第三十話:『光の道』
100階層。
主を失った深淵の底に、俺、アレンの絶叫だけが虚しく響き、そして、消えた。
後に残ったのは、エルミナという存在が完全に消滅したという、絶対的な「喪失感」と、耳が痛くなるほどの「静寂」だけだった。
俺は、彼女が消えた場所――何も残っていない石畳の床に、膝をついていた。
俺の魂には、圧倒的な「力」が渦巻いていた。
【原書の聖魔】を喰らい、世界の「理」そのものを吸収した、万能感にも似た、途方もない力。
だが、その力は、あまりにも冷たかった。
リナを失った時よりも、エルミナという、憎悪と後悔を共有した、唯一の「理解者」を失った今、より一層、俺の心は、重く、冷たく、沈んでいく。
この力は、二人の犠牲の上にある。
俺は、この強大すぎる力を手に入れるために、二人の仲間を、この手にかけたも同然だった。
「……」
呆然と、俺は、自分の手のひらを見つめた。
この手で、何を掴んだというのだ。
復讐?
その相手の一人(ガイウス)は、俺の知らない場所で、虚しく死んだ。
もう一人の相手(ザグラム)は、俺が狂わせた「シナリオ」の上で、今も、あの「歪んだ庭」で、偽りの救世主を演じている。
すべてが、虚しい。
だが。
(……終われない)
俺は、立ち上がらない。
リナの「生きて」という最後の意志。
エルミナの「私を地上へ連れて行け」という、嘘で塗り固められた、最後の「願い」。
俺は、まだ、何も、果たしていない。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
地響きがした。
いや、99階層までの、物理的な振動ではない。
この100階層の「空間」そのものが、根本から、その「在り方」を変えようと、軋んでいる。
世界の「理」であった【原書の聖魔】が、俺に吸収され、消滅した。
それは、この世界迷宮、91階層から100階層までを「牢獄」としていた、神々の「封印」そのものが、解放されたことを意味していた。
俺の目の前。
エルミナが消えた、まさにその空間。
何もなかったはずの暗闇が、まるで舞台の幕が裂けるように、ゆっくりと「割れて」いく。
そこから溢れ出したのは、純白の「光」だった。
100階層の主が放っていた、あの「消去」の光ではない。
温かく、懐かしく、そして、俺が焦がれ続けた、「地上」の光。
99階の聖魔樹が掘り当てた、あの暗い「穴」ではない。
100階層の主を倒し、「牢獄」の封印を解いた者だけに開かれる、正規の「出口」。
地上へと、真っ直ぐに続く、「光の道」だった。
「…………」
光が、俺の、魔物たちの特性で歪に変貌した生体鎧を照らし出す。
これが、出口。
地上へ帰れる。
復讐が、果たせる。
リナと、エルミナが、命を賭して、俺のために開いた、道。
だが、俺は、すぐには動けなかった。
呆然と、立ち尽くしていた。
この光の向こうに、俺が憎むべきザグラムがいる。
だが、この光に辿り着くまでに、俺は、失いすぎた。
俺は、もう、ただの「復讐者」ではない。
俺は、神々の「シナリオ」に抗い、その「理」を喰らった、「イレギュラー」だ。
リナの「意志」も、エルミナの「憎悪」も、「希望」も、その全てを、俺の魂に吸収した。
俺は、この虚しさごと、この後悔ごと、全てを背負って、地上へ運ばなければならない。
ザグラム。
俺の庭を歪め、リナを死に追いやり、エルミナが憎んだ、一族の末裔。
待っていろ。
お前の「シナリオ」は、俺が、根こそぎ「剪定」してやる。
俺は、感情のない仮面のような表情で、光の中へと、ゆっくりと、足を踏み入れた。
リナが遺した、最後の「聖」。
エルミナが託した、一万年の「魔」。
その二つを、この身に抱いて。
〈第一部 頭スローライフ編 完〉
無能と追放された俺の【庭園管理】スキル、実は伝説級の「聖樹」も「魔界の植物」も育て放題でした ~辺境でスローライフ始めたら、最強の薬草や食材を求めて聖女と魔王軍が常連になった~ @hitotsuma
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