38回目の恋

@3074

これで終わり

何度目かの恋をしました。

自分で言うのもなんですが、僕は年頃の乙女よりも恋多き男です。そう、きっと38回目の恋でしょうか。僕は、絶対に叶わない恋をしてしまいました。

彼女は僕が今まで恋に落ちてきた女性の中でもいっとう美しく、花のように可憐で、その姿を額縁にでも閉じ込めれば宗教画として教会に飾れるほど。

そう、なぜ叶わないのかと言いますと、実は彼女は国の化身なのです。彼女は僕が10もいかない年頃から変わらず愛らしい笑顔を浮かべ続けています。その頃、彼女の背丈は僕より少しだけ高く、きっと2歳くらい年齢に差があるのだろう、と勝手に思っていたのを覚えています。

違和感に気づいたのは15の時です。記念すべき僕の生誕日、彼女は僕が幼い時と変わらずひまわりの様な笑顔を浮かべ、鈴を転がしたような声で僕に「おめでとう」と言ってくれました。それだけで僕は天にも昇る気持ちで1日を過ごせるのに、彼女は日が落ちてきた夕暮れの頃、僕の家まで手作りのケーキを届けに来てくれたのです。「急いで作ったから、あまり美味しくないかもしれないのだけれど」と恥ずかしそうに微笑む彼女といったら、僕は彼女の微笑みに39回目の恋をしました。嬉しくて嬉しくて仕方なく、僕は何度も母親にこのことを話しました。最初は話半分だった母親が、彼女の容姿を伝えたとき、やっと驚いたように僕を振り返りました。「あら、その子ベルちゃん?懐かしいわねー」と。驚きました。僕と母親は単純計算でも30年ほどの差があります。彼女は仙術でも使っているのか。その瞬間、僕の中で何かが静かに軋みました。

思春期特有の理解できないものに対する恐怖を拗らせ、僕はそれから何十年も彼女に会わないままでした。その間に約50回ほど恋を重ねたのでしょう。20回を過ぎる頃には、彼女の存在など頭の隅にもありませんでした。

僕は結婚を控えた人と共に隣国へ家を移しており、なかなか実家に帰ることが難しかったのです。結婚式を1ヶ月後に控え、僕は実家へ久しく会っていなかった親への顔見せ、ついでに妻になる予定の愛しい人へ何かお土産でも買っていこうと、長らく足を踏み入れていなかった祖国へと足を運びました。

実家には1週間ほど泊まる予定でした。1日目、2日目、3日目、と特に最終日までこれといったハプニングは起こらず、短い帰省は終わりを告げようとしていました。

昼過ぎに起きた僕の顔を見て、露骨に嫌な顔をする妹が一言「そういえば、ベルちゃんに挨拶しなくていいの?あんたベルちゃんのこと大好きだったじゃん」と。その瞬間、僕の閉ざされていた記憶は引きずり出されました。大事に大事にしまっていた、あの甘く始まり苦く終わった恋の話。

ベルちゃんもといベルティーナ。僕の祖国様はなんと意地の悪い人でしょう。甘酸っぱい青春をあんなに弄んだ挙げ句のはて、愛する人が出来た瞬間にまた心の平穏を打ち壊してくるのですから。

記憶を頼りに、昔大好きだった遊び場を探していきます。公園、駄菓子屋、空き地、裏山。上記したものの大半は時の流れとともに朽ち果てていっていますが、僕はまだ大切なあの場所を探していません。

僕と、祖国様、ベルちゃんとだけの、秘密の場所。

甘いキャンディと共に溶けてゆく記憶は案外使えるもので、数分もしたら民家の裏に佇む林にたどり着きました。粗大ゴミを引きずって、何とか過ごせるようにした、2人だけの秘密基地。

美しい彼女は、何十年前のあの姿のまま秘密基地に佇んでいました。驚きを瞳ににじませる彼女に、僕は「僕、結婚します」と一言だけ。

先程の驚愕の表情とは一転、嬉しそうに微笑んだ彼女が「幸せになってね。」なんて。

ああ、彼女は卑怯な人です。

僕がどう幸せになれというのでしょう。

さようなら、さようなら。僕が生を遂げるまで、もう彼女と会うことは出来ないでしょう。

僕の何度目かの恋は終わりました。

もしかしたら、僕はあの時の彼女に袖を引いてもらいたかったのかもしれません。

どうぞお幸せに。

貴方の長い一生に、一欠片でも僕の傷がつけられていますように。

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