第3話 招かざる友人

「こんにちは、メイさん達」

 

 そこには、ソファに深く腰掛け笑顔で掌をひらひらと振る1人の男性がいた。

 彼の名はリーム。

 時の街という次元の違う世界に住んでいるメイ達の友人である。

 空の青のような髪をふわふわとさせ、中性的で屈託の無い笑みをこちらに投げかけている。

 その光景を見るなり気が抜けたバブは、目を細めて大きなため息を付いた。

 

「どうしたんですか?」

 

 事情を知らないリームは不思議そうに二人を見つめる。

 

「なんでアンタがここにいるのよっ!」

 

 柄にも無く緊張したというのに、フタを開けてみればこの男という展開にメイは怒りをあらわにした。

 

「折角玄関からお邪魔したのに心外ですね」

 

 以前、あまりにもリーム達が突然目の前に転移してくるので「たまには玄関から来い」とメイが怒鳴ったことを覚えていたらしい。

 

「タイミングが悪すぎるのよっ!」

「いたっ」

 

 悪態をつくリームにメイがこぶしを振り上げ一喝する。

 思いっきり頭を小突かれたリームは両手で頭を押さえて顔を歪めた。

 

「何をそんなに怒ってるんですか?」

「お前の来るタイミングが悪すぎるからだよ」

「いったい何があったんです?」

「いや、実はだな……」

 

 二人は彼の向かいのソファに腰掛けると、昨日の出来事を簡潔にリームに説明した。


「……その「神子」の中にクセの強い銀髪で長髪の男性とかいたりします?」

 

リームは少し考えるような仕草をすると、厳しい表情で二人に問う。

 

「えっ!?」

 

バブとメイは目を丸くしてリームを見つめる。

 

「実は先ほど城下町でそんな風貌の人を見かけまして…その方のおそらく護衛と思われる方が、以前カルディアでお会いしたことのある方だったもので」

 

フィラだ。

だがタルトールに来るなどという話は全く聞いていない。

 

「なんか薄い青色の高そうなローブ着てなかった?」

 

メイがすかさずリームに問う。

 

「いえ、普通に旅人みたいな格好でしたよ」

「そ、そう…」

 

きっとお忍びで調査に来たんだ…メイは眉間に皺を寄せた。

 

「それならなんでお前は気になったんだ?銀髪の旅人なんて腐るほどいるだろ」

「その方、神力保持者だったんですよね。それもかなり強めの」

 

リームは顔を顰めてそう言う。

 

「どういうこと?」

「わかりません。ただ、カルディア王国の「神子」と神力保持者との間には何らかの関係がありそうですね」

「神力保持者ってあんた達がコレクションしてる人々のこと?」

「コレクションとか人聞きが悪いですね。我々時の街はヒトでありながら神の力を授かってしまった人々を保護してるんです」

 

リームが呆れたように目を細めてメイに言う。

 

「誘拐じゃない」

 

メイも負けじと毒を吐いた。

 

「ちゃんと時の街に永住するか神力を剥奪され下界でそのまま生活するかを選択してもらってますから。自由意志です」

 

リームが冷たくそう言うと、メイは不満げに彼を睨んでいた。

 

「まあとにかく、カルディアのことは僕からクロノス様に……」

「なるほどな、じゃあ次やることは決まったな」

 

リームがそこまで言うと、バブが被せるように声を張る。

強引なバブの仕草に、リームは何かを察したように立ち上がった。

 

「それでは僕はそろそろお暇しますね」

 

 そう言いながらソファの上に転がる神力具現化アイテム・時空の棒をそっと握る。

 

「おいコラお前、どこ行くつもりだ」

 

 バブはリームを鋭く睨む。

 

「いや、バブさん達のお邪魔になってはいけませんので……」

 

 リームがそこまで言うと、素早く後ろに回りこんだバブが彼を羽交い絞めにし、その手に握られている時空の棒を強引に叩き落とす。

 カランと音を立てて地に転がる時空の棒を、すかさずメイが拾った。

 

「知ってたか? お前は今から俺たちと一緒にカルディアの陰謀を暴きに行くんだよ」

 

 バブは押し殺したような声でリームに囁く。

 

「あはは……僕も暇じゃないんだけどな……」

 

 リームは観念したのか、乾いた笑いでそう言った。

 

「どのみち、フィラを確保すンのはお前らの仕事だろうが」

 

 バブはリームを解放し、再びソファに腰を下ろして言う。

 

「ま、まあそれはそうですけど……」

 

 リームはぐったりとソファに体を預け、力なく答えた。

 

「ま、そう落ち込みなさんな。立派な仮眠部屋を用意してやるから」

 

 バブが意地悪そうな笑みを浮かべると、リームは顔を顰めた。時は夕刻、日が落ちるまでにそんなに時間も無いのだけれど。





 

  夕闇があたりを包み、今日の終わりを知らせる。見る見るうちに夜の影が手を伸ばし、すっぽりと闇の中に吸い込まれた。

 

「……で、どうするの?」

 

 メイは、集まった二人の方を見ながらそう問う。

 三人は側近達の目を盗み、タルトール城と城壁の間の暗がりに佇んでいた。


「まあ、とりあえずこれを見てください」

 

 リームは少し屈み、手に持つランタンで地面を照らす。

 地には棒で描かれた様々な文様が広がっていた。

 

「なんだよ結構やる気満々じゃねーか」

 

バブは不敵に微笑みながら、リームの肩に手を置く。

 

「ははは、失敗したら大変なことになりますからね」

 

 彼はバブの手を払いながら笑顔で言った。

 

「それでは説明します。今から「潜伏の術式」を張ります。この術式の陣内に入っている人は、陣外の人から一切認識されなくなります。例え大声を出しても気づかれません。これを使って今からカルディア王国の教会内部に侵入します」

 

 術式とは、「魔力」というエルフや一部の人間が体内に秘めるエネルギーを、地面に描いた陣を媒体に物理化する魔力具現化手段のひとつである。

 

 術式の他に「ドレンドビーグ」を筆頭とする、魔力を物理的な力に変換する道具が世の中にはたくさんあふれている。

 むしろそういった道具達を使って魔力を変換させるのが一般的で、術式は悪魔と契約する陰湿な手段として忌み嫌われており、その存在を知るのも一握りである。

 

 ただ、道具では出来ないことを可能とするのが術式であり、魔力を決まった用途に効率よく使いたい場合には適している。

 

「ちなみにこの術式を使うのはバブさんです」

「は?お前がしろよ」

 

バブは面倒くさそうに悪態をつく。

 

「この術式は少し特殊で、術を持続させる力、陣内の人を隠す力など全てが術者の魔力を燃料とします。そのため魔力が切れると解術してしまうんです。僕みたいな人並みの魔力しかないヒトがこの術式を使っても、ものの十分で解術してしまいます」

「あーー、なるほど。俺様の溢れ出んばかりの豊富な魔力が必要だということだな?」

 

リームの説明を一通り聞くと、バブは満面のドヤ顔で偉そうに言った。

 

「そうですね、バブさんの溢れ出んばかりの豊富な魔力があれば半日はもつでしょうね」

 

 リームが両手を広げ笑顔でうんうんとうなずきながらそういうと、隣にいたバブの飛び蹴りでふっとばされた。

 

「まーた俺の有能が証明されてしまったな、下民共」

 

 バブは蹴り倒したリームの背中を足で踏んでは満足そうにそう言った。

 

「あ、そうそう。この術式には注意点が二つあります。一つは第三者に陣の内部に入られるとその人には僕達が見えてしまいます。だからできるだけ陣は小さく描いています。はみ出ないでくださいね。もう一つは、術者……つまりバブさんが声を出すと、この術式は解術してしまいます。くれぐれも喋らないでくださいね、バブさん」

 

 背中の土を払い落としながら立ち上がるリームが注意事項を付け加えた。

 

「だそうだぞ、メイ。お前の為に言ってるんだぞ」

 

 バブがそう言うと、メイが怒りのボルテージを上げバブに突っ込もうとするので慌ててリームが取り押さえた。

 

「よし、入れお前ら」

 

 説明を聞き終えたバブがそう言うと、二人はバブの傍に寄った。

 

「で、この術式が発動したら「転移の術式」で飛んでいくわけか」

 

 バブが「潜伏の術式」の隣に描かれている別の陣を眺めながら言う。

 

「そうです。もたもたしていたら解術してしまいますからね」

 

 リームは頷いてそう言った。

 

「転移の術式?」

 

 バブとは対照的にキョトン顔のメイがそう問う。

 

「ここからカルディア王国までひとっ飛びする術式ですよ」

「え、なにそれ、便利な術式ね!」

 

 メイがいいものを拾った子供のような笑みを浮かべると

 

「言っておきますけど一度行った事あるところじゃないと行けませんし、詳細な陣を描く必要があるのでどこででも使えるわけじゃありませんよ」

 

 そんなメイを察したように苦々しくリームが言う。

 

「あ、そう」

 

 メイは、バツの悪そうな顔で軽く言った。

 

「バブさん、開始宣言は「シルファディア王家の術式二十三」です」

「分かった」

 

さっきまでの姦しい雰囲気は消え、緊迫した静寂に包まれる。

 バブは瞳を閉じ神経を地に向け広げた手に集中した。

 

「シルファディア王家の術式二十三、『潜伏の術式』」

 

 術式開始宣言に答えるように陣がまばゆい光と強い風で包まれる。

 

「きゃっ……」

 

 メイが驚いて悲鳴を上げたかと思うとすぐに風や光は止み、もとの暗闇に戻った。

 しかしリームが地に描いた陣だけは地面から離れ、青色の淡い光とともに彼らを中心にくるくると回転している。

 

「これで、私達は誰にも見えないし、聞こえないことになってるのかしら」

「大丈夫ですよ、術式は成功しています」

 

 半信半疑でそういうメイに笑顔でリームが答えた。

 

「それではお二人ともこちらの陣内にどうぞ」

 

 リームは「潜伏の術式」の隣にある「転移の術式」に二人を誘導する。二人が陣内に納まるのを確認すると、彼は静かに唱えた。

 

「シルファディア王家の術式十八、『転移の術式』」

 

 「潜伏の術式」よりも激しい光と風に捲くし立てられ、三人はその場から忽然と姿を消す。

 描いた陣だけが、確かにその場にヒトがいたことを主張するかのように。

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