第6話 アイス食べた仲だろ?
午前の授業は何事もなく終わった。
休み時間中、ほとんど成田のことを見ていたが、誰からも話しかけられることはなかった。
成田から話しかけてる所も目撃したが、みんな一言二言目を合わせないように答えてすぐ離れていった。
昼休みになると、俺は購買に行こうとして席を立った。
すると、前に座る佐光から話しかけられた。
「藍人! 一緒に飯食べようぜ」
「いや、遠慮しとく。俺がいても邪魔になるだけだろ」
「なんでだよ。みんなで食べた方が楽しいぜ」
なら、そのみんなに成田を入れてあげてくれないか? なんて言えたらきっと良かったのだろうが、俺は佐光達が成田のことをどう思ってるいるのかもわからなかったので、やめておいた。
「いや、俺は1人で……」
そう言おうとした時、教室のドアが開いて聞きなれない声が響いた。
「おい、成田」
その声の主は昨日の先輩だった。
クラスにいる全員が成田の方を一斉に見た。
成田は席を立って、下手くそに笑顔を作ってから答えた。
「な、なんすか先輩」
「ちょっとこいや」
そう言われると成田は先輩について教室の外へ出て行った。
俺は佐光に「今日は悪い、1人で食べる」と断りを入れてから一つだけ頼み事を伝えて、成田達を追って外へ出た。
成田達は1組から少し離れた空き教室の中へ入っていった。
俺はその教室のドアに隠れて、中の様子を伺った。
先輩は成田の胸ぐらを掴んで口を開けた。
「てめえ昨日どこ行ってたんだよ」
成田は唇を震わしながら目を逸らし、何も言わなかった。
「おい、てめえ言わねえと野球部がどうなるかわかってんのか? 」
そう言われると成田はゆっくりと口を開けた。
「ク……クラスの友達とたまたま会ったんで、話をしていました」
「タバコ盗ってこいって言ったよな? 」
「……その友達に見つかっちゃったんで、無理でした」
それを聞いてから先輩はチッと舌打ちをしてからまた口を開けた。
「その友達って誰だよ」
「……言えないです」
「てめえ、野球部がどうなってもいいのか」
成田は目に涙を浮かべながら答えた。
「あいつを売るくらいなら野球部なんて……」
別に俺のことなんて気にすんなよ、バカなやつだな。
俺は小さく呟いて、教室のドアを思いっきり開けた。
「昨日成田くんと会ったの俺なんすけど、なんか用すか? 」
先輩は俺を睨みつけながら近づいて、俺の前に来た。
「それで、何しに来たんだ? 」
「成田くんと一緒にお昼ご飯でも食べようかと思いまして、迎えに来ただけですけど」
それを聞いた先輩は、成田の方を向きながら笑いながら口を開けた。
「お前、友達いたのかよ。いつも1人だから居ねえのかと思ったぜ」
いや、友達じゃないです。なんて言える空気ではとてもなかった。
「お前、名前は? 」
今度は俺に向かって名前を聞いてきた。
「成田くんと同じクラスの佐野です」
俺は淡々と答えた。
「佐野、ヒーローごっこなら他所でやれ。てめえで勝てると思ってんのか 」
「ヒーローなんてたいそうなもんじゃないんですけどね」と小さく呟き、俺は先輩を挑発した。
「先輩が悪役ごっこしてるみたいなので、お手伝いしようかと思いまして」
先輩は相当頭に来てるようで今にも飛びかかってきそうだった。
「てめえ、ただで済むと思うなよ」
俺の胸ぐらを掴んで、腕を振りかぶる。
するとその時、俺の後ろから声が聞こえた。
「おーい。佐野はいるかー? 」
その声の主に目を向けると安藤先生がいた。
「こんなところで何してる? 」
「先輩にヒーローごっこで遊んでもらってたところです」
先生はため息をついてから答えた。
「ヒーローごっこ? もう高校生なんだからそういうのは卒業しろよ」
「そうですね」
安藤先生は「そんなことより」と言って、話を続けた。
「佐光から佐野が私を呼んでるって聞いてきたんだが」
「そうなんですよ。さっきの授業で分からない所があって……。成田と聞きに行こうと思ってたんです」
「そうか。じゃあみっちり教えてやるから、教室戻るぞ」
俺は「はーい」と返事をして、成田を連れて先輩がいる教室から離れた。
教室から出る際、先輩からすごい怖い目で睨まれたが気にしなかった。
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教室から戻った俺と成田は、残りの休み時間は安藤先生にみっちり国語を教えられた。
やっと昼休みが終わり解放されると、佐光がなにがあったのか聞いてきたが、俺は「別に」とごまかし午後の授業を受けた。
午後の授業もなに事もなく終わり、下校の時間になった。
部活がある生徒は部活に行き、教室ではほとんどの人がいなくなっていた。
俺は、寂しそうに席に座っている成田の肩を叩いて声をかけた。
「帰ろうぜ」
そう言って俺達は一緒に帰ることにした。
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帰り道では特に会話をすることはなく、成田の家に到着した。
「じゃあまた明日な」
そう言って帰ろうとする俺を成田が止めた。
「なんであの時入ってきたんだよ」
成田は真剣な顔で俺を見ていた。
正直俺が入っていかなかったら、俺が先輩に目を付けられることはなかったかもしれない。
それでも自分がしたことは間違っていないと確信がある。
だってそれは……。
「自分の帰る場所なくしてどうすんだよ。俺が名乗り出なかったら野球部がなくなる可能性があったんだぞ」
「……もう俺の居場所はないんだ。野球部にも教室にも」
そう言って成田は下を向いた。
そんな成田に対して俺は元気づけるように大きめの声で言った。
「野球部戻れば良いだろ。お前には帰る場所がまだあるんだから。甲子園行けよ、エース」
「でもそしたらまた野球部に迷惑かけちまう」
「かけさせねえよ。俺が何とかしてやる。だからもしお前が野球部に戻れたら、夢絶対叶えろよ。約束だ」
俺は成田の不安を吹っ飛ばすように手をグーにして成田の前に突き出し、笑顔で言った。
「なんでそこまでしてくれるんだよ。俺ら友達でもなんでもなかっただろ? 」
俺は知っている。
夢を諦める辛さを。
友達だと思っていたやつらから助けてもらえなかった寂しさを。
帰る場所がない悲しさを。
本当は辛くて寂しくて仕方がないんだけど、それを誰にも言えない苦しさをその全てをあの時の俺が知っているからだ。
俺はそれを口にすることは出来ず少しふざけて答えた。
「友達ではないけど、一緒にアイス食べた仲だろ? 」
「なんだよ……それ」
成田の目にはきらっと光る涙が浮かんでいたが、それでも成田は笑顔で答えた。
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