ー蛇の意思と邪視の円ー

 信者を探すエッセイ⑥


 輪廻は輪を描く。

 蛇は自らの尾を加え、その鱗を脱ぎ捨て廻り巡る。


 死とはなんでしょうか。

 それは闇ですか?哀ですか?それとも再生?愛?

 私は死とは新たな始まりであり、新緑の予感だと信じています。


 和毛のような苔に芽吹く青々としたひとつの芽。


 それが私の死のイメージです。死から生まれる生というやつです。

 エッセイにしてはやたらと重いテーマですが安心してください。軽い話です。


 夜の女神ノートが閉じたとばりよりも暗く、女神ヘルの優しい抱擁があります。スピってますねぇ。

 蛇の神話をご存知でしょうか?蛇というのは堕落の象徴も意味しますが、生命の力、変化し続けるものを象徴します。


 簡単に言うとそれは生きる意思です。

 生命の力といっても過言ではありません。


 それはときに溢れんばかりの力を伴って生命を止めてしまいます。そうギリシア神話のメデューサのように。

 メデューサはゴルゴーン三姉妹の末妹でアテナの神殿で海神ポセイドンに犯されます。それを怒ったアテナが、神殿を汚した罰として彼女を蛇髪の怪物に変えてしまったのです。


 ときに神とは無慈悲なもので被害者であっても神の赦しや祈りの道から外されてしまうのです。

私はそういったものに強く関心を持っています。

 同士ならもしかしたら私の小説を好きになってもらえるかな?

 銀の大地-死者に会える鏡を探して-

 https://kakuyomu.jp/works/822139837763224188


 はい、宣伝目標終わり。


 メデューサの話に戻ります。常に変化し変わり続けるもの=蛇に変えられてしまったのにも関わらず、見たものを石(完全、固定)に変えるという矛盾した存在に変えられてしまったのは皮肉ですね。


 ――邪視というのをご存知ですか?

 それは見ることで相手を害す力、強い関心、愛や嫉妬の間にある熱烈な視線です。

 私が今1番向けられたい視線ですね。


 メデューサが罰せられて瞳に呪いを受けたのは、誘惑の邪視を使ったからなのでしょうか?それは知りませんが、蛇というのは本来、邪視を封じる魔除けの動物なんです。


 瞬きをしないでしょ。見つめ返し続けますからね。

 対の効果があるんです。

 でもそんな存在の蛇が瞳に呪いを持つメデューサであるというのがとても不思議な話だと思います。

 いえ、そんな存在だからでしょうか。


 強い邪視封じの力があるということは蛇もまた邪視の力を持ちますからね。そして鏡によって自分を石にしてしまったように、蛇は封じの力を持ってるんです。


 視線は円を描くように循環します。

 丁度、ウロボロスの尾のように。


 だからもしあなたが誰かを熱烈に見てるとすれば、きっとその相手もあなたを見返すはずですよ。

 私もそれを信じて、まだ見ぬ未来の私の信者を見続けています。


 それではアデュー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る