2話 アイドルに興味ありませんか!?/小鈴蘭丸
わたしが通う城東高校は、県下でも指折りの進学校です。だから優等生ばかりで、きっと不良なんていないんだろうなって思ってました。
しかし、ようやく迎えた半年前の入学式の日。
わたしの隣の席の女の子は、もう、あからさまな不良でした。
髪は金色で耳にはピアス。入学初日だというのに制服は気崩していて、ネイルも盛り盛り、化粧も濃い。
手足も長く、身長も高く、じっとしていれば美人さんなのに、視線やら表情やらが全て刺々しくて、初日からクラスで浮いていました。
そんな彼女の名前は、
なんでこんな子が頭の良いうちの学校に? え? わたし受験する学校間違えた?
そんな後悔に覆われていた、入学式の日。クラス中が浮足立つ高校生活初日で、みんなが遠巻きにわたしの隣の珠薊さんにちらちらと視線を向けていた時です。
席から立つことも出来なくなっていたわたしだけに聞こえる声で、彼女は言ったのでした。
「ごめんね、私みたいなのが隣で」
そうして彼女は席を立ち、教室を出て行って、入学初日から学校をサボるという暴挙を成し遂げたのです。
でも、そんな彼女の言葉を、わたしは忘れられませんでした。
だって、その言葉を口にした彼女の声はあまりにも優しくて、柔らかくて、不良だなんて思えなくて。
そう思って、改めて去り行く彼女を見ると。
珠薊瑠璃さんの、妖精みたいに美しい身のこなしそのものに、見惚れてしまって。
だからでしょうか。
〝彼女だ〟、と思ったんです。
⭐︎
そんな入学式から半年が経ち、夏も盛りを終えた十月の初め。席替えがあって、再び珠薊瑠璃さんと隣の席になった事は幸いでした。
相変わらず刺々しい彼女の立ち振る舞いや素行は、現時点で学校で一番の不良だと知れ渡っています。いやまあ、不良自体この城東高校にはほとんどいないんですが。
そんな校内でも悪名高い彼女に、勇気を出して、声をかけました。
「あの、また、隣になりましたね」
すると珠薊さんは、窓際の席で絵になるように顎肘をつきながらわたしを流し見たんです。
「……ツイてないね、あんた」
やっぱり刺々した声音と目つきで気圧されてしまいます。それでもめげてはいけません。
だってわたしには……ある目的があるんですから。
「そ、そんなことないですよ。わたし、その、珠薊さんとまた隣になれて、すごく嬉しいですから!」
「は? なんで?」
「それは、その……なんと、言いますか……」
緊張で舌と唇がぷるぷるします。引っ込み思案な言葉たちが喉の奥の方につっかえて出てこない。目が見れない。
そんなわたしに、珠薊さんは言いました。
「……無理して仲良くしようとしてくれないでいいよ。私、そういうの興味ないから」
言い残して、また珠薊さんは立ち上がり、教室を出て行こうとしました。
その手を、咄嗟に掴みます。
「あ、あの、ま、待ってください!」
顔が熱くて、声が震えているのが自分でもわかります。思わず大きな声が出て、朝のホームルーム後のクラスメイト達の視線が集まってくるのを感じる。
そんな中で、絞り出す。
「ア、アイドルに、興味、ありませんかっ!?」
しんと静まり返るクラス内。耳鳴りのようにわたしの言葉だけが残響して、その微かな波が押し寄せる度、砂の城のように体がばらばらに崩れてしまいそうになります。
けれども、努めて勇気を振り絞る。
「じ、じつはわたし、こ、こんど、幼馴染とアイドルユニットを組んで、〈Colosseo〉のオーディションを受けようとしてて! で、でも、その子が言うには、もう一人、わたし達とは違うタイプの子が必要、らしくて、だからわたし、珠薊さんとできたらなって、思ってっ!」
出来の悪いがたがたな車輪のような言葉が転がり出てきます。本当はもっと丁寧に、きちんと説明するつもりで台詞だって考えて来たのに、全部ぱぁです。
普通の緊張なら我慢できるんですが、昔から怖そうな人というのが、どうにも苦手で。
そして、そんなわたしの気持ちばかりが先行した勧誘に、珠薊さんは目を細くして答えました。
その、答えは…………。
⭐︎
「で、『悪いけど、私アイドル嫌いだから』ってこっぴどく振られて帰って来たと」
「う、うぅ……菖蒲ちゃあん……」
「おーおー、よく頑張ったわねぇ」
放課後、わたしの部屋で件の幼馴染、
クッションに座る菖蒲ちゃんの膝に甘えていると、彼女はくしゃくしゃとわたしの前髪を撫でてくれました。
「でも、蘭丸がそこまで頑張るなんて意外だわ。その子って不良なんでしょ? そういうの苦手じゃなかった?」
ちなみに、菖蒲ちゃんはこの秋に地元に帰って来たばかりの十九歳のお姉ちゃんなので、こうして甘えていても恥ずかしくともなんともありません。
だから、頭を撫でてくれる柔らかな指先を摘まみ、その体温をぺたぺたと堪能しながら答えます。
「うん。でも、とっても優しい子でもある気がするの。なんとなくだけど……」
「なんでそう思うの?」
「だって、入学式の日とか、今日とか、話してても言葉遣いがやっぱり優しい気がしてさ……他にも椅子を引く時に大きな音立てたりしないし、購買で列抜かした上級生がいて、クラスの子が何も言えないでいると割って入って行って注意したりしてたし、体育祭のリレーで足捻って怪我した子がいた時は、誰よりも早く駆けつけて丁寧に手当てしてあげてたし……」
「ド良い子じゃない。というか、貴女もよくそんなとこまで見てたわね」
「それは……なんかずっと気になってたから」
そうして菖蒲ちゃんの指先を玩具にするのを止めて、彼女の顔を見上げる。
驚くほどに眩く、端正な顔立ち。小人が腰掛けられそうなくらい長い睫毛が飾る両目はお人形さんみたいに大きくて、細く小ぶりな顎の輪郭と均整の取れた頬の滑らかさは、毎朝神様がキスをしているんじゃないかってくらいに綺麗です。
紅色の唇は小ぶりだけれどもふっくらと柔らかそうで、触れてしまえば指先から溶けてしまいそう。
もちろんそういった顔面だけではなく、百合の茎のように華奢な首も、根元からムラなく染められた着物でも織れそうなくらい綺麗な灰色の髪も、顔を埋めたらどんな高級枕よりも安眠できてしまう柔らかくて大きなおっぱいも、どれも存在しているのが信じられないくらいに美しい。
〝流石、トップアイドル目前まで迫った元アイドル〟です。
だから、思う。
「あんなに見惚れちゃった女の子、菖蒲ちゃん以外に初めてだったから……春からずっと、つい目で追っちゃってたんだよね」
すると、わたしの視線を受け止めた菖蒲ちゃんはよく整えられた眉毛を持ち上げました。
「へぇ、私も興味が出て来たわ。なんていう子なの?」
「えっと、珠薊瑠璃ちゃん、だけど」
「タマアザミルリ……? ん? どっかで聞いた事あるわね」
そうしてわたしの自慢の幼馴染はスマホを弄りました。子供の頃から芸能界に居たから、彼女は著名な人には敏感なんです。
まあそのせいで小さい頃から上京しちゃってて、これまでは幼馴染なのに年に数回しか会えてなかったんですけど。
そんな彼女がスマホで検索を終えて、しきりに頷く。
「ああ、珠薊瑠璃ね。聞いたことあると思ったら、一昔前に天才フィギュアスケート少女って取り上げられてた『氷上の妖精』じゃない」
「『氷上の妖精』……?」
「ええ、何年か前にドキュメンタリー番組かなんかが撮られてたはず。最近名前を聞かなかったけど……ふむ。直近のフィギュアスケートの大会結果にも全く名前がないし、引退でもしたのかしら」
「引退かぁ、どうしちゃったんだろうね」
「さあ。フィギュアスケートって続けるのも大変そうだし、単純に怪我とかそういうこともあるんじゃない? でも重要なのはそこじゃないわ」
蛇みたいに長い舌で、林檎みたいに赤い唇をぺろりと舐め、菖蒲ちゃんは狡猾そうに笑います。彼女はとっても優しい子ですけど、頭も凄く良いんです。
「引退しているなら、つまり暇ってことじゃない。なら私達のユニットに誘いやすいわ。そうと決まればちょっと私も会ってみたいわね。蘭丸、呼びだしてきなさい」
「うえぇ!? よ、呼びだすって……今日断られたばっかりなのに?」
「いやまあ、部外者の私が貴女の高校に押しかけて良いって言うなら話は別だけど。ちなみにその場合は、貴女は先月まで〈Colosseo〉でトップアイドル目前まで上り詰めてた元【Arcenciel】のセンター、深淵菖蒲ちゃんと幼馴染であるということがバレて大注目を受けるだろうことは想像に、」
「わ、わかったから! 絶対学校には押しかけてこないでね!? 菖蒲ちゃんが来たらそれこそ全国ニュースになっちゃうから!」
わたしの指摘に、菖蒲ちゃんは「そりゃあねえ」と頷いてメロンソーダを啜った。ストローを咥える唇は悪戯っぽく歪んでいて、にこにこと楽しそう。
もう……と思いながら、ふっと息を吐く。
本当菖蒲ちゃんには困ったものです。
何せ、さっき彼女が言ったことは全て本当のことなんですから。
〈Colosseo〉というのは、もう日本で五十年以上も続く、歴史あるプロアイドルのライブバトルリーグです。
ライブバトルの形式は様々ですが、基本的に〈Colosseo〉にエントリーしているアイドル同士がランク別に毎月バトルを行い、勝ち負けを決め、シーズンごとに順位を争うというシステムです。サッカーでいうところのJリーグと言えばわかりやすいでしょうか。
実際わたしも小さい頃から何度もテレビで〈Colosseo〉を見てますし、その月の放送が終わると日本全国が〈Colosseo〉の話で持ち切りになるほどの一大コンテンツです。
現代ではネットの発達もあって更に大規模になり、世界中からわざわざ〈Colosseo〉に出るために日本にやってくる女の子も沢山いるくらいですからね。
つまり〈Colosseo〉とは、現代におけるアイドルにとってのメインステージ。
〈Colosseo〉で勝ち上がれば勝ち上がる程に世界的な知名度が獲得でき、その果てに〝トップアイドル〟という王者の称号を手に入れられる一方で、勝てなければ、あるいは参加することすらできなければ、アイドルで在り続けることすらできない過酷な闘技場。
そして今、わたしに膝枕をしてメロンソーダを啜りつつ、悪だくみをしている彼女。幼馴染である深淵菖蒲ちゃんは、夏までそんな〈Colosseo〉を破竹の勢いで駆けのぼっていた有力ユニット【Arcenciel】のセンターだったアイドルなんです。
衝撃的な彼女の電撃脱退は数か月経った今でも世論を騒がせていますし、死亡説まで出て来ている始末。
いやまあ……実際のところ数か月前に急にこの片田舎に帰って来た挙句、わたしの部屋に半居候しているだけなんですけど。
「でも本気なの? 新しくユニット作って、一から〈Colosseo〉を攻略するなんて」
恐る恐る菖蒲ちゃんを見ます。
すると、彼女は格好良く笑ってわたしの鼻先を弾きました。
「本気も本気よ。だって私、その為に……ユニットを辞めてきたんだもの。一番以外に興味はないわ」
そして、菖蒲ちゃんは胸を張って言いました。
「その為にも足踏みなんてしていられないんだから。珠薊瑠璃が私達に本当に必要な最後のピースなら、どんな手を使ってでもぶん獲るわよ」
まるで邪悪な盗賊の親玉みたいなもの言いです。
思わず笑ってしまいながら、同時にやっぱり思います。
なんで、そんな大望を抱えるユニットのメンバーに、わたしなんかを選んでくれたんでしょうか。
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