Day6-8 伊勢神宮と八咫鏡
「八雲神社の大本は──伊勢神宮となります。この地はかつて、幾千にも割れた八咫鏡の欠片が眠る地なのです」
八咫鏡
その言葉を聞いた瞬間、頭の中にあった靄のようなものが晴れた気がした。
そう。あの日、神社で見た文字化けを起こしていた箇所⋯⋯『◎△$♪×¥●』と記されていたが、今ならそこが『八咫鏡』であることが分かる。
確か八雲神社の説明文には『◎△$♪×¥●の欠片が埋まっている』と書かれていたから、恐らく神主さんの言う通り八咫鏡の欠片が奉られているのだろう。
「八咫鏡って三種の神器として言い伝えられているものですよね。確か天叢雲剣と八坂瓊勾玉と並んで語られてる存在と記憶してます」
ミカさんがスラスラと固有名詞を出す様に、一瞬だけ思考回路が停止しかけるも、なんとか脳みそをフル回転させて食らいついていく。
俺なんか剣と勾玉と鏡って印象しか無いんだわ。ファンタジー世界でもそれっぽく書かれてるだけだし。
⋯⋯うん。ミカさんを連れてきて良かった。
「そうです、その三種の神器です。伊勢神宮では八咫鏡を祀り、今でもその信仰は続いています」
「本流が伊勢神宮ということは、そこから暖簾分けをしたのが『八雲神社』という解釈で合っているんですか?」
「概ねあってますが、別段信仰対象や教義が変わった訳では無いんですよ」
⋯⋯では何故、異なる名前を?
それこそ伊勢神宮の一派として名乗れるのであれば、大親分の名義で大々的に信仰を広げることが出来たと思うのだが。
そんなことを考えていたのが筒抜けだったのか、神主さんが少しだけ笑みを浮かべた後、俺に聞く前にその答えを語りだした。
「分霊とはいえ、地域によって名を変えることは良くあることなんです。それこそ『八雲』という言葉は、天と地を繋げるといった意味合いが込められています」
「⋯⋯上手く発展していれば、第二の伊勢神宮になれた可能性もあったんですか?」
「えぇ、まぁ⋯⋯。今はこんな有様ですけどね」
そう言って神主さんは今日何度目になるか分からない溜息を漏らす。
⋯⋯確かにそこまで由緒正しい神社であれば、入れ込むのも当然と言えば当然か。
「それに⋯⋯実は今現在伊勢の方とは色々と折り合いが付かなくて。幾ら別の地にある神社とはいえ、歴史的価値のある遺産を手放したりするのはどういうことだと責められることもしばしば」
さらに萎れていく神主さん。
「この前あった集会では参拝者数でマウントを取られまして。文化財センターの1年の来館者数をカウントしても、彼らの1日に全然届かないんですから⋯⋯」
まぁ、相手が伊勢神宮だからね。
そりゃ負けるよ。勝てないよ一流観光地には。
それはそれとして、少し可哀想ではある。
「⋯⋯コホン。ともかくこの八雲神社は、かつて幾千にも割れたとされる『八咫鏡の欠片』を埋めて祀っている神社の1つなのです」
「幾千ってことは、同じような成り立ちを持つ神社が他にもあるってことですか?」
「仰有る通りです。現存の文献から数百もの分霊先があるとされています。自称を含めると万をこえるとか」
すげぇ⋯⋯伊勢神宮ファミリーだ⋯⋯。
「その中でも埋められた欠片の大きさから、八咫鏡の恩恵を強く賜ることが出来るとされており、ここ八雲神社はそういう意味では『とても強く恩恵を賜れる』場所なのです」
なるほど⋯⋯。
だがそこまで凄いのなら、何故廃れてしまったのか。
近代にて廃れたのなら理解出来る。人々の考え方や行動範囲が広がると同時に、サイエンティフィックな考え方が主流になった現代で、信仰心が薄れてしまったとなると理解は容易い。
だが先ほど「明治初期に廃れた」と言っていたが。その頃であればそこそこ信仰心がありそうなのだが。
「⋯⋯ですが江戸時代末期の倒幕運動の動乱の中で、伊勢神宮が焼失してしまう事件が起きまして。当時伊勢神宮は政治的に中立な立場を貫いていましたが、倒幕派や尊王攘夷派は天照信仰を掲げて政治活動を行っていまして。伊勢神宮側としては、不安定な立場を取らざるを得なかったのが要因とされています」
「広まりすぎた代償⋯⋯的な感じでしょうか?」
「皮肉にもそうでしょうね。結果として伊勢神宮本殿が焼失し、参拝者が激減。幕府からの援助も望めず、あわや全滅の一途を辿る羽目に。それを回避すべく必要な人員を伊勢へと集中させ、なんとか復興した⋯⋯という経緯があります」
「⋯⋯ということは八雲神社からも」
「はい。活気溢れる若者や経験豊富な老人まで、有望な人材が全て流出しました。唯一残されたのは神職直系の血筋──跡取り息子ただ一人だけと聞いています」
そりゃ廃れるわ。
今は綺羅びやかな伊勢神宮だが、そんな経緯があったのか⋯⋯。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから幾らか質問をさせてもらった後、閉館時間を迎えたため一度解散する運びとなった。
少なくとも俺はまだ確認したいことが多いため、後日また改めてお話をということで、今度こそ繋がる連絡先を入手することが出来た。
「⋯⋯なんだかスケール感の凄いお話が聞けたね」
文化財センターを出てすぐのベンチに腰を掛け、ミカさんは電子決済で購入したジュースを気持ちよく呷る。
「というか結構本格的に面白かったというか⋯⋯。少し真面目に勉強してみようかな」
「神主さんも喜んでくれると思いますよ」
「ねー。なんかこう、再興出来ると良いよね」
⋯⋯まぁ、他人事なので手出し出来るようなものでもないんだけどね。
せめて娘が帰ってくればなぁと嘆いていた神主さんの顔は、今でも鮮明に思い出せる。
それはともかくとして、取り敢えず最低限のノルマを果たすことが出来た。
八雲神社で『何が祀られているか』と『何を祖としているか』が判明したのは大きな一歩に違いない。
このあたりを紐解いていけば、八雲神社で課された『試練』の内容が見えてくる可能性もあるだろう。
「俺は今後も神主さんと連絡を取って話を聞いていこうかなと思ってるんですけど、ミカさんはどうされますか?」
結構関心深く聞いていたし、何より勉強意欲がある様子だったし、彼女も話を聞いてみたいのでは?
しかしその予想に反し、快諾するものだと思っていたミカさんは対照的に渋い顔を浮かべていた。
「うーん、そうしたいのは山々なんだけど、そればかりはやっていられないというか。実は色々と忙しい身なんだよね」
「はぁ⋯⋯」
まぁ、そんなもんか。
専門家でもなければ、わざわざ余暇を潰してまで没頭しようとは思わんわな。
「だからさ。もし良かったら連絡先を交換しましょう? 私も私でぼちぼちやっていくからさ、何かあったら情報共有をする感じで!」
「⋯⋯そうですね。何か困ったら是非知恵を貸してください」
そう言ってミカさんは立ち上がると、手元のスマホを操作して、メッセージアプリを開いてみせる。
提示されたQRコードを読み込んで、友達登録をして⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯えっ?
「無事登録できたかな? 鏡宮トウマ君で良いんだよね。コッチもバッチリ登録出来たよ!」
「え、えぇ」
待て待て待て待て。
それじゃあ今の今まで一緒にいた人は⋯⋯。
「それじゃあ今日はもう遅いし、私は帰るね〜」
こちらが困惑している様子に対して意に介すことなく、「ばいば〜い」とご機嫌な様子でこの場を立ち去っていくミカさん。
⋯⋯⋯⋯もとい、『紗月ミク』さん。
メッセージアプリに示された彼女の本名と、呑気に帰っていく金髪のミカさんの背中を交互に見返しながら、暫くベンチから立てずにいた。
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