Lv.ゼロの墓標:解析演算で最強のディストピアを楽園に変革する

第一部 レッドゾーン区域

第一章 旅立ち編

第1話:レベルゼロの希望と、その終わり

■:錆びた盾、最後の希望


 夕焼けはいつも、血のような赤だった。


 レッドゾーン地区の辺境、レベル30級ダンジョン『黄昏の塔』の影にある集落「錆びた盾」。30年前までは京都の嵐山と呼ばれた観光地だった。

 主人公の秋斗あきとは17歳。ステータスは「レベル0:未覚醒」のままだった。ここは能力を持たない者には、生きたまま墓場とされる場所だ。


「秋斗、くれぐれもダンジョンには近づくな。お前のレベルじゃ、ゴブリンの糞にもなれねえ」


 父であるげんは、ボロいジャケットの襟を直し、くぐもった声で言った。元レベル42の冒険者だった厳は、引退後は村の共同作業(ダンジョン廃棄物の解体)で日銭を稼いでいた。


 村の住人の6割は、秋斗のような「レベル0:未覚醒」の子どもたちや引退した者たち。彼らの生活は、高レベルの支配者層による搾取と困窮が常態化していた。


 だが、げんと母、紗香さやかは希望を失っていなかった。それは、秋斗あきとがレベルゼロであること、つまり、18歳で、「レベル0:未覚醒」であれば、「一般市民」としてイエローゾーンへ転出する権利を持っているという一点に尽きる。


「お前はレベルを上げちゃいけない」—これが、厳が毎夜秋斗に施す秘匿特訓の根幹だった。

 レベルを上げれば、不可逆な運命に囚われ、国家の管理下に置かれる。


 ある夜、厳は切実に訴えた。


「いいか、秋斗。これは俺たちのエゴだ。俺たちはここで死ぬまで暮らさなければならない。だが、お前は違う。お前は「レベル0:未覚醒」のまま、イエローゾーンへ地区へ行け。あそこは、こことちがって安全だ。金さえ払えば、資本家の支配するグリーンゾーン地区に隷属するだけの、マシな『普通の生活』が待っている。それが、お前を危険な駒にしない、俺たちの最後の希望なんだ」


 秋斗は、父のそのエゴと、それに込められた愛の重さを知っていた。彼は父の教えを忠実に守り、戦闘能力ではなく、生存と回避の技術を磨き続けた。


■:レベル0:イエローゾーン地区:腐敗した隷属の檻


 数週間後、両親が全てを費やした費用で、秋斗はイエローゾーンの都市『ゲートウェイ・シティ』へ転出した。


 しかし、イエローゾーンの現実は、父が夢見た「普通」とは程遠かった。街の活気は死に、人々は無気力な諦めに支配されていた。秋斗が就いたのは、グリーンゾーン資本家の傘下にある物流会社の仕分け作業員。低賃金、長時間労働、そして資本家に不利益な事案には目を瞑る警察。法は形骸化し、この安全な都市もまた、隷属の檻でしかなかった。


「これが、夢見たイエローゾーン...」秋斗は失望した。レッドゾーン地区の命懸けの活気と、イエローゾーン地区の死んだような日常の対比は、彼に激しい怒りすら感じさせた。


 ある夜、倉庫街。秋斗は、物流会社で働く同僚のりくとエリザが、自警団を名乗る自治警察の男(実際はレッドゾーン出身のならず者)に絡まれている現場に遭遇した。


「てめぇら一般市民は、俺たち能力者のサービスを受ける義務があるんだよ!」


 男はレベルこそ低いが、ステータスに現れない暴力を振るった。陸は恐怖で動けない。エリザは泣き叫んだ。


 秋斗は父に教えられた護身術を駆使して立ち向かうが、男の暴力と魔力の壁は圧倒的だった。殴り倒され、エリザが攫われそうになる。


 その瞬間、秋斗の頭の中で、父の「普通に、安全に」という言葉が、「安全と引き換えに大切なものを失う」という裏切りの言葉に変わった。


「俺には無理だ。ここで普通の暮らしていくなんて、なれるわけがない!」


 秋斗は、理性ではなく命を懸けた衝動に従い、瓦礫から拾った鉄の棒を男の頭部に叩きつけた。


 鈍い音。男は倒れ、その身体から魔力が抜け、レベルが消失していく。


「人を害する」という一線を超えた瞬間、秋斗の身体に激痛が走った。同時に、秋斗を庇おうとしたエリザと、近くでその光景を目撃し、覚悟を決めた陸の身体にも、同様に魔力が覚醒する予兆が走る。


『ユニークスキル:【解析演算―アナライズ・オペレーション―】が発動しました。』

『レベルが1に上がりました。』


 秋斗の手に握られたステータスボードは、彼の人生の夢が完全に潰えたことを告げていた。



■レベル1:地獄の誓い

 ◇強制送還と三人の運命


 現場に駆けつけた能力者警察(特殊部隊)により、秋斗、エリザ、陸の三人は即時拘束された。鑑定の結果、能力の発現が確認された三人は、もはやイエローゾーン地区に居場所はない。


「お前たち三人は『覚醒者―Awakened-』と確認された。特別法に基づき、レッドゾーン地区へ強制転出させる。二度と安全区に戻ることは許されない。特例により、冒険者装備を渡しておく。着替えたらついてこい!」


 特殊部隊の対応は、荒々しかったが説明は丁寧だった。

 レッドゾーン地区行きの者を武器・装備なしで行かせることはないようだ。


 冒険者装備に着替え終わった三人が移送されたのは、故郷のダンジョン『黄昏の塔』のある自治区「錆びた盾」からさらに僻地の、荒涼としたレッドゾーン地区の東端にある初心者ダンジョンだった。ダンジョンはランク9級から名前が与えられる。

 第一階層には、ランク10級(レベル相当1~10)の魔獣が出没する危険な荒野が広がっていた。


 エリザは泣き崩れた。彼女の肩を、同じく覚醒したばかりで青白い顔をしたりくが抱きしめていた。


「...エリザ、大丈夫だ。俺がついている。俺が必ず、お前を守る」りくは震えながらも、恋人としての誓いを立てた。


 秋斗は、そんな二人を横目に、冷静に周囲を観察していた。彼は覚醒スキル【解析演算】を発動させる。


『周辺環境:瘴気濃度中、レベル10級魔獣の活動域。生存確率:13.2%。』


 絶望的な数値だった。しかし、この瞬間、秋斗の胸に湧き上がったの、怒りと使命感だった。


「レベル0・未覚醒のまま生きていれば、安全な日常を手に入れられるなんて、結局、虚構だった。イエローゾーン地区は、安全な日常と引き換えにブルーゾーン地区の資本家に魂を売る、腐った場所だった。両親の願いは潰えたが、俺はもうレベル0・未覚醒じゃない。この力は、もう誰にも奪わせない!」


 彼は、エリザと陸の方を向いた。


「俺は、ここで生き残るためにレベルを上げてスキルを増やす。そして、この地獄を作った奴らに報いを受けさせる。お前たちはどうする」


 エリザは涙を拭い、陸の腕を強く握った。


「陸と一緒なら、どこでもいい。でも、秋斗の力も必要よ。私は治癒(ヒーリング)の適性がある。あなたたち二人の傷を癒やせる」


 陸は、覚悟を決めた目で秋斗を見据えた。


「俺は南東の村『灯火の里』出身だ。この先、数日歩けば、俺の故郷がある。村のレベルは低いが、初期段階からある穏やかなコミュニティだ。俺の伝手があれば、しばらくは安全に暮らせると思う。俺の故郷を拠点に、エリザと生き延びる。そのためには、お前の頭脳と力が必要だ、秋斗」


「ならば、まずはその村を目指すか。その前に、初心者ダンジョンでレベルを上げてからにしようぜ」


 エリザは陸と目配せした。そして、三人の視線が交錯する。

 故郷を失い、未来を断たれたレベル1の三人が、絶望的なレッドゾーン地区で、生き延びることを誓った。


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