Day6-5 白と黒の境界線

入口前で色々と揉めた(?)のち、なんとか無事に八雲文化財センターへと入ることが出来た。

期せずして謎の同行者を得ることになったが、なるようになるだろう。


入館料の補てん額を渡して別々に入るという手も考えなかった訳では無いが、そうしなかったのには理由がある。



(変な人ではあるが⋯⋯専門家に属している可能性が捨てきれない)


少なくとも自分よりは年上。ちょっと抜けてそうな感じはするが、それでも年長者の雰囲気を感じる。言ってしまえばリコちゃん先生みたいな感じだろうか?


それにこんな平日昼間に文化財センターへ足を運ぶなんて⋯⋯。大学生かなにかだろうとは目星をつけている。


つけてはいたのだが⋯⋯。



「うわー、この土器って縄文土器でしょ。本当に縄の模様が書いてあるんだ〜」


今のところ知識レベルとしては俺と大差ない感じだ。メモをしてくれるのはありがたいのだけれども。


「⋯⋯ミカさんは、どうして文化財センターに来たんですか?」


下手に腹の探りあいをするのも面倒なので、直球で聞いてみる。すると少しだけ困ったような表情を浮かべて、無理に作った笑顔を浮かべた。



「実は⋯⋯その。私、ここの出身なんだけど、友達と喧嘩別れしちゃった後に、引越をしちゃったんだよね。久々に会える⋯⋯かもしれなくて。ちょっとでも地域のことを思い出しておきたいなって気持ちから、文化財センターに来たの」


そう言いながら、ショーケースの中で展示されている土偶の1つへと、まるで懐かしいものを見るかのような眼差しを向けていた。


「その子は⋯⋯ちょっと変な人で。例えばこういう土偶を見て『うわエッロ!』とか言っちゃうような子なの」


うーん。紛うことなき変な人。

というか男子中学生でもそうそうその域には至らないぞ。



「仲直りができそうなんですか?」

「うーん⋯⋯分からない。私が言うのもなんだけど、この問題は私自身の態度の問題なんだよね。意固地になっていた面もあって、顔を合わせづらいというか」


思ったより彼女にとっては根深い問題のようだ。

下手に口を出すのは⋯⋯きっと良くないことだな。


「それで、何か手がかりは見つかりそうですか?」

「どうだろう。ただ⋯⋯今はちょっとだけ、その子に会いたい気持ちが高まったかな」


それは何より、かもしれない。

ならばこの人は、文化財センターに対しては特に意味もなくやって来た⋯⋯ということになるのだろうか。




(アストラルカードで彼女を觀るべきなのかな)


正直な話、中途半端に聞いただけではミカさんの素性が分からない。土地の歴史専門家ではない以上、信頼してこのまま行動しても良いものなのか。


ミカさんは会った当初に『どうしても入館したい』と言っていた。だがそれにしては先程語ってくれたバックグラウンドでは、動機付けとしては薄い気がする。


つまるところ、彼女の言動は所々チグハグなのだ。

そもそも『ミカ・スミス』という名がもし偽名なのだとしたら、その真意は?

考えれば考えるほど、この人は謎に包まれている。


彼女は何かを隠している⋯⋯。

一度そう考えると、疑念がグルグルと頭の中を駆け巡る。


信頼して良いのか、否か。



ならばいっそのこと、アストラルカードを使って、その不明瞭な部分を明らかにすべきなのではないだろうか。


不確定な要素が、万が一躓く要因になりかねない。ならばさっさと解消してしまうのが吉だろう。


別にそれを知ったところで、情報をもとに脅しをかけようとしている訳ではない。

これだけ話しているのだから、少しくらいは心をひらいてくれているはず⋯⋯。




(⋯⋯いや、止めよう。無闇に詮索するのは良くないことだ)


少しだけ逡巡した後、アストラルカードを持つ手を下ろした。


『何も全てをマルとバツ、白と黒でハッキリと区別する必要はない』


そう言ってくれた小南先輩の顔が脳裏をよぎる。

あの人は⋯⋯忌々しい力を俺も持っている可能性が高いと知った後でも、優しい声でそう語ってくれた。


⋯⋯この力は、人ならざる力だ。

他人に知られてしまえば、疎まれて当然の力だ。



もしもこの力を、ちっぽけな好奇心から行使するようになれば。それはきっと神にも等しい存在になれるだろう。


ただあくまでこれは借り物の力。その力の全てを自覚しないまま奮えば、いずれ代償を得ることになる。


それこそ、周りの人から信用を全て失う──そんな未来を想像するのは難しくない。それくらい危険な能力なんだ。



いずれにせよ俺は、いつか報いを受けるだろう。

少なくとも小南先輩の気持ちを弄んでいる。その自覚は少なからずあるつもりだ。


なればこそ⋯⋯せめてこの力は人の為に使いたい。

無闇矢鱈に使い続けたら最後、瀬高と同じ高さまで堕ちてしまうに違いない。


それに俺は、俺のことを見てくれる人達と、これからも同じ目線で向き合っていきたいから⋯⋯。




「⋯⋯何かあったの?」


不意に黙ってしまった俺を気にしてか、覗き込むようにミカさんが心配をしてくれた。


「すみません。ちょっと色々と思い出してしまって」

「鏡宮くんも誰かと喧嘩したの?」

「喧嘩⋯⋯ではないですけど。でも今は会えない人です」



アカネを救う。この大目標は決して揺るがない。

彼女へ『助けに行く』と誓った以上、それを破ることは許されないから。


けど、その手段や過程も尊重させるべきだ。

少なくとも無闇に他人を傷つける真似は許されない。


今こうして動いているのは、あくまで勝手な正義心から来るものだ。決して免罪符にはなり得ないのだから。



「じゃあ、また会えるそのためにも、調べ物を頑張らないとね!」


そういって少しだけ笑う彼女は、最初に見た作り笑いからかけ離れた、自然なものに見えた。

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