第8話 無責任な頼み

 前日の夜。

 俺は、佐光の連絡先を開いて電話をかけた。


 1年生の頃、しつこく絡んでくる佐光に「連絡先、交換しようぜ」と言われた。

 始めは交換するつもりはなく断り続けていたが、佐光が口を開くたびに言ってくるので俺は渋々連絡先を交換することにした。


 俺から連絡することは一度もなく、佐光の方からは時折電話やメッセージが来ることがあったが、適当に返すことが多かった。

 テスト範囲を聞いてくる程度のことだったので、俺が言わなくても誰かが教えてあげていただろう。


 電話をかけると佐光はすぐ電話に出た。


「よっす。藍人の方から電話をかけてくるなんて珍しいな、どうしたー? 」


「突然悪いな。もう家には帰ったか? 」


「ちょうど今帰ってきたところだぞ。あ、飯なら部活帰りに食べてきちゃったから軽いのがいいな」


「ちげえよ。話がある」


「え、なんだよ? 告白か? 」


「そんなわけあるか。……少し頼みたいことがある。今から会えないか? 」


 俺がそう言うと、少し真剣な声になって佐光は答えた。


「藍人からの頼み事なら何でも聞くぜ」


「助かる。できれば南と神田と平松も呼んでほしい」


「わかった。場所は学校の近くの公園でいいか? 」


 おそらく公園とは成田が先輩に絡まれていたあの公園のことだろう。


「そこで大丈夫だ」


「了解。じゃあ1時間後に集合ってことであいつらにも伝えておく」


「悪いな、助かる」


 そう言って俺は電話を切った。

 そしてすぐに準備をして公園に向かうため家を出た。


 ---------------


 俺が到着すると、もうすでに全員が揃っていた。

 佐光と神田は公園に設置されたバスケットゴールの前でバスケをしていて、それを近くのベンチから南と平松が笑いながら見ていた。

 南以外の3人は部活の格好をしており、南は部屋着と思われるスウェット姿にだった。

 そんな佐光達に近づいて声をかけた。


「みんな悪いな。夜遅くに集まってもらって」


 すると神田がバスケのボールを手に待って俺の方を向いてから、口を開く。


「佐野おつかれ! 佐光と二人だったら絶対に来なかったけど、みんな来るって聞いたから来たよ! 」


 それに対して佐光が反応する。


「ああ? バスケ付き合ってやってんのにそんな言い方ないだろ」


「あんたじゃ練習にもならないっての」


「もう一戦やってやろうじゃねえか」


 佐光は悔しそうに言った。

 そうしていると南が立ち上がって俺の方を向いて口を開く。


「それより俺達を呼んだ理由を聞かないと」


「そーだな」と言って佐光が俺の方を向いた。

 それに倣って神田と平松も俺の方を向いた。

 俺は小さく深呼吸をしてから話を始めた。


 昨日成田が先輩に絡まれている所を目撃してからのことを包み隠さず、すべて話した。

 俺は成田のことをすべて話し終えると頭を下げた。


「そこで1つ頼みがある。4人のグループに成田を入れてあげてほしい。急に何言ってんだって感じかもしれないけど、今のクラスの空気を変えるには誰かがあいつに歩み寄ってあげることが必要なんだ」


 クラスメイト達は空気を読んで、できるだけあいつと関わらないようにしているだけだ。だからクラスの空気を変えることが必要になる。


 俺があいつと教室で仲良くしたところでクラスの空気は変わらない。俺にはクラスの空気を変えられるほどの影響力を持ち合わせてはいないのだ。

 だからクラスでも影響力があると考えられるこのグループに成田を加えてもらおうと考えた。


 このグループはクラスの中でも特に目立っている。イケメン、美女揃いで誰が見てもクラスの一軍グループである。

 そんなグループと成田が仲良くしていたら他のクラスメイト達も成田を避けようとは思わないだろう。


「別にこれから先ずっと仲良くしてくれとは言わない。せめてあいつが元通りのあいつに戻れるまで仲間に入れてやってほしい」


 俺のしていることは間違っているのかもしれない。

 友達とは自分で選ぶものだ。佐光達と成田の気が合うのかもわからないし、ましてや俺も成田のことは全然知らない。成田とは友達でもないのだ。


 もしかしたら成田がこのグループに入ったことでこのグループの仲が悪くなって崩壊するかもしれない。

 そうなったとき、このグループに属していない俺が責任を取ることなんて到底できない。


 だからきっとこれはである。


 もし佐光達が断ったとしても、それはなにも間違ってはいないし至って当然のことである。佐光達を責めることはできない。


 それでも俺はあいつを何とかしてやりたいと思った。

 あの時誰からも助けてもらえず、居場所を失った今の俺のようになってほしくなくて……。

 だからこそ俺は4人に頭を下げた。


 少しの沈黙の後、佐光が言葉を発した。


「頭上げろよ。相変わらず藍人って変わってるよな。普通、友達でもないやつのためにそこまでするか? 」


 笑顔で言った佐光に続いて、少し呆れた顔をした南が言う。


「ほんとにね。歩夢も変わってるけど佐野はまた違った意味で変わってるね。でも嫌いじゃないなー。そういうの」


 次に口を開いたのは申し訳なさそうな顔をした平松だった。


「私もクラス委員として成田君のことはどうにかしないとって思ってたんだ。でも中々勇気が出なくて。だからきっかけをくれてありがとう」


 それに続いて神田も眩しい笑顔を見せながら口を開く。


「成田とは1年の時にちょっと喋ったことあるし、任せなよ」


 4人がそう言うと佐光は俺の隣に来て、肩に手を置いた。


「そういうことだ。藍人」


 俺は高校に入ってから友達を作ろうとはしなかったし、欲しいとも思ったことはなかった。

 それでも誰かに挨拶をされたら返すし、話しかけられれば話す。

 そうやって誰にも嫌われないように浅く関わってきた。


 そんな俺でも今だけは「こいつらとはもう少し深く関われたら……」と思えた。






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