィードには悪の首謀者になってもらったが、この程度の事で処刑などという結末になってしまったら流石に申し訳ない気がする。

 後でカルディア王に彼の処遇に対するフォローを入れておこうなどと考えながらリームが地下牢を後にしようとしたその時。


 
「なるほど、時の神の後継が長男では無く何故三男なのか。やっと今日納得いきましたな」


 突然ヴィードが口を開いた。


 
「しかし、神を務めるには貴方は優しすぎる。その優しさは、いずれ貴方自身を殺しますぞ」


 
 リームは背を向け立ち止まったままヴィードの忠告を聞いていたが、話が終わると振り返り


 
「ご忠告有難うございます」


 
いつもの笑顔でそれだけ言うと、バブの手を掴み階段を駆け上がっていった。

 
二人が去った地下牢は再び静けさを取り戻す。


 一人牢に佇む老年の男は、懐かしいようなむず痒いような、決して悪くない感情で上へと続く階段を見つめていた。


 
「貴方が人工神力の真実を知った時、どんな決断を下すか見られないのが残念ですな」


 

牢を出た二人は、国王の許可を得て旧カルディア教団の教会内部へと入った。


 無人の教会は静まりかえり、休憩室には脱いだままの教団正装や使ったままのティーカップなどがそのままになっていた。

 あの日から時が止まっているようだ。


 
以前ここを訪れたときは不法侵入だったが、こうやって改めて正門から入ると感慨深いものがある。

 バブは周囲を見回しながらゆっくりと歩みを進めた。


 
「えーっと、ヴィードさんの私室は……」


 
リームが教会内部の地図を広げながら呟く。

 以前ここに侵入した時、神子たちの背後をつけてヴィードの元まで行ったのだが、ものの見事に三人とも迷子になってしまっていた。


 暗かったのもあるが、それだけこの教会内部は迷路のような形をしていた。

 
二人はしばらく右へ左へくねくねと通路を歩き回った。

 二人の息が上がりかけた頃、ようやく見覚えのある扉の前に着いた。


 扉の術式は解術されているようだ。

 おそらく「解除キー」が発動したのだろう。

 二人は部屋に入ると、早速資料を探し始めた。


 
「お、これかな?」


  バブは古びた羊皮紙の束を机の引き出しから無理やり引っ張り出す。


 
「どれどれ?あ、ちげーな、これは……人工神力のメカニズムだ」


 
 バブが興味深そうに読み始めると、内容が気になったのか、リームも横から覗き見た。


 
「存在しない神力をどうやって捻出しているのか謎でしたが、まさか生命力とは……」


 
「驚きだな。せいぜい魔力転用だと思っていたぞ」


 どうやら人工神力は術者の生命力を神力へと変換するシステムのようだ。

 魔力のように常に神力を体内に保持させるためには、毎日相当量の生命力が削られていくことなる。


 知らない間に知らない連中に必要ない力を植え付けられ、寿命を消費していく。
 もはや神というよりも悪魔の所業である。


 
「そうか、僕があの時感じた違和感は生命力だったのか……」



 人工神力と純粋な神力のエネルギーの質に違いはなく、神族といえど気づくことはできない。

 だが、神力に変換されるときに微妙に漏れ出る生命力を、リームは違和感として感じ取っていた。


 
「お、こっちにもなんかあるぞ」


 
バブが押し入れのような倉庫の中から数枚の紙を掴んで持ってくる。


 リームがバブの持ってきたA3程の大きな羊皮紙を広げると、そこにはつらつらと神子たちの名前が綴ってあった。

 その名の上に、ピンクのマーカーを引いてあるものが数箇所ある。

 一覧についている情報は、名前、出身、家族構成……。

 マーカーの引いてある神子に共通するのは家族構成が空欄になっていること。

 身寄りのない神子だろう。
 間違いない、これが検体のリストだ。


 
「あー……、ミニカの名前はないな。当たり前か。あいつは神子じゃねーしな」


 
バブはかったるそうにリームが持つリストを横から覗き見た。


 
「……おい、どうした?」


 
 ふと、バブはリームの様子がおかしいことに気づいた。リストを見ながら愕然としている。


 
「バブさん、これ……」


 
リームが指したその名の上にはピンクのマーカーがしっかりと引いてあった。







「セオ・クラーク」


 

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