Day6-7 宗教都市

文化財センターを訪れたと思ったら、なんとそこに八雲神社の神主さんが勤めていた!


まさかこんなミラクルが起きていいものなのかと、思わず内心で笑みを浮かべる。

ここに来る前に一応神社の方へと電話をしたのだが、繋がらなかったため会うのは絶望的だと思われていたが⋯⋯まさかここにいたとは。



電話が繋がらなかったのは、どうやら現在は神社運営は休止状態にあり、社務所に誰も常駐していないためらしい。

そのため固定電話の契約を切り、何かあれば神主さんの携帯電話に電話をするというのが、知る人ぞ知る連絡方法だったとのこと。分かるわけないだろ!


「今はもう神社としては形骸化してしまいましたから。参拝する人はもう殆どおらず、祭りを開くようなことも無くなりましたし」


⋯⋯そう言われると、なんとも反論しづらい。


でもインターネット上の連絡先くらいは更新してほしかった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



話をするならばということで、文化財センター内にある空部屋へと通してもらえることに。


図書閲覧に精を出していたミカさんを呼び戻し、ご厚意に甘える形で、文化財センター職員もとい神主さんと直接話が出来る機会を設けてもらった。



「改めまして。私は八雲文化財センターのセンター長を務めてます、斎宮マコトと申します。この度は当施設にお越し下さりありがとうございます」


神主さんが、まさかのセンター長だった!

これはいよいよ偉い人が出てきたぞ⋯⋯。


こちらも簡単に自己紹介をして、今回来た目的が『八雲神社の成り立ち』であることを改めて伝えると、神主さんは満足そうに頷いていた。



「君たちのような若い人は貴重でね⋯⋯。ウチの娘も関心を持ってくれさえいれば、私も頑張ったんだがなぁ⋯⋯」


なんか少しだけ世知辛い家庭環境が垣間見えたが、愛想笑いをして適当に流す。

⋯⋯まぁ、跡取り問題とかは致命的な話だよな。同情こそ出来ないが、残念そうな気持ちは分からなくもない。



そんな重い空気を取り去るためにと、ミカさんが手を挙げて口火を開いた。


「私、先程まで関連図書のブースで色々見させて頂いたんですが、その中に『斎宮マコト』さんのお名前がある本が何冊も見かけました!」


「大学の頃から古代史を専門に勉強をしていて、ここ地元八雲市に貢献できたらと思って書いた拙著です。いやはやお恥ずかしい」

「いえいえ、読み応えが凄かったですよ。斜め読みしか出来ていませんが、飛鳥時代初期頃の生活様式を模型を使って再現している様子は凄かったです!」


本当に凄かったのか、少し興奮気味にミカさんが述べる。それを聞いて神主さんは少しだけ恥ずかしそうに笑みを浮かべるが、満更でもない様子。



「今はもう見る影もありませんが、この一帯は八雲神社を中核とした宗教都市だったんですよ。と言っても明治時代を迎える頃には廃れた文化ですがね」

「宗教都市⋯⋯こう言っては失礼かも知れませんが、なんだか少しだけ危険に聞こえますね」

「今は『宗教』という言葉が悪い意味で一人歩きしていますからね。ただ有名なところだと出雲や比叡山といった寺社仏閣を観光地とするところは大概そうですよ」


言われてみると、そういえばそうだ。

それこそ京都なんかは寺社仏閣の集合地帯──意識していないだけで、身の回りにはありふれているのか。


宗教都市とは名ばかりで、信仰が下支えとなって人々の生活基盤を形成しているということか。

少なくとも京都とかは閉鎖的な感じがしないし。



すると神主さんが机の上に1枚の模造紙を広げてくれた。なにやら写真が印刷されているようではあるが⋯⋯これは、地図?


「現物は伊勢に収蔵しているため印刷物で失礼します。こちらは1700年前の八雲市の地図とされています」

「へぇ、1700年前──」


1700年前と言ったら⋯⋯まさしく飛鳥時代の真っ只中だ。

⋯⋯⋯⋯飛鳥時代!?



「──もしかして、ヤバい代物ですか?」


思わず鵜呑みしそうになったが、慌てて確認がてらミカさんの方を見ると、まるで真っ青な顔をして口をパクパクさせていた。


「これ、現物は何に書かれているんです?」

「現存のものは和紙になります。最初期は木簡を並べたものと言われていますが、それらを代々転写することで継がれていったとされています」


それが今の時代では模造紙とインクジェットになっていると思うと、ちょっと面白いな。



「えっと、素人質問なのですが、この時代って地図を作るのって大変ですよね。どうして八雲市に?」

「いい質問ですね。簡潔に述べるとするなら、この地域を宗教都市として機能することを期待していたからです」

「1700年前から⋯⋯?」


つまるところ、その時代からこの地域は目を付けられていて、現代に至るまで八雲市という名で残っているのだ。


「もしかして、この地域に災害が少ないことと関係していますか?」

「はい。推測の域は出ませんが、この地域は災害が少ないこととが、、宗教都市として据えた理由の1つであるとされています」



となると宗教都市というより、中核都市として当時は機能していた可能性がある。

それくらいこの地域は、いや『八雲神社』は重要な拠点として考えられていたと捉えるべきか?


ううむ⋯⋯聞かないといけないことが沢山湧いて出てくる気がするが、まずどこから聞くべきなのか。


なぜこの地域に災害が少ないのか⋯⋯は違うな。

どうして明治初期から廃れていったのか⋯⋯これも今聞く内容ではないな。


一番聞きたいのは⋯⋯。



「質問いいですか?」

「どうぞ。何でも答えますよ」


もしも宗教都市として繁栄していたのであれば、立派な仏像や社が建てられていたと思われる。


しかし現在はそれがない──過去に焼失したのか、それとも伝統が途切れたのか。


だとしても、地域の皆がそれを誰も認知していないというのは、土台無理な話ではなかろうか。


今の御時世、過去崩落した城でさえその跡地が観光地としてフューチャーされる。ただ単に無くなっただけでは、忘れ去られることはないと思うのだ。


では、何を信仰していたのか────。




「──この神社の『本家』って存在するんですか?」


すると神主さんは驚くような顔をした後、こちらをジッと見つめてきた。


「⋯⋯どうしてそう思ったんですか?」

「地図上でも、そして現代においても、宗教都市たらしめる象徴が無いからです。ならばこの地域が本家ではなく、分家のような立ち位置であったのでは⋯⋯と思いまして」



直後、神主さんは驚き半分、感動半分といったような、まさしく恍惚の笑みのようなものを浮かべた。

その変わりように少しだけ引いたが、すぐに顔を引き締めて対峙してくれた。



「⋯⋯仰有る通りです。ここは本家ではなく分家のようなものです。強いて言うなら本流・分流の方が好ましい言い回しになりますが」


そういって少しだけ溜めるような素振りを見せた後、神主は揚々とした様子で答えた。


「八雲神社の大本は──伊勢神宮となります。この地はかつて、幾千にも割れた八咫鏡の欠片が眠る地なのです」

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