魂を喰らう鎧に選ばれた俺の復讐譚

@Kingsuman

第0話 黄昏の戦場

 これは、まだ訪れていない未来の光景。

 黒き邪悪な眼が覗いたその果て――そこに映るのは、滅びの炎と少年の終焉。


 空は黒かった。

 太陽は月食のような黒い円環に覆われ、昼が喪に服している。

 風は鉄と血と焦げた魔素の匂いを運び、石畳の上には法術師と守護者だった者たちの亡骸が転がっていた。


 焦土の中央に、一人の少年が立っていた。

 アシェル――まだ年若い青年。

 黒鉄の鎧が全身を覆い、炎の光で赤く反射している。肩の装甲は焦げ、腕の隙間からは淡い燐光が滲み出ていた。

 手にした剣の刃は欠け、鍔から滴る血。


 息が荒い。

 喉は焼け、肺は軋む。

 だが膝を折る暇はない。

 視界の端まで災魔の群れ――黒い霧の中で無数の眼光が蠢き、腐蝕した翼と牙が空を裂く。


 アシェルは剣を構え、唇を震わせた。


「――黎焔波ッ!!」


 力が刃に収束し、振り抜かれた軌道に光が奔る。

 衝撃波が地を裂き、爆炎が舞い上がる。

 災魔の列がまとめて吹き飛び、焦げた翼と腕が降り注ぐ。

 地響きと耳鳴り、遅れて押し寄せる振動。石片が雨のように落ちた。


 アシェルは片膝をつき、肩で息をした。

 胸の奥で熱が跳ね、何かが軋む。

 しかし爆煙の奥から、さらに“影”が湧く。


 炎の幕を裂いて現れたのは、黒鉄の鎧を纏い災魔を従える女。

 鎧の肩には獅子の意匠――獣の顔が刻まれ、赤黒く反射している。

 その背後にはなお増え続ける群れ。爪音と咆哮が地を覆う。


 アシェルはその姿を見て、唇を噛んだ。

 何度斬っても立ち上がる、災魔の群れを統べる存在。

 女は言葉もなく腕を上げた。


 地が唸り、赤黒い衝撃波が襲いかかる。

 立ち上がろうとした体が止まり、視界が揺れた。間に合わない――。


 閃光が迫る。


 その瞬間、ゼインが飛び出した。

 銀鎖の法術をまとい、アシェルの前へ。

 衝撃が爆ぜ、地面が割れた。

 爆風の中、ゼインの体が弾き飛ばされ、地を転がる。


「……ゼイン!」


 アシェルは駆け寄り、抱き起こす。血が掌に滲む。

「おい……頼むから……目を開けろよ!」

 ゼインの瞳は焦点を結んだり離れたりを繰り返し、唇が微かに動く。


「……アシェル……先へ……行け……ゲートを……封じろ……」


 それだけを残し、体から力が抜けた。

 アシェルの胸に重さが沈む。世界が音を失った。


「ゼイン……ゼインっ!!!」

 叫びは嗄れ、嗚咽が溢れ出す。

 しかし炎の中から女の影が再び歩み出る。

 鎧が軋み、地が震えた。


 怒りが理性を焼く。

 アシェルは剣を構え、力任せに振り抜いて斬撃を飛ばす。


「うあああああああああああああっ!!!」


 爆炎が舞い、災魔の群れが吹き飛ぶ。

 だが――獅子の鎧はなお立っていた。


 その時背後から名を呼ぶ叫び声が聞こえる。


「アシェル!!」


 リィナと守護者たちが駆けてくる。

 白衣は煤で汚れ、髪は一部焦げていた。


「ゼイン!! なあ、返事しろよ!! ゼインっ!!!」


 リィナの足が止まり、目が見開かれる。

 唇が震え、彼女は口を押さえた。

 理解を拒むほどの悲痛が瞳に宿る。


 アシェルの嗚咽が戦場に響いた。

 それは叫びでも、泣き声でもなかった。

 喉の奥から漏れる、壊れた音。


「うああああああああああああああああああああああっ!!!」


 リィナは戦場を睨み、叫んだ。


「アシェル! あなたがゲートを封じるしかないの! 今すぐ行きなさい!」


「でも……ゼインが……俺のせいで――!」


「ゼインはあなたを守って死んだ! その死を無駄にする気!?」


 刃のような言葉が胸を裂く。

 アシェルは涙を落とさず、ゼインを地に置き、歯を食いしばり立ち上がる。

 鎧の背が鳴動し、黒い翼が開き、風が巻き上がる。


 アシェルは一瞬だけリィナを見て、無言で地を蹴り、飛び立つ。

 翼が夜空を裂く。

 アシェルの影が焦土を越え、天へ昇っていく。

 視界の先には――太陽を覆う、巨大な黒い円環のゲート。


 右腕の装甲の隙間から、粒子が流れ風に散る。

「もう限界なのか……でも、まだ終われない。

 魂が……限界でも……ここで……止まるわけにはいかない……!」


 剣を握り、翼をはためかせ、アシェルは闇の中へ突き進む。


 眩い閃光。

 その身がゲートへ飲み込まれた瞬間、空が裂けた。

 光が途絶え、音が消える。

 そして――


 世界の奥で、

 黒き眼が静かに瞬き、ゆっくりと瞳を閉じた。

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