勇者パーティを追放された薬師、辺境で前世の知識を使って最強の万能薬を作ったら、元仲間が土下座しに来た件
Ruka
第1話 無能の烙印
「リオン、お前は今日をもってパーティから追放する」
冒険者ギルドの一室で、俺――リオン・クレイは信じられない言葉を聞いた。
声の主は、幼馴染で勇者パーティのリーダーを務めるアルベルトだ。金色の髪に整った顔立ち、そして『聖剣』のスキルを持つ彼は、この国で最も期待される若き勇者として名を馳せている。
彼の隣には、同じく幼馴染の聖女カタリナ、そして魔法使いのエレナと剣士のガレンが立っている。四人とも、俺を見る目は冷たかった。
「は? 何を言ってるんだ、アルベルト」
俺は困惑して聞き返した。つい先日、魔王軍の四天王の一人『毒竜のヴェノム』を倒したばかりじゃないか。あの戦闘では、俺が調合した解毒剤がなければ全滅していたはずだ。戦闘は順調で、パーティの雰囲気も悪くなかった――少なくとも、俺はそう思っていた。
「お前の薬師スキルは、もう必要ないんだよ」
カタリナが冷たい目で俺を見下ろす。かつて村の教会の前で「将来は一緒に冒険しようね」と笑い合った彼女の面影は、そこにはなかった。
美しい銀髪と碧眼を持つ彼女は、この国の聖女として崇められている。その彼女が、まるでゴミでも見るような目で俺を見ている。
「カタリナ様の回復魔法があれば、リオンの作る安物のポーションなんていらないんです」
エレナが鼻で笑う。彼女は名門魔法学院を首席で卒業した天才魔法使いで、プライドが高い。俺のことは最初から見下していた節がある。
「それに、戦闘では何の役にも立たないしな。いつも後方で薬草混ぜてるだけ。足手まといなんだよ」
ガレンまでもが、まるで邪魔者を見るような目を向けてくる。彼は王都の騎士団出身で、実力至上主義者だ。戦闘に直接参加できない俺のことを、内心バカにしていたのだろう。
俺は何も言い返せなかった。
確かに、俺には派手な戦闘スキルがない。薬師という職業は、ポーション作成や解毒、状態異常の治療が専門だ。直接戦闘には参加できない。モンスターを一撃で倒すこともできないし、回復魔法のような光の演出もない。
でも、それは最初から分かっていたことじゃないか。
「待ってくれ。確かに俺は戦闘には参加できないけど、でもサポートは――」
「サポート? 笑わせるな」
アルベルトが冷笑する。
「お前が作るポーションより、街で買った方が安いし効果も高い。それに、カタリナの回復魔法があれば怪我なんてすぐ治る。解毒剤? 解毒魔法で十分だ。お前の存在意義なんて、最初からなかったんだよ」
その言葉が、心臓を貫いた。
五年間、共に戦ってきたと思っていた。仲間だと信じていた。でも彼らにとって俺は、最初から「いてもいなくても同じ存在」だったのか。
「それに、お前のせいで報酬の取り分が減るんだよね。五人で分けるより四人で分けた方が、一人当たりの金額が増える。単純な算数だろ?」
カタリナが、まるで当然のことのように言い放つ。
「あ、それと」彼女は続ける。「今までの報酬も、あなたの取り分はなしね。だって本当は貢献してないもの。私たちが戦っている間、あなたは安全な後方にいただけじゃない」
「なっ……! それは約束が違う!」
これまで五年間、命の危険を冒しながら共に戦ってきた報酬を、全て没収するというのか。
「約束? そんなものあったかしら? ねえ、みんな」
「覚えてないな」
「私も知りませんわ」
「さあ、どうだったかな」
四人が口々に言う。その表情には、罪悪感のかけらもない。
「そんな……ふざけるな! ギルドに訴える! お前らのやってることは詐欺だ!」
「文句があるなら、ギルドに訴えれば? でも証拠はないし、誰もあなたの味方なんてしないわよ」
カタリナが勝ち誇ったように笑う。
「勇者パーティの言葉と、無能薬師の言葉、どっちが信用されると思う? それに、ギルドマスターとはアルベルト様が懇意にしているの。分かるわよね?」
完全に、詰んでいた。
「じゃあな、リオン。今までご苦労さん」
アルベルトが手を振る。その仕草は、まるで使用済みの道具を処分するかのようだった。
「あ、そうだ。お前が持ってる装備、それパーティの共有財産だから置いていけよ」
「は……?」
「鎧も剣も、全部パーティの金で買ったものだろ? 私物として持ち出すのは窃盗だぞ」
ガレンが威圧的に言う。
結局、俺は身一つで部屋を追い出された。手元に残ったのは、腰に下げた小さな革袋だけだ。
---
夕暮れの街を、当てもなく歩く。
王都の大通りは、帰宅する人々で賑わっている。露店の明かりが灯り始め、美味しそうな匂いが漂ってくる。でも俺には、それを買う金もない。
五年間、命を賭けて戦ってきた。
毒に侵された仲間を何度も救い、戦闘前には能力を高める特製のポーションを作り、傷の手当てをしてきた。魔法の効かない呪いの病気も、俺の薬で治した。眠れないと悩むアルベルトのために、睡眠導入効果のある薬草茶を調合したこともある。
それなのに、こんな仕打ちを受けるなんて。
「結局、俺は利用されていただけだったのか……」
足が止まる。
何のために頑張ってきたんだろう。何のために、危険な薬草を求めて毒の沼地に入ったんだろう。何のために、徹夜で新しい調合法を研究したんだろう。
全部、無駄だった。
ふと、腰に下げた革袋が目に入る。
これだけは取り上げられなかった。なぜなら、これは俺が異世界から持ってきたものではなく、この世界に来てから自分で買った、唯一の私物だからだ。
中には、これまで研究してきた希少な薬草のサンプルと、特別な調合法を記した研究ノートが入っている。
パーティに所属していた頃は、自分の研究を発表しても誰も興味を示さなかった。
「そんな地味な研究、意味あるの?」
「薬なんて買えばいいじゃん」
「リオンって、本当に根暗だよね」
何度も、そう言われた。
でも今なら、自由に研究できる。誰にも邪魔されず、誰にもバカにされず。
「そうだ……もう、あいつらのために薬を作る必要はないんだ」
不思議と、心が軽くなった。
確かに裏切られた。確かに悔しい。確かに、五年間の思い出が全て否定されたような気がして、胸が痛い。
でも、彼らに縛られる必要はもうない。
俺には、まだ薬師としての腕がある。
そして何より――誰も知らない秘密がある。
実は俺、この世界に転移してくる前は、現代日本で製薬会社の研究員をしていたのだ。大学院で有機化学を専攻し、新薬開発に携わっていた。
つまり、前世の薬学知識を持っている。
この世界の薬学とは比べ物にならないほど高度な、科学的な知識を。
滅菌技術、精製技術、化学合成、薬理学、毒物学――この世界の薬師たちが経験と勘に頼って調合している間、俺は化学的なメカニズムを理解して調合できる。
アルベルトたちは知らない。
俺がパーティのために、わざとその知識の大部分を封印していたことを。
仲間だと思っていたから、普通の調合で十分だと考えていたことを。
本気を出せば、この世界の常識を覆すような薬が作れることを。
「もう、遠慮する必要はない」
俺は顔を上げた。
王都の門が見える。あの門の向こうには、広大な世界が広がっている。
「ここにいても、あいつらと顔を合わせるだけだ。新しい場所で、やり直そう」
俺はギルドとは反対方向――辺境の街へと続く道を歩き始めた。
そこで、本当の力を解放しよう。
前世の知識を総動員して、この世界にない薬を作ろう。
抗生物質、鎮痛剤、万能解毒剤、魔力回復の特効薬――俺なら作れる。
かつての仲間たちは、いずれ俺がいなくなったことを後悔するだろう。
いや、後悔させる必要すらない。
俺は俺の道を行く。彼らがどうなろうと、もう知ったことじゃない。
復讐なんて、時間の無駄だ。
それより、新しい人生を楽しもう。
夕日が、俺の背中を押すように輝いている。
新しい人生が、今始まる――。
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