第9話 遠ざかる手前で

 朝、ミントを一枚だけちぎって白湯に落とす。

 昨夜の気配はもう部屋のどこにも残っていない──はずなのに、湯気の上がり方までやわらかく見える。

 加湿器の青いランプ、星柄のマグ、薄い光。

 生活のピースが定位置に戻っていることが、まずは安心のしるしだった。


 春斗は早く起きて、台本をめくっていた。

 ノートの余白に小さな文字でコメントを足している。

 「午後、収録。夜は二十一時から一枠」

 「喉は?」

 「強い。今日はほんとに」

 「よし」


 朝食は、昨日と同じパンとスープ。

 同じものを同じ手順で作って、同じ時間に食べると、不思議と心が落ち着く。

 でも今日は、どこかで違う音が鳴っていた。

 それが何か分かったのは、春斗が出ていった後だった。


 スマホが震える。七海からのメッセージ。


七海:

朝だけど“悪い友達”報。

例の切り抜き、昨夜のアーカイブから“マグの縁”を特定する動きが出てる。

星の配置の角度で一致とか言い出してる人がいる。

今は小規模。でも、昼に拡大する可能性。

ガチ勢の観察力をなめるな。


 目を通して、息を吸う。

 “マグの縁”──星柄。

 欠けの位置まで、配信画面で分かるほどだったのか。


 続けて、通話が入る。

 「朝からごめん」七海の声は眠そうで、それでも芯がある。

 「昨日の枠、見た? あれ、マグの端っこが映ってた」

 「気づかなかった」

 「まあ普通は気づかない。でも、“見る人は”見る」

 「……それで?」

 「小火種。すぐには燃えないけど、放っておくと厄介」


 キーボードの音が、受話口から小さく響く。

 七海は何かを打ちながら話している。

 「事務所にも流してある。今日は“家の音”を少し減らして。換気扇、テレビ、加湿器。あと、マグは別の柄を使って」

 「了解」

 「颯太、悪いけど、君んとこ“守る側”だからね」

 「わかってる」

 「そう、それでいい。……でも、無理はすんな」


 通話を切ると、部屋の静けさが急に重くなる。

 星柄のマグを棚の奥へ押し込む。

 代わりに、無地の白と淡いボーダー柄を並べた。

 いつもより整然とした棚なのに、なぜか寒い。

 星を隠すと、夜の居場所が少し減る。


 昼前、また通知。


春斗:

事務所で共有。小物撤去、徹底。

玲さんからも“越えない線”の確認。

夕方、話せる?


颯太:

話そう。夜の回線もこっちで確認しておく。


 まるで仕事の連絡みたいな文面。

 でも、その方が安心する。

 「恋人」や「同居人」という言葉を使わなくても、信頼の温度は伝わる。

 昼の光の中で、白いマグが小さく影を落としていた。


 午後、雨が降り出す。

 外気が落ちるたびに、部屋の中の空気がゆっくり入れ替わる。

 呼吸をする家。俺たちは、この家に守られている気がした。


 春斗が帰ってきたのは夕方。

 扉が開く音がして、冷たい風が滑り込む。

 「ただいま」

 「おかえり」

 その二言の間に、いつもより少し長い間があった。

 靴を脱いで立ち上がった春斗は、深呼吸をして言った。

 「……ありがとう」

 「何に?」

「いろいろ。守ってくれてる」

「守ってるわけじゃない。置いてるだけ」

「それを守るっていうんだよ」


 彼は星柄のマグが消えていることにすぐ気づいた。

 視線で確かめて、短く頷く。

 「今夜から画角を変える。背景、全部見直す」

 「あと、窓の反射も。夜の光は鏡になる」

 「了解」


 台所で白湯を作る。

 今夜はミントを入れない。

 香りもまた“手がかり”になることを七海に教わった。

 「玲さん、なんて?」

 「“越えてはいけない線”の再確認。特に私生活の言及。誰かを守るときは、固有名詞じゃなくて温度で話す、って」

 「温度で」

 「うん。“誰かがコーヒーを淹れてくれた”じゃなく、“戻ってくる場所には温かいものがある”——そう言えば十分伝わる」

 「それ、いい言葉だね」

 「ね」


 ふたりでマグを持ち上げて、湯気を吸う。

 静かに、同じ温度を共有する時間。


 十九時半、廊下の電気を落として、家の明るさを一段浅くする。

 白い光が減ると、影が増える。影は音を食べる。

 ブレーカーの位置、非常灯のスイッチ、無停電電源装置——指先で順番にさわって確かめる。置いてあるだけでいい。置いてあるという事実が、今日の俺たちの防具だ。


「吸って、吐く。五拍」

「五拍」

 春斗は目を閉じ、胸の下で静かにリズムを刻む。

 吸って、吐く。

 加湿器の青いランプが、拍に合わせて明滅している気がする。気がするだけでいい。身体が“整う”と錯覚してくれるなら、それで十分だ。


「行ってくる」

「いってらっしゃい。……戻ってこい」

 短い冗談に、彼は小さく笑った。扉は閉まり、鍵はかからない。家の中で、線を引く。


 ——二十一時。


「ん、……こほん。今日も来てくれて、ありがとう」


 最初の一声が、思っていたより低い。

 大丈夫、落ち着いている低さだ。

 雑談の序盤、チャット欄の早さが上がる。

 “休止あけうれしい”“体調どう”“星座アプリ見たよ”

 モデレーターが余計な流れをうまく掃いていく。顔のない守り手たちに、心の中で礼を言う。


 廊下で、俺はただ“置いて”ある。

 ブレーカーの前、壁に背中を付け、呼吸の拍を合わせる。

 吸って、吐く。

 そのたびに、部屋の骨格が背中を支える気がする。


 ……二十一時二十五分、コメント欄が一瞬ざわついた。

 「背景 マグ」「縁 角度」

 胸が上がりかけた拍で、すぐ落ち着く。映っているのはボーダーと無地。

 画面の向こうで春斗が、ほんのわずかに“置く”。

 置いてから、次の話題へ滑らせる。

 呼吸の拍が、また揃う。


「最近、朝の空気が好きでね」

 彼は相手の顔のない“朝”に話しかける。

「冷たい匂いに、ほんの少しだけ甘さが混じる瞬間がある。……そこに在るだけで、誰にも名前をつけられない感じが、いい」


 温度で話す。

 固有名詞を使わない。

 玲さんの言っていた盾の使い方だ。

 “好き”は言った。けれど、“誰”は言わない。

 俺たちの間では十分に伝わるのに、外に向けたときだけ形をなくす。


「……それじゃ、君の夜に、星を」


 決め台詞。

 終わりの音。

 椅子が小さく鳴り、マイクが切れる気配が壁を通して伝わる。

 扉が少しだけ開いて、家の人間が帰ってくる。

 「おつかれ」

 「ただいま」

 眼の奥に残った光が、人間の明るさに戻っていくところ。何度見ても、ほっとする瞬間だ。


「どう?」

「……大丈夫。ボーダー、効いた」

「七海が喜ぶ」

「喜ばせたい」

 柔らかく笑って、すぐに真顔になる。「ねえ、少し話してもいい?」

「うん」


 テーブルの端に紙を一枚置く。

 今日のため、そして“次”のための線を、言葉にする。

 俺がペンを持って、ゆっくりと読む。


 一、配信直後は“家の声”で喋らない(クールダウン五分)。

 二、配信に関わる物証は画面に置かない(マグ、光、箱、反射)。

 三、外に出る動線はずらす(買い物、ゴミ出し、宅配)。

 四、“大丈夫じゃない”を言う。すぐ言う。

 五、外に向けた“ありがとう”は減らす。家に向けた“ありがとう”は増やす。


 読み上げながら、自分で笑ってしまう。「五、いいね」

「うん。俺も好き」

 春斗は目を細め、背もたれに身体を預けた。「配信のときって、“ありがとう”がうまく言えるんだ。……でも家で言うのは、もっと難しい」

「難しいから、増やそう」

「うん」


 白湯をふた口。

 湯気が目の前でひろがる。

 湯気の向こうに、彼の睫毛が朝より長く見える。疲労じゃない。安堵で、輪郭がゆるんでいる。


「颯太」

「ん」

「少しだけ、離れたくなるかもしれない」

 真剣な声。

 胸の奥で小さな音が鳴って、すぐに静かになる。

「……どういう“離れ”?」

「外に対して。ここじゃない。

 仕事の声と家の声の境界を、もう一回はっきりさせたい。たぶん、配信の直後は何も言わない方がいい」

「うん。賛成」

「寂しくない?」

「寂しい。けど、誇らしい」

「ありがと」


 寂しさを否定しないで言葉にする。

 それを受け取ってもらえる関係は、たぶん強い。

 紙の端が、湯気で少し柔らかくなった。

 家の中の言葉は、水気でふやけるくらいがちょうどいい。


「今日、触れる?」

 春斗の問いは、真面目で、やさしい。

 昨日の夜の記憶が、喉の奥をあたためる。

 だけど、今夜は“置く”を選びたい。

 俺は、ゆっくり首を横に振った。

「今日は、置こう。離れる直前の、手前で」

「うん。賛成」


 ソファに並んで座り、指先だけ重ねる。

 掌は合わせない。節と節を軽く当てる。

 それだけで、拍が揃う。

 照明を一段落とす。影が増える。影は音を食べる。


「……ねえ、颯太」

「うん」

「“彼氏”って、いつ言おう」

 背中の奥で笑いが跳ねる。

「いつでもいい。言わなくてもいい。外に向けては言わないだけで、ここでは——もう言ってる」

「うん」


 春斗は目を閉じ、指先の力をほんの少しだけ強めた。

 それが今日の“抱擁”の代わりになる。

 線を越えないまま、線を確かめる。

 その行為だけで、夜は満ちる。


 やがて、テレビを消して、廊下の蛍光灯を落とす。

 暗闇は、境界を甘くする。

 寝室で布団をめくり、いつもの“境界の内側”に並んで横になる。

 額は寄せない。

 手だけ、節と節で触れている。

 呼吸を揃える。

 吸って、吐いて。

 昨日の夜に近づきそうになるたび、拍で戻る。

 戻ることが、今夜の正解だ。


「明日、朝は?」

「八時。余裕ある」

「じゃあ、ゆっくり起きよう」

「うん」


 目を閉じる直前、廊下の向こうで小さく「ぱち」と音がした。

 蛍光灯が一本、寿命を迎えた合図。

 非常灯の小さな明かりが、わずかに点る。

 ——保険が、ある。

 それを思い出すだけで、眠りは早くやってくる。


 夜は、遠ざかる手前で止まった。

 止まったまま、十分に優しかった。


 ***


 朝、目覚ましの一分前に目が覚める。

 身体は律儀だ。

 台所で湯を沸かし、無地のマグを二つ。ミントは一枚だけ。窓の外の雲は薄く、街の輪郭が柔らかい。


「おはよう」

「おはよう」

「喉は」

「強い。今日はほんとに」

 昨日と同じ会話を、昨日より半拍近く。

 パンを焼き、バターを薄く。

 昨夜の“置く”が、今朝の“余白”になって残っている。


 食後、テーブルに昨夜の紙を広げる。

 端が少し波打って、形がよくなっている。

 ルールは、乾くと固くなる。

 固くなったら、また湿らせて、更新すればいい。


「これ、冷蔵庫の内側に貼ろう」

「内側?」

「うん。開けた人だけが見える場所」

「いいね」


 マスキングテープで四隅を止める。

 冷気がふっと漏れて、紙の端が少し震えた。

 温度で語る。

 温度で守る。

 温度で繋がる。


 七海から短いメッセージ。


七海:

昨夜の件、沈静。

代わりにボーダーマグが流行りかけてて笑う。

今日は甘いもの買って帰りな。

“よくやった”の日。


 笑いながら“了解”を返す。

 甘いもの。

 夜に、白湯と、甘いもの。

 それが“よくやった”の合図になる生活は、悪くない。


 玄関で靴を履く春斗が、ふいに振り返る。

 「帰ってくる理由、また増えた」

 「また?」

 「うん。……冷蔵庫の内側」

 「地味だな」

 「地味なやつほど強い」


 行ってきます。行ってらっしゃい。

 扉が閉まる音に、不安の影は混じらない。

 代わりに、今日の拍が胸の中に刻まれている。

 吸って、吐く。

 遠ざかる手前で止まる。

 それを選んだ夜のあとには、よく眠れた朝が来る。


 午後、曇り空。

 ベランダの手すりに、昨夜の雨がまだ残っていた。

 点と点が光を返す。街は静かで、風の音がやさしい。

 このくらいの曇りが、いちばん好きだ。光が散って、影が柔らかい。

 少しだけ冷たい空気が部屋を撫でる。布団の上に残る体温の跡が、ふたりで過ごした時間をはっきりと語っていた。


 春斗がいない間に掃除をする。

 テーブルの上のメモを見て、鉛筆で新しい行を一本だけ足す。


 六、焦らない。焦ったら、白湯を飲む。


 思いつきのルール。だけど、これがいちばん大事な気がした。

 焦りはすぐに外へ漏れる。

 温度を戻すには、呼吸と白湯が一番早い。


 加湿器のスイッチを入れると、青い光がゆっくり点る。

 昨夜は画面に映らないよう隠していたけれど、昼間なら問題ない。

 静かな音。

 音のない時間を、音で守る。


 スマホが小さく震える。

 七海からの新着。


七海:

“悪い友達”、撤収完了。

星柄のマグは私のインテリアってことにした。

あと、例のまとめ動画は今朝で止まってる。

……まあ、燃え残りの灰はあるけど、火は消えたよ。


 > 七海:


それにね。

“遠ざかる手前”っていう距離感、いい言葉だと思った。

人間関係も恋愛も、それができる人はそう多くない。


 画面の文字を読み終えてから、そっとスマホを伏せた。

 七海は本当に強い。

 守るということを、感情ではなく構造で考えている。

 俺も、そうなりたい。


 夜になって、春斗が帰ってくる。

 外の空気を連れて、玄関のドアがゆっくり閉まる。

 「ただいま」

 「おかえり」

 それだけで十分だ。

 言葉の奥に“守れた”という安堵がある。

 靴を脱ぎながら、彼は微笑む。

 「今日は、甘いものある?」

 「七海の指令で買ってきた。チョコのスフレ」

 「やった」


 食卓に並べて、湯を注ぐ。

 無地のマグが、湯気の中でかすかに揺れた。

 白い湯気が重なって、二つの影がぼんやりと溶け合う。

 フォークを入れると、スフレの生地が小さく沈む。

 その沈み方が、まるで安心の呼吸みたいだった。


「さっき、七海からメッセージ」

「うん」

「“遠ざかる手前”って、いい言葉だって」

 春斗は少し考えて、ゆっくりと頷いた。

 「ほんとに。……俺たち、今までの恋よりもずっと手前で止まれてる気がする」

 「止まるって、悪いことじゃない」

 「うん。

 走り続けた恋は、どこかで壊れる。

 止まる恋は、形が残る」


 会話が止まって、スプーンの音だけが続く。

 静かな夜。

 湯気の奥で、春斗が視線を上げる。

 「颯太」

 「なに」

 「ありがとう」

 言葉が空気の層をゆっくり通り抜けて、胸の奥に落ちる。

 声の温度が、直接響く距離。

 それが、“外の世界”では絶対に作れない空間だ。


 彼はふいに、手を伸ばしてきた。

 掌を開いて、ゆっくりと俺の指を包む。

 節と節が触れ、少し力が入る。

 昨日よりも深く、それでも優しい。

 「今日は、これだけ」

 「うん」

 「明日も、同じくらい」

 「うん」


 それ以上は何もいらない。

 互いの存在が、沈黙の中で確かめられている。

 呼吸の拍が、ふたたび揃う。

 吸って、吐く。

 吸って、吐く。


 時間がゆっくり流れて、窓の外の灯りが遠ざかる。

 街は眠り、家は呼吸を続けていた。

 春斗の指が軽く動く。

 「もし、また炎上したらどうする?」

 「また焦らない。白湯を飲んで、ルールを見る」

 「六番目のやつ?」

 「うん。新しく足した」

 「……好きだな、そういうとこ」

 笑いながら、彼は湯を口に運ぶ。

 白湯の温度はちょうどいい。

 飲み干したあと、彼の唇に白い跡が残った。

 その跡が、光で溶けていくのを見ていた。


 夜更け。

 テレビの電源が落ち、部屋に青い明かりが戻る。

 加湿器のランプ。

 昨日と同じ色なのに、少しだけ違って見える。

 家の中の空気が、恋の形を覚えはじめていた。


 春斗が立ち上がって、ブレーカーの方を見やる。

 「この家、いいね」

 「なんで」

「呼吸してる。

  人間よりちゃんと息してる」

 「俺たちが息してるから、そう聞こえるんだよ」

 「そうかな」

 「そうだよ」


 彼はゆっくりと笑った。

 その笑顔が光を持つ瞬間を、俺は見逃したくないと思った。

 外の世界のどんな照明よりも、柔らかくて強い光だったから。


 寝室へ向かう。

 布団の端、いつもの境界線。

 その内側で、ふたりは静かに横になる。

 「おやすみ」

 「おやすみ」

 指先だけが、再び触れ合う。

 拍をひとつずつ重ねていくように、呼吸を合わせる。

 遠ざかる手前で止まる。

 止まるたびに、安心が増える。


 夜が完全に落ちたとき、春斗が小さく囁いた。

 「颯太」

 「ん」

 「好きだ」

 その言葉は、眠りの境界をやさしく越えた。

 返事をするより早く、夢が来た。

 光が遠のき、静けさが満ちていく。


 ——翌朝。


 目が覚めると、外は晴れていた。

 雲一つない空に、遠くで飛行機の音がする。

 パンを焼きながら、昨日の夜のルールをもう一度読む。

 冷蔵庫の内側に貼られた紙の角が、朝日を反射して輝いていた。


 一、配信直後は“家の声”で喋らない。

 二、配信に関わる物証は画面に置かない。

 三、外に出る動線はずらす。

 四、“大丈夫じゃない”を言う。

 五、外の“ありがとう”は減らし、家の“ありがとう”は増やす。

 六、焦らない。焦ったら、白湯を飲む。


 春斗が背後から覗き込んで、小さく笑う。

 「完璧だね」

 「うん。しばらくはこれで」

 「このルール、守りたい」

 「俺も」


 白湯をふたつ。

 今朝は、ミントを多めに。

 湯気の中に、昨日の夜の呼吸がまだ残っている気がした。


 春斗がマグを両手で包んで、囁く。

 「これからも、遠ざかる手前で止まろう」

 「うん。

  それが、俺たちのやり方だ」


 湯気が、朝日に溶けていく。

 その光の中で、ふたりの影が一つに重なった。

 外の世界がどれだけ騒いでも、

 ここだけは、静かに呼吸していられる。


 恋は、距離の中に生きている。

 だからこそ、俺たちは今日も線を引く。

 遠ざかる手前で、止まるために。


 そして、その線の上で、やさしく笑い合う。

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