第4話

― 第三野戦病院 診療記録抄写 ―

日付:昭和十八年五月十三日

所属:第三野戦病院 第二衛生区画

記録者:軍医長補佐 ████


搬送兵より報告あり.

前線にて爆発に巻き込まれた衛生兵が即死の可能性とのこと.


収容後,呼吸音と心拍音を確認.

全身の損傷は激甚.

皮膚の八割以上が焼失.

心拍は極端に遅いが一定.

鎮痛剤を投与.翌朝に自発呼吸が正常に戻る.


氏名:蝦草ヤエコ(えびくさ やえこ)

階級:衛生兵

年齢:推定二十前後

状態:生存






― 研究転送記録 ―

指令文:軍部技術開発本部より転送

件名:「対象E」生体研究指定


対象E(蝦草ヤエコ)を研究棟第2実験区画へ搬送.

理由:再生医療・不死兵計画 試験体適合のため

搬送後,被験者の承諾不要との通達あり.


[音声転写記録]

(収録開始)

「対象E、意識明瞭」

「外傷に対する反応鈍化」

「肋骨陥没部位、48時間で再生」

「痛覚あり。鎮静剤が効かない」


「鎮痛を続けても体が止まらない……自己修復を続けているぞ」

「血液凝固速度も通常では考えられない」


「採血後、数秒で閉じてしまいます」


「これこそ神がもたらした不死身の兵士だ!!!」

「…………」

(記録終了)






― 実験記録 一部抜粋 ―


[実験第十二号 右上肢切断再生試験]

切断後,出血停止まで3分.

止血帯を外すと断面部が蠢動.

観察4時間後血管・筋繊維の自己接続確認.

翌朝には肘関節の可動を確認.


[実験第二十一号 内臓摘出・部分移植試験]

胃および腎臓の一部を摘出.

被験者の意識あり.痛覚反応低下.

48時間後,欠損部位の再生を確認.

摘出臓器に未知の酵素構造.

培養試験を行うも容器内で変質.


[音声転写記録]

(収録開始)


「なぜ死なない?」


「……痛い。死なせてくれ」


「駄目だ。死なせない、というより死なないが」


「こんなの…許されるのか……?」


「上からの命令だ」


「そう……か」


(雑音混入)

(聞き取れない音声で会話)

(記録不可と判断し記録終了)






― 研究棟メモ(後日発見) ―


祝福の血

神の与えし肉


◻︎


皮膚の裏側に動くものを見た

あれは筋肉ではない


◻︎


実験以外の時間は、Eの部屋から何かが聞こえる

祈りのように聞こえる


◻︎


被験者Eのと目が合った

何も言われなかったが、「私の番」だと気付かされた


◻︎


Eの血液を扱った者の手に黒い斑点.

翌朝,腕が腫れ上がっていた


Eの骨髄を抽出した技官が翌日死亡.胸部破裂.

死後検査:臓器が膨張し,自己分裂を繰り返していた.


◻︎


これ以上は続けられない

何かに見られている

祈りを捧げることしかできない






― 最終報告書(部分欠落) ―


被験者E,依然として生存.

外傷・感染なし.

心拍・呼吸安定.

言語反応低下.


本日未明,研究員█名が同時に死亡.

全員,原因不明の内臓破裂および失血死.

実験棟内の者のうち生存者なし.

一部の看護要員が自傷行為,あるいは自殺.


結論:被験者Eの体液・血液サンプルが何らかの伝達性を持つ.

接触・閲覧ともに危険.

当該資料を封印.


備考:

翌日,軍司令部より命令.


対象Eを内地へ送還し,記録を抹消せよ.


その後の経過不明.

被験者Eは後に「一切の記憶を喪失」と記録されている.






― 封印記録備考 ―


記録の末尾に赤い手書きが残っている.


「これは祝福であり 呪いである」

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