こんなカップ麺があってたまるか!

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

こんなカップ麺があってたまるか!

「カップ麺、出来ましたよ」


「まずもってきみの考えるカップ麺の定義を確認しておこうか」


『ヌゥゥゥドルゥゥゥゥ……』


 我が家のダイニングテーブル。向かい合うは結婚一年目のいとしの妻。

 そして僕と妻の間に置かれているのは、歴史といわくを感じさせるまがまがしい陶器から絶えず虹色の泡がごぼごぼとわき出しぬたぬたとしたラバーブラック色の触手らしきものがうごめく、妻いわく「カップ麺」であった。


 妻はむふーとドヤ顔をして言った。


「カップの中に入っててにょろにょろしててお湯を注いでちょっと待ったら活きがよくなりました! だからこれは正真正銘カップ麺です!」


「いろいろ言いたいことはあるけど、まずカップ麺は『活きがよくなる』ものではなくない?」


「実家の蔵にしまってあった秘蔵のカップ麺ですよ! 元・陰陽師で服部半蔵と小野小町の血を引く母方の祖母が残した秘蔵の一品です!」


「結婚前にも聞いたその血統は今でも疑ってるけど、それが事実だとしてこんな気軽に持ってきてお湯入れていいものじゃなくない?」


「賞味期限を気にしてますか? 大丈夫ですよ安心してください! 賞味期限は切れてません!」


「そこじゃないし、てか賞味期限書いてあったの?」


「くっついていた紙にほらこのとおり! 『西洋ノ暦ニシテ二〇二六年ニテ総テ終ワリトナル』」


「だいぶ差し迫ってるな!? えっこれむしろ持ち出してきてなんやかんやしてて大正解!?」


「さあどうぞあなた、召し上がれ♡」


「いやこれ僕に食べろと!? 本気でこれ食べさせようと思ってる!? 正気!?」


「ひどいですあなた! 愛する妻が手ずから作った手料理を、まさか食べないつもりですか!?」


「百歩譲ってこれがちゃんとしたカップ麺だったとして、それを手料理判定するのはだいぶ厳しいんじゃないかな!?」


「……! ははーん、そういうことですね? んもう、あなたったら甘えんぼさんなんですから。しょうがないですね、『あーん』してあげますよ」


「いやそういうの求めてない……」


「それじゃあ、麺を一本取りまして……」じゅうううう


「溶けてる溶けてる!? 箸が溶けてる!? めちゃめちゃ煙出してじゅーじゅーいいながら溶けてる!?」


「湯気いっぱいで熱そうですねー。ふー、ふー」じゅうううう


「いやそれ湯気じゃないでしょどう見ても!? ふーふーする先の箸の当たり判定が消失してるんだけど!! 麺もなければ箸先すらない虚空をふーふーしてどうするの?」


「はいあなた、あーん♡」じゅうううう


「これ正しいリアクションってどんなのなのかな!? 長さ半減していまだに煙を出してる箸を差し出されて僕はどんなアクションを返せばいいのかな!?」


『食ベレバイイト思ウヨ』


「カップ麺が自我を出さないでくれないかなぁぁぁ!?」


「あなたひどいです! さっきまでさんざんカップ麺であることを否定してたのに、いざカップ麺が頑張りだしたらカップ麺であることを理由にその頑張りを否定するなんて!」


「そもそもこれがカップ麺であろうとなかろうと言葉を発し始めたら食べ物としてアウトなんだよなぁぁ!?」


「えっ……じゃあわたし、毎晩あなたに食べられるとき、声を出さない方がよかったですか……?」


「えっいや……それはそういうことじゃないっていうか……むしろ声は出してもらった方が……」


『アッ自分、ココニイナイ方ガイイッスネ、間ニハサマッテテスイヤセンデシタ』ぬょろぬょろ


「自走しないでくれないかなカップ麺!? 麺(?)を器用に使って歩かないでくれないかな!? 歩いた跡がちょっと溶けてるし!!」


「あの……あなた……」


「ん?」


 妻の方に向き直ると、妻は顔を赤くしてちょっと視線をそらして、口元に手を置いてもじもじとした。


「その……声を出した方がいいってことでしたら……わたしもっと、抑えずに声を出してしまった方が、いいのでしょうか……?」


「……あのね」


「はいっ」


 背筋を伸ばした妻に、僕は真顔でさとした。


「午前七時からする話題じゃないし、カップ麺は午前七時から食べるものじゃないと僕は思うんだ」


 東側の窓から、すがすがしい陽光が差し込んでいる。

 通勤までにまともな朝ごはんを食べられるかなあというのが、僕の目下の心配事だった。




 なお逃げ出したカップ麺(?)は、この後近所でラーメン屋を開店した。

 体がとろけるような絶品だと評判とのことだった。

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