第41話 まだ知らない、同じ夜の名前

 スマホの光で、目が覚めた。


 枕元で微かに震える振動。

 まだカーテンの向こうは暗くて、朝というより“夜の続き”みたいな時間だ。


(……何時だろ)


 画面をのぞき込む。


【5:42】


「はや……」


 声に出してから、自分でも苦笑した。


 タイムラインには、昨夜のポストへのリプライが

 まだぽつぽつと増え続けていた。


《今日は歌詞を書く日でした。

 Nem’s Night、まだ続きます。

 おやすみ、ちゃんと言ってね。》


 それに対して——


《おやすみ言ったよ、届いた?》

《夜勤明けで読んでから寝ました》

《テスト勉強中に“おやすみ”だけ言いに来ました》

《私もまだ眠れないけど、ひとりじゃない気がしました》


 言葉のかたちが、どれも柔らかい。


 画面をスワイプする指が、自然とゆっくりになっていた。


(……夜って、終わってからの方が長い気がする)


 昨日の“夜”は、もう終わっている。

 でも、そこに投げた言葉はまだ世界のどこかで揺れていて、

 こうやって早朝にまで届いている。


 そのことが、少し不思議で、少しだけ心強かった。



 ベッドから抜け出して、白湯を沸かす。

 カップに注いで喉を通すと、昨日よりずっと軽い。


(……まだ歌える)


 いつもの呪文みたいにそう確認してから、テーブルにつく。


 ノートを開く。

 昨日書いた二番の歌詞が、インクの色の違いではっきり分かる。


 ——まだ眠れないけど

   ひとりじゃなかった夜


 ——画面越しの「おやすみ」が

   ひとり分の世界をあたためた


(ここまでは、いいとして)


 問題は、この先だ。


 “Nem’s Night” はただの失敗配信でも、

 ただの成功物語でもない。


(“続きます”って言った以上、

 ちゃんと続けなきゃ)


 ペン先を紙に押し当てる。


 ——配信は終わったはずなのに

   心だけ オンラインのままで


「……うん」


 小さく、頷く。


 少しだけ照れくさい。

 でも、昨日よりは自分の言葉を信じられる気がする。



 午後になって、レンからメッセージがきた。


水城レン:

《今日19:00〜、Nem’s Night ED合同会議の“残り”。

 音響監督と、追加の話がある。

 20:00ごろにねむちゃんにも通話つなぎたい》


白露ねむ:

《はい。

 家で待機してます》


 送信してから、スマホを伏せた。


(“追加の話”って、たぶん……)


 昨日聞いた、“夜のコーラス”の件だろう。


(隣人さん、どうなるんだろ)


 まだ名前も知らない人。

 ただ、同じ壁の向こうで、夜にギターを鳴らしている人。


 その人の声が、自分の曲に重なるかもしれないなんて——

 少し前の自分には想像もできなかった。



 同じ頃。


 別の部屋でも、スマホのアラームが鳴っていた。


 朝比奈湊は、枕に顔を埋めたまま手を伸ばし、

 画面を手探りで探す。


「……ん、やば」


 寝ぼけた頭で時間を確認する。


【10:13】


「ギリ……」


 早朝からの仮ミックス確認を終えて、

 二度寝したのがたたっていた。


 ベッドから起き上がり、

 冷たい床に足を下ろす。


 部屋は、ギターのケースと、

 譜面の山と、

 ノートパソコンと、

 インスタントコーヒーの空き瓶で出来ていた。


(……もう少し片付けよう)


 毎朝思って、毎日後回しになっている。


 湊は首を回しながら、昨夜もらったデモ音源を思い出した。


 ファイル名はシンプル。


【ED_demo_v3_Nem】


「ネム……」


 小さな声で読み上げる。


 制作会社のプロデューサーに渡されたとき、

 「某V事務所の人気配信者さんのED」とだけ聞かされた。


(人気、なんだな)


 デモを再生したときのことを思い出す。


 深夜二時。

 スタジオ帰りで、耳が少し麻痺していた時間。


 ヘッドホンの中で、一人の女の子の声が流れた。


 寝息みたいに柔らかくて、

 でもところどころに“ちゃんと生きてる人”のざらつきがあって。


(……聴いたことある気がする、って思った)


 半年前。

 夜、アレンジ作業をしていたとき。

 YouTubeの自動再生で流れてきた、

 どこかの“寝落ち配信”みたいなやつ。


 画面は見なかった。

 ただ、耳に残った。


 「おやすみ、ちゃんと言ってね?」と笑う声と、

 「誰も見てないや」と小さく落とす声。


 あの夜から、

 “夜の仮歌”を録るときのイメージが少し変わった気がしている。


 昨日渡されたデモの声は、

 あのときの記憶にかなり近かった。


(……同じ人、なのかな)


 確認しようもない。

 仕事だし、距離は保たなきゃいけない。


 そこに、メールの通知が入った。


【件名:Nem’s Night コーラス仮セッションの件】

【差出人:音響制作/佐久間】


「……あ」


 本文を読む。


《明日20:00〜 Nem’s Night EDコーラス候補者の仮セッションを行います。

 配信者ご本人(白露ねむさん)にも参加していただく方向で調整中です。

 朝比奈さんには、ハモりとブレス、アドリブを中心に当日試してもらえればと》


「白露……ねむ」


 口に出した瞬間、

 背中に小さな電気が走った。


(しらつゆ、ねむ……)


 どこかで聞いたような——

 いや、昨日のエレベーターで挨拶した女の子の名前だ、と気づく。


 ポストの名札。

 「白露」。


 そして、廊下で偶然聞いた、

 壁越しの「おやすみ、ちゃんと言ってね」という声。


(……まさか、ね)


 湊はすぐに苦笑した。


(同じ名字なんていくらでもいるし、

 声だって、直接聞き比べたわけじゃない)


 仕事に、余計な期待を持ち込みたくなかった。


 ただ——

 頭のどこかで、

 昨日のやりとりが何度もリプレイされてしまう。


『歌、がんばってください』


 あの子の言葉と、

 メールに並んだ「白露ねむ」の文字が、

 綺麗に重なってしまったのだ。


「……集中集中」


 自分に言い聞かせるように呟き、

 湊はギターケースを取り出した。



 夕方。


 ねむは部屋で軽く発声練習をしていた。


「ん〜……ん……

 らー……らー……」


 無音で動いているテレビの画面には、

 今日もどこかのニュース番組のテロップが流れている。


(“Nem’s Night のED決定”とか、

 いつかテロップで流れたりするのかな)


 想像して、すぐに首を振った。


「ないない……」


 でも、ちょっとだけ見てみたい。


 そんな自分がいる。


 喉をほぐし終えたところで、

 スマホが震えた。


水城レン:

《20:00から音響側と打ち合わせ→

 20:15〜20:30あたりでねむちゃん合流でOK?》


白露ねむ:

《はい、大丈夫です。

 ちゃんと喉あっためておきます》


水城レン:

《喉と、心もね》


「……はい」


 思わず声に出して返事してしまう。


(心、か)


 Nem’s Nightは、自分の心そのものを歌にしたような曲だ。

 だからこそ、誰かと一緒に歌うということが、

 嬉しくもあり、怖くもある。


(隣人さん……どうなるんだろ)


 もし本当に、

 あの壁の向こうの人がコーラスに来たら——


(私、顔合わせるときちゃんと普通でいられるかな)


 恋愛とか、まだそんなものじゃない。

 ただ、“同じ夜を知っている人”として、

 ちょっと特別に感じてしまっている。


 そんな自分がいることに気づいて、

 少しだけ頬が熱くなった。



 19時前。


 コンビニに飲み物を買いに行こうとエレベーターを待っていると、

 同じタイミングで湊が現れた。


「あ」


「こんばんは」


 自然と、お互い笑って会釈する。


 エレベーターの中は、

 妙に静かだった。


(何話そう……)


 沈黙が苦手というほどではないけれど、

 こういうとき、何を言えばいいかいつも迷う。


 先に口を開いたのは、湊のほうだった。


「これから、配信ですか?」


「いえ、今日は……

 歌詞と、ちょっと打ち合わせだけです」


「そうなんですね」


 短いやり取り。

 でも、その声が妙に耳に心地いい。


「朝比奈さんは……

 その、スタジオですか?」


「いえ、今日は家です。

 夜に、オンラインでちょっとしたセッションがあって」


 セッション。

 その単語に、ねむの胸が跳ねる。


「よる、の……?」


「はい。

 “夜に聴く曲”の仮コーラスで。

 歌ってる人と、少しだけ合わせる予定で」


(……)


 頭の中で、

 さっきのレンのメッセージがフラッシュバックする。


《Nem’s Night EDコーラス候補者との仮セッション》


(まさか……)


 彼の横顔を見る。

 いつもと同じ、柔らかい目。

 特別なことを話している様子ではない。


「……がんばってください」


 それだけ言えた。


 自分の声が少し上擦っていたのが分かって、

 内心でこっそり赤面する。


「はい。

 白露さんも、良い夜を」


 同じ言葉。

 昨日の、あの「良い夜を」と同じトーン。


 エレベーターが開き、それぞれ別の方向へ歩き出す。


 背中を向けながら、ねむは思った。


(……もし、本当にこの人だったら)


 気づかないふりをして、

 でも耳だけは全力で聴いてしまうんだろうな、と。



 19:58。


 ねむはパソコンの前に座り、

 ディスコードの画面を開いた。


【Lumière Staff / Nem’s Night_音響】


 ボイスチャンネルに、「水城レン」「佐久間(音響)」「音響助手」が入っている。


水城レン:「——じゃあ、そんな感じで。ねむちゃん、そろそろ来ると思うので」


佐久間:「了解です。コーラス候補の方も、あと五分ほどで入ってきます」


 その文言が、テキストチャットにも流れてきた。


(コーラス候補……)


 ヘッドセットを耳にあてる。

 自分の呼吸音が少しだけ大きく聞こえる。


 コールが来る前に、マイクテストをしておく。


「……あー……あ……

 白露ねむです。よろしくお願いします」


 囁くような声で名前を名乗る。

 緊張すると、どうしても語尾が少し上がってしまう。


 レンから個別チャットが飛んできた。


水城レン:

《緊張してる?》


白露ねむ:

《してます……》


水城レン:

《大丈夫。いつもの“おやすみ”の延長だから》


(……ほんと、そういう言い方する)


 でも、その一文で少しだけ肩の力が抜けたのも事実だ。



 同じ時間。


 湊も、ヘッドホンをつけてパソコンの前に座っていた。


【音響用通話/Nem_ED】


佐久間:「あ、朝比奈さん、聞こえます?」


「はい、聞こえてます」


 自分の声がわずかにディレイして返ってくる。

 いつものスタジオとは違う、

 “家の反響”がヘッドホン越しにも分かった。


佐久間:「今日は、30分くらいでサラッと。

 主役の方の声と合わせてみて、

 雰囲気が良ければ正式にお願いしたい、という形で」


「了解です」


 “主役の方”という言い方。


 そこに「白露ねむ」という名前はまだ出てこない。


(……変に意識しないほうがいいな)


 深呼吸をひとつ。


 ギターは今日は不要だと言われている。

 コーラスとブレスと、

 ちょっとしたハミングだけでいいらしい。


(声だけのセッションって、久しぶりかも)


 少しだけ、楽しみだった。


佐久間:「じゃあ、Lumière側と回線つなぎますね」


 通話画面に、新しいアイコンがひとつ増える。


【Lumière_Manager_ren】

【Lumière_Audio_sub】

【Nem_official】


(Nem……)


 湊は、ごくりと喉を鳴らした。



 画面に、小さなウィンドウがポップアップする。


《音声通話に参加しますか?》


 はい、を押す。


水城レン:「あ、ねむちゃん来たね。——おつかれさま」


「おつかれさまです……」


 自分の声が、

 見えない誰かに向けて飛んでいく感覚。


佐久間:「佐久間です。よろしくお願いします、白露さん」


「よ、よろしくお願いします……っ」


 思った以上に緊張して、

 語尾が跳ね上がる。


 そのとき、佐久間が言った。


「では本日、Nem’s Night EDコーラス候補の——

 朝比奈 湊さんです」


 ヘッドホンの中で、

 ひとつ息を吸う音がした。


朝比奈湊:「……朝比奈です。

 よろしくお願いします。白露さん」


 その“よろしく”は、

 廊下で交わした「良い夜を」と同じ声だった。


(……)


 喉が、きゅっと締まる。


(やっぱり——)


 ねむは、自分の膝の上で手をぎゅっと握りしめた。


「よ、よろしくお願いします……朝比奈さん」


 名前を呼ぶとき、

 ほんの少し、声が揺れた。


 もちろん、

 向こうも気づかないふりをしてくれるだろう。


 でも、湊のほうも気づいていた。


(この声——)


 ヘッドホンの向こうでしゃべっている人の声は、

 廊下で聞いたそれと同じで。

 半年前、夜中の自動再生で流れてきた“あの声”とも、とても近かった。


(……もしかして)


 胸の奥で浮かびかけた答えに、

 自分で目をそらす。


 仕事だから。

 でも——


佐久間:「じゃあまず、ワンコーラス通して。

 ねむさんのボーカル流すので、

 朝比奈さんには“壁一枚向こうで一緒に歌ってるつもり”で

 ハミング入れてもらえます?」


「壁、一枚……」


 ねむと湊、

 ふたりの心臓がほぼ同時に跳ねた。


 佐久間は何も知らない。

 ただの比喩のつもりで、そう言っただけだ。


 でも、それは二人にとって

 あまりにも正確な比喩だった。


「……はい」


「……わかりました」


 答えが重なる。


 画面の向こうの相手の顔は見えない。

 でも、声だけは、

 少しだけ“近く”なった気がした。



 イントロが流れる。


 静かなピアノ。

 雨のようなシンセ。


 そして——

 自分の声。


 ——おやすみ、ちゃんと言ってね?


 その上に、まだ言葉にならない

 小さなハミングが重なっていく。


 壁一枚の向こうから、

 誰かの息遣いがそっと寄り添ってくるみたいに。


(……この感じ)


 ねむは、歌い出さない代わりに、

 じっと耳を澄ませていた。


 自分の声に重なる誰かの声。

 ぶつからないように、

 でも消えないように。


 湊もまた、

 ヘッドホンの中で目を閉じながらハミングしていた。


(夜に、誰かの部屋の灯りがひとつ増えるみたいに——)


 そんなイメージを浮かべながら。


 ワンコーラスが終わり、

 音がすっと消える。


 数秒の沈黙。


佐久間:「……うん。

 “壁一枚向こう”っていうイメージ、

 めちゃくちゃいいですね」


水城レン:「ねむちゃん、どう?」


 急にふられて、

 ねむは少し慌てる。


「え、あ……

 すごく、落ち着きました……」


 自分でも何を言っているのかよく分からない。

 でも嘘じゃなかった。


「なんか、

 夜にひとりで配信してるはずなのに、

 誰かがちゃんと起きてて、

 そこで聴いてくれてる感じがして……」


 言いながら、自分で顔が熱くなる。


(何言ってるの私)


 画面の向こうの湊には、

 その言葉の意味が、思った以上に深く届いていた。


(——こっちの台詞だ)


 夜、ひとりでギターを弾いていたとき。

 誰かがほんの少しだけ“おやすみ”と呟いた声に救われたことを、

 湊はふいに思い出していた。



 セッションは、

 予定より少し長引いた。


 ワンコーラスのハミングに加えて、

 二番のサビに薄いコーラス。

 アウトロに、ほんの一瞬だけ“誰かの寝息”みたいなブレス。


 全部合わせて、

 たった数小節ぶん。


 でも、その数小節が加わるだけで、

 曲の“夜の深さ”が一段増したように感じられた。


佐久間:「……いや、これはアリですね。

 正式にお願いしたいです、朝比奈さん」


「ありがとうございます」


 穏やかな声。

 でも、その奥で、

 湊の心臓は少し早く打っていた。


(この曲の夜に、自分の声が残るんだ)


 そう思うと、

 久しぶりに“仕事が嬉しい”と素直に感じていた。


水城レン:「ねむちゃんも、大丈夫そう?」


「はい……

 むしろ、“いてほしいな”って、思いました」


 素直な言葉が、

 わずかに遅れてヘッドホンを満たす。


 画面の向こうで、

 誰かが小さく笑ったような気がした。



 通話が終わり、

 画面が静かになる。


 ねむは、しばらく椅子の背にもたれたまま

 天井を見上げていた。


(……朝比奈さん、なんか不思議な人だな)


 直接ほとんど喋っていないのに、

 “夜の空気”だけは共有できた気がする。


(隣の部屋の人と同じだとしたら、

 ちょっとだけ運命っぽいけど)


 そう思って、すぐに自分で笑った。


「ないない」


 でも、

 壁の向こうから聴こえるギターの音と、

 ヘッドホン越しのハミングが

 同じ人のものだとしたら——


(……ちょっとだけ、嬉しいな)


 誰にも聞こえないくらいの声で、

 そう呟いた。



 一方、その頃。


 湊もまた、パソコンを閉じて

 しばらく天井を見ていた。


(白露ねむ、か)


 さっきまで一緒にハミングしていた相手の名前を、

 もう一度ゆっくり口にする。


 仕事上の相手。

 距離を保たなきゃいけない相手。


 でも——

 廊下で「歌、がんばってください」と笑ったあの子と

 同じ声だとしたら。


(同じ家の中で、

 同じ夜に声を出してて、

 たまたま仕事でも一緒になるなんて)


 そんな偶然、

 信じてもいいのだろうか。


 答えが出ないまま、

 湊はギターケースを開けた。


 指が、自然にNem’s Night のコードを探す。


 夜の部屋に、

 さっきまでヘッドホンの中で聴こえていた曲が

 もう一度、別の形で流れ始めた。


「……良い夜、だな」


 誰にともなくそう呟く。


 壁の向こうで、

 同じ曲の歌詞を書いている人がいることを思いながら。



 ベッドに入る前、

 ねむはスマホを手に取った。


 X に、一行だけ打つ。


《今日は、誰かと一緒に夜を歌いました。

 配信はしてないけど、ちゃんと“配信、まだ切れてませんよ?”って気持ちでした。》


 送信。


 画面の向こうでまた、

 「おやすみ」「Good night」が灯り始める。


 その中に、

 新しい通知が混じった。


【朝比奈湊:フォローしました】


「……え?」


 思わず、起き上がって画面を見つめる。


 プロフィールを開く。


《夜にギター弾いてます。たまに歌います。》


 シンプルな自己紹介。


 アイコンは、

 薄暗い部屋に立てかけられたギターのシルエット。


(やっぱり、この人……)


 言葉にならない感情が、

 胸の奥で静かに渦を巻いた。


 すぐにフォロバするべきかどうか、

 数十秒迷って——


(……がんばってくれたし)


 指を動かした。


【白露ねむ:朝比奈湊さんをフォローしました】


 ほんの小さな、

 通知ひとつぶんの距離。


 でも、その距離が、

 “夜の恋”の始まりにしてはちょうどいい気がして——


 ねむはようやく布団にもぐりこんだ。


「……おやすみ」


 自分に向けて、もう一度。


 配信はしていない。

 でも、心のどこかで、

 まだ赤い「LIVE」のランプが灯っている気がしてならなかった。

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