旅の果てに、終焉を臨む 〜転生した竜と孤独な魔女の旅行記録〜

ラム猫

第1章 魔女と仲間達

第1話 竜との出会い

 ……

 …………

 ………………ここは、どこだろう。


 揺れている木々の隙間から覗く水色の空を見つめながら、私はぼんやりと考えた。頭にもやがかかったような状態であったけど、脳内には沢山の記憶が一斉に流れ込んでくる。忘れていたわけではない……いや、この瞬間までは何もかも忘れていたような気がする。


 ゆっくりと胴体を起こすと、視界がぐらりと揺れた。片手で体を支え、反対の手で目を押さえながら目を瞑る。しばらくの間そうしていると、頭がふらつく感覚はなくなってきた。


 目を開いて視界が揺れないことを確認してから立ち上がり、一度周りを見渡した。風が吹いてくる方向を確認し、その向きに足を進める。植物が生い茂っているが、通れる場所はありそうだ。


 歩いている途中に、自分の魔力を確認しておこう。そう思い目に魔力を込めると、私の体から魔力が垂れ流しになっていることに気付いた。かなりの魔力量が放出されている。集中して魔力を抑え込み、垂れ流している魔力を止める。


 転移魔法を発動した時には自分の魔力が空っぽになったが、徐々に戻ってきているようだ。まだ完全な状態ではないが、この程度なら不都合はないだろう。


 次にこの場所について考えよう。狙い通りなら、ここは魔の森フェロスということになるけど……その割には魔物の姿が全く見えない。魔物が蔓延る森だから魔の森と言うのではなかっただろうか? もしかしたら、転移先がずれてしまったのだろうか。


 あとは、私が転移してからどのくらいの時間が経っているか。魔力の回復具合から考えるに、三、四日ほどは経っていると思われる。その間私は無防備な状態で眠っていたことになる。フェロスに転移できているのであれば、魔物に襲われなかったことがはなはだ疑問である。


 考えを巡らせていると、冷えた風が吹いてくることに気が付いた。木々の隙間から川のようなものが見えている。私は川に近づき、そばで腰を下ろした。喉は乾いていないが、水を飲みたい気分になったので、私は両手で水をすくってゆっくりと飲んだ。冷たい水分が喉を潤したことで、頭もすっきりとした気がする。


 ひとすくいの水を飲み終え、近くにあった木に背を預ける。まず、これからどうするかを考えよう。


 私の目的は、創世の女神が持っていたとされる水晶——創世の水晶の欠片を解析することだ。欠片は九つの国の各国で管理されている。そのために一番初めにやるべきことは、今いる場所の特定。場所が分からないとこれからの計画を立てることができない。


 とりあえず進む方角を決めてそのまま真っ直ぐ進むしかなさそうだ。街を見つけることが最優先になる。


 そうと決めたらすぐ進もう……と思ったが、徐々に眠気を感じてきた。目を開けることが困難になり、気を抜くと瞼を閉じてしまいそうだ。しかしこのまま眠ったら今度こそ魔物に襲われるかもしれない。私はほぼ目を閉じながら指先に魔力を込めて防御魔法を展開し、私をぐるりと一周囲むくらいの防御壁を張る。これで大丈夫、と思う間もなく私の意識は深い闇の中に沈んでいった。





「——て、——たす……て」


 かすかに声が聞こえたような気がして私の意識は引き戻された。目をこすって辺りを見る。助けを求める声が聞こえた気がしたけど、こんな森の奥深そうな場所に来る人なんているのだろうか。もしかしたら全然森なんかじゃない可能性もあるのだけど。


「……けて、誰かー!!」


 確実に聞こえた。助けて、誰かと叫んでいる声が。私は立ち上がり軽く服に着いた汚れを払ってから、声が聞こえた辺りに足を進める。防御魔法は立ち上がると同時に解除しておいた。


 声が大きくなったり小さくなったりするので、声の主は走り回っているようだ。何かに追われているのだろう。こんなに大声を出したら、逆に相手を刺激するかもしれないのに。魔物相手ならなおさらだ。慣れていないのだろうか。


 私は声の主に気づかれないよう音を殺しながら近づく。そして木の陰に隠れながら魔力を指先に込め、その時が来るのを待つ。


「死にたくないよー!!」


 声が最も近づき、後方で魔物の足音らしき音が聞こえた瞬間、私は木陰から出た。二メートル程の背丈の鳥型魔物が三匹いる。それらの首を狙い、溜めておいた魔法を発動する。急所を撃たれた魔物はそのまま地面に倒れて数回痙攣した後、動かなくなった。


 確実に魔物が息絶えているか確認してから、私は声の主と向き合った。


「…………?」


 私は首を傾げ、辺りを見渡す。人の姿は見えない。声の主はどこに行ったのだろう。逃げるのに夢中でそのまま走って行ってしまったのだろうか。


 その時、目の前に一匹の小竜が現れた。全長は一メートル程だろうか。全身が緑と水色が混ざったような色の鱗で覆われており、頭の上辺りに黄土色の角が二つ付いている。手足は小さく、背には角と同じ色の毛のようなものが生えている。


「あ、ありがとうございます……」


 この竜が喋っている。私は驚いて声を上げてしまいそうになった。竜という存在は珍しく、人目の前に出ることはほとんどない生物である。魔物の中には飛竜や土竜などがいるが、それと竜とは大きく異なる。基本的に人とは敵対せず、人が踏み込めないような山頂や森の奥などに暮らしている。


 そんな竜の子どもが、今私の前にいて、しかも人の言葉を喋っている。驚かないはずがない。


「……あなたは、竜?」


 私は少し警戒しながら小竜に話しかける。私の質問は、人族に対してあなたは人ですかと聞いているようなものなのかもしれないけど、聞かずにはいられなかった。小竜の反応をじっと見ていると、小竜は目を左右に動かした。


「え、えと、そうみたいです」


 この言葉に私は再び首を傾げる。なんだかこの小竜自体が自分が小竜なことに違和感を持っているように伝わってくる。これは、もしかしたら——。


「あなた、転世人なの?」


 ふと浮かんだ考えを直接小竜に確かめてみる。転世人というのは、別の世界からこの世界に紛れ込んできた者を指す。転世人は必ずしも人としてこの世界に来るとは限らない。魔物になった転世人も過去にいたらしいから、もしかしたらこの可能性があると思ったのだ。


 小竜は私の問いかけに小さくうなずき、そして少し首を傾げた(ように見えた)。


「転生したのは、多分したと思います。けど、その転世人というのは、どういう意味ですか?」

「転世人というのは、異なる世界からこの世界に紛れ込んだ者の総称のことだよ。異なる世界から転移してきた人、という意味になる。必ずしも人になるとは限らないようだけどね」

「現に、わたしは竜に転世していますから……」


 小竜はうなだれている。私は小竜を元気づけようと思ったが、その前に言っておくべきことがあることがある。転世人にとってはかなり重要なことだ。


「転世人はこの世界ではあまり良い者として受け入れられていないの。転世人はこの世界の人々とは異なった力をもっているんだ。昔、転世人がその力を暴走させて街を一つ滅ぼした事例があってね。転世人が暴走したのはその一回だけなんだけど、その一回が人々にとっては大きくてね……。あからさまに嫌がるような態度をとる人は少ないけど、転世人だと発覚したら、利用価値が高いから貴族に召し抱えられることが多い」


 小竜は私の話を聞いている途中でぶるぶると震え始めた。怖がらせてしまったかもしれないが、これは知っておくべきことだろう。


「……じゃ、じゃあ、わたしは絶対に転世人だと気づかれないようにしないと。貴族の言う通りに従う人生なんて、絶対に嫌だ」


 小竜の小さな声の呟きが聞こえてくる。貴族に召し抱えられた暁には、貴族の所有物としてその生を終えることになる。自由は一切なくなり、命令に従うだけの日々が待ち受けるだろう。そんな人生は苦しいとしか思えない。


「あ、あの。よかったら、わたしにこの世界のこと、もっと教えてくださいませんか? お願いします!」


 勢いよく頭を下げた小竜を好ましく思いながら、私は小竜に微笑みかけた。


「いいよ。時間は沢山あるからね」

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