無能と追放された俺の【庭園管理】スキル、実は伝説級の「聖樹」も「魔界の植物」も育て放題でした ~辺境でスローライフ始めたら、最強の薬草や食材を求めて聖女と魔王軍が常連になった~

@hitotsuma

第一話 『庭師の追放と、荒れ果てた土地』


じっとりとした湿気とカビの臭いが充満するダンジョンの出口。岩肌から滴る水滴の音だけが響く中、俺、アレンは背負った荷物の重さに耐えながら、荒い息を整えていた。


「――ふう、今回も厄介なボスだったな!」


パーティのリーダーである勇者ガイウスが、聖剣の切っ先についた魔物の体液を乱暴に振り払いながら言った。その声には、疲労よりも己の武勇を誇示するような響きが多分に含まれている。


「ガイウス様の聖剣術さえあれば、あんなトカゲ、敵ではありませんわ」

「まったくだ。俺の剛剣がヤツの鱗を砕かなきゃ、危なかったがな」


魔法使いのエララが扇情的に笑い、戦士のドルグが自慢の斧を肩に担ぎ直す。彼らはいつもそうだ。自分たちの手柄を喧伝し、互いを称え合う。

その輪の中に、俺、アレンの居場所はない。

俺の職業は「庭師」。パーティ内での役割は、雑用全般。荷物持ち、キャンプの設営、そして――ダンジョン内の「雑草取り」。


「さて、王都に帰るか。……ああ、その前に」


ガイウスが、不意に俺の方を振り返った。その目には、ダンジョンのボスに向けるものよりも冷たい、侮蔑の色が浮かんでいた。


「アレン。お前はもういらない」


それは、あまりにもあっさりと、道の石ころを蹴飛ばすような気軽さで告げられた。


「……え?」

「聞こえなかったか? お前はクビだ。追放する」

ガイウスは苛立たしげに続けた。

「いい加減、気づけよ。お前は足手纏いだ。戦闘じゃ何の役にも立たない。お前のスキル【庭園管理(ガーデニング)】? そんなものが、魔王軍との戦いで何の役に立つ? 雑草取りか? ああ?」


甲高い嘲笑が響く。エララもドルグも、それを止めるどころか、冷ややかに、あるいは「ようやくか」と言いたげな顔で俺を見ている。


(……役立たず?)


怒りよりも先に、呆れたような、虚無的な感情が湧き上がってきた。

馬鹿な。

お前たちが今しがた飲んで、傷を癒した「上級回復薬」。その主原料である「陽光草」は、道中のわずかな日差しが差し込む場所で、俺が【庭園管理】スキルを使って即席で栽培し、供給したものだ。


エララ。お前が中層で食らった「麻痺毒の呪い」。それを解毒した「月光苔」は、光の届かないこのダンジョンの湿った岩壁に、俺が種から育てて収穫したものだ。

ドルグ。お前が「腹が減って力が出ない」と喚くたびに食わせていた、栄養価の高い「岩トカゲ芋」。あれは野生のものじゃない。俺が野営のたびに土壌を改良し、非常食として育てていたものだ。

俺の【庭園管理】スキルは、ただの雑草取りじゃない。

土壌を選ばず、あらゆる植物の成長を促進させ、時にその質を向上させる。ダンジョンだろうが荒れ地だろうが、俺がいればパーティの消耗(ポーションや食料)は実質ゼロだった。

だというのに。


「お前たちが『最近、貴重な薬草が手に入りやすい』と喜んでいたのは、全部……」


俺がこぼした言葉は、ガイウスの怒声にかき消された。


「ぐだぐだ言い訳をするな! 見苦しい! 俺たちはな、もっと高みを目指すんだ。お前のような『農民』ごっこがしたいだけの奴を、これ以上連れて行く余裕はない!」


そう。彼らは気づいてすらいなかった。

彼らにとって、ポーションも解毒薬も、「ダンジョンにいれば自然に手に入る」程度の認識でしかなかったのだ。俺が夜間にこっそりと栽培・採取し、パーティの共有アイテムとして補充していたことなど、想像もしていなかった。

……もう、いいか。

説明したところで、どうせ信じないだろう。彼らにとっての「強さ」とは、派手な剣技や攻撃魔法だけ。俺のような生産職の、地味なスキルの本質など、理解しようともしない。


「……わかった。パーティを抜ける」


俺がそう答えると、ガイウスは満足げに鼻を鳴らした。


「物分かりが良くて助かる。まあ、これまでの雑用代だ。取っておけ」


投げられた小さな革袋が、チャリン、と軽い音を立てて足元に落ちる。中身は銀貨が数枚。到底、これまでの働きに見合う額ではない。だが、もはやどうでもよかった。


「それから、住む場所くらいは用意してやったぞ。王都の外れ、南区の先にある土地だ。お前みたいな雑草取りには、お似合いの場所だろ」


ガイウスはそう言い残し、仲間たちと共に王都の光に向かって歩き出した。


「さあ、帰るぞ! ギルドで報酬を受け取ったら、次はドラゴン退治だ!」

「まあ、アレンが足手纏いだったせいで、今回の報酬も少し減ってしまいましたわね」

「まったくだ。これからはもっと稼げるぜ」


遠ざかっていく三人の背中。彼らが俺を振り返ることは、二度となかった。



王都の喧騒を抜け、南門を出て、さらに人気のない街道を歩くこと一時間。

ガイウスが言っていた「土地」に、俺はたどり着いた。

そして、言葉を失った。


「……これが、土地?」


そこに広がっていたのは、農地どころか、人が住むことすら想定されていないような、広大な「荒れ地」だった。

赤茶けた土は硬くひび割れ、まばらに生えているのは棘だらけの枯れた雑草ばかり。土地の真ん中には、今にも崩れ落ちそうな、壁の半分が抜け落ちた小屋がポツンと建っている。


(王都の外れ……呪われた土地)


冒険者ギルドで、そんな噂を聞いたことがあった。かつて何かの儀式が失敗し、土地そのものが生命力を失い、作物はおろか草一本まともに育たなくなった場所。それがここだ。

ガイウスめ。最後の最後まで、嫌がらせをしてくれたものだ。

俺を追放するだけでなく、二度と這い上がれないように、庭師として再起不能な「死んだ土地」をあてがうとは。

ずしり、と背中の荷物が肩に食い込む。

夕日が荒れ地を赤く染めていく。急に、張り詰めていた糸が切れたように、膝が折れた。


「……これから、どうすれば……」


仲間を失い、金もほとんどない。そして、目の前にあるのは、絶望的なほどに荒れ果てた土地と、雨風すらまともにしのげそうにない廃屋。

……。

……だが。

俺はゆっくりと立ち上がり、硬い地面にしゃがみ込んだ。

ひび割れた土を、指で掴む。石ころだらけで、パサパサに乾いている。生命の気配がまるでない。


(――もう、戦闘のことなど考えなくていいんだ)


ふと、そんな思いが胸をよぎった。

もう、あの傲慢な勇者の顔色を窺う必要も、命の危険を冒してダンジョンに潜る必要もない。

危険な魔物の素材より、毒々しい瘴気の漂う場所より、俺が触れたかったのは、ずっと「土」だった。


(死んだ土地、か)


俺は懐から、パーティからこっそり持ち出してきた(というより、元々俺が育てたものだが)野菜の種を数粒、取り出した。


「いいだろう。やってやろうじゃないか」


俺のスキルは【庭園管理(ガーデニング)】。

このスキルが、本当にただの「雑草取り」なのか。それとも、この「呪われた土地」すらも蘇らせる力があるのか。


「もう誰のためでもない。俺自身のために」


俺は廃屋と化した小屋を見据え、小さく息を吸い込んだ。


「ここが俺の新しい場所だ。戦闘も、勇者も、もう関係ない」


明日から、ここで静かに暮らそう。

俺だけの、スローライフだ。

まずは、このボロボロの小屋の修理と、硬い地面の開墾から始めなければならない。

俺は、追放されて初めて、心の底から「これから何をしようか」という、小さな希望に満ちた衝動を感じていた。

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