第10話 勝てよ

 教室に戻るとに佐光達4人と成田が話していた。

 佐光達は俺に気づくと、急いで立ち上がって話しかけてきた。


「藍人! 大丈夫だったか?」


「大丈夫だ。余裕すぎて喧嘩の約束して来たところだ」


 心配そうな表情でこちらを見ながら、平松が口を開いた。


「喧嘩って、殴り合いでもするってこと?」


「そんなことしないよ。俺は勝てる喧嘩しかしない主義なんだ」


 今度は神田が笑いながら言う。


「佐光とは大違いだね。佐光は勝てないのにバスケの勝負挑んでくるんだもん」


「言ってろよ。次は勝ってやる」


 なんて言って佐光は神田を睨みつけていた。

 南がそんな2人の間に割って口を開いた。


「それで、その喧嘩ってなにすんの?」


「え、決まってんじゃん。野球」


 そうすると成田は数秒固まってから驚いた表情を見せた。


「佐野って野球できるの? 俺、知らなかったんだけど……」


「いや、全くやったことない。なんならポジションもピッチャーとキャッチャー以外知らない」


 俺は首を振って答えた。

 すると、成田は頭の上に「?」を浮かべて聞いてきた。


「じゃあ、どーやって勝つんだよ」


「別に俺は野球しないからいいんだよ。だって、勝負すんのは成田だし」


「……はっ?」


 成田のその声はクラス中に響き渡った。

 成田は続けて言葉を発する。


「まてまてまてまて、なんで俺が先輩と野球の勝負することになったんだ! 」


 俺は笑いながらふざけたように答えた。


「色々あってさー。ちなみに負けたら二度と野球部には戻れない。そして一生先輩の犬となる」


「ふっざけんなー!!」


 何もふざけて勝負を挑んだわけじゃないんだが。

 そんなことを考えていると、神田が口を出してきた。


「ちなみに勝ったらどーなるの?」


「先輩が成田と一緒に甲子園を目指す」


「え、なにそれ。本気?」


 神田が珍しく真剣な顔で聞いてきたので、少し驚いたが俺は淡々と答える。


「本気さ。あの先輩が成田に許されないようなことをしてきたのも知ってる。でもきっとあの先輩、野球上手いんだろ?」


 俺は成田に向かって問いかけた。

 成田がそれに続けて口を開ける。


「上手いよ。てか、普通にピッチング以外のことでは歯が立たない。足も俺より早く、バッティングもチームで1番上手い」


 成田は少し黙ってから続けた。


「それに……誰よりも野球が好きなんだと思う」


 そうだろうな。

 あの先輩の手は豆だらけだった。おそらく今でも毎晩素振りでもしているのだろう。

 野球のことを全く知らない俺でもそれくらいのことはわかった。


「成田くんはそれでいいの?」


 平松が成田に向かってそう呟いた。

 成田は一瞬固まったが、なにか決心がついたのか手に力を入れた。


「俺はあの先輩のプレーを見て、この高校を選んだんだ。あの先輩のピッチングを手本にして、エースになったんだ」


 成田は目に涙を浮かべながら続ける。


「あの人のしたことは許せないし、許したくない。でも……あの人となら甲子園に行けるのかもしれない」


 神田は唇を噛んでその話を聞いていた。

 きっと、神田も同じ運動部として思う所があるのだろう。

 そんな神田はいつもの眩しい笑顔を見せてから成田に向かって言う。


「じゃあ勝てよ。成田!」


 続けて他のみんなも成田に向かって言葉を発した。


「俺も応援行くから! 勝てよ成田!」


「じゃあ俺も行こうかな。負けた先輩がどんな顔してるのか気になるし」


「意外と南くんって腹黒いね。私も成田くんが勝つところ見に行ってもいいかな?」


 みんなから激励をもらった成田は「ありがとう」と伝えてから、俺の方見てから口を開ける。


「佐野も見ててくれよな! エースのピッチング」


「見に行くよ。負けたら俺も先輩の犬にならなくちゃならないし」


「え、まじで?」


 成田が驚いて聞いてきた。


「まじ。でもなるわけないじゃん。成田が勝つんだし」


「あー勝ってやるよ。約束……だもんな」


 そう言った成田の目は燃えていた。


 人を信じることが嫌いになったはずの俺なのに、なぜかこいつらのことは少しだけ信じようとしてしまう。

 なんなんだよ。ほんとに。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの青春をもう一度…… れれれ @rere0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ