Day6-4 現金な人、現金のない人

「────これにて契約完了です。こちらの携帯電話へ契約頂いたSIMカードが挿さっております」


どうぞ、と電気屋の店員から携帯電話を受け取る。


これまではSIMカードが入っていなかったため、屋外でのモバイル通信が出来ないどころか、電話すら叶わなかった。


だが今回新規でSIMカードを入手出来たことで、ようやく携帯電話としての最低限の機能を果たせるようになった。


試しにその場で通電して中身を確認してみるも、特に異常はない様子。ただ契約プラン的にそこまでの通信料を使えないから、少なくとも動画など開くのは厳禁だ。



「良かった。ありがとう母さん!」

「新しい携帯電話の番号をアカネちゃんやチヒロちゃんに送っておくわね」


⋯⋯母さんの言葉の中に、アカネと並んで小南先輩の名前が出てくることに、どこかこそばゆさを感じてしまう。


杞憂かもしれないが、母さんが小南先輩に余計なことを言うことがあるかもしれない。気を付けて見張っておこう。



「この後どうするの。一旦お昼を食べに家まで戻る?」

「あー、どうしようかな」


自宅から電気屋までの間に、確か『八雲文化財センター』があったはず。

家を出る前に調べたら、普通に昼間も開いているようだから、今そのまま行っても良いんだよな。


「⋯⋯いや、自分はこの足でそのまま文化財センターに向かうよ」

「分かったわ。念のため、気を付けていくのよ」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



ということで地元の電気屋から自転車を走らせて10分程度。


少し古びた感じの様相の建物──『八雲文化財センター』が見えてきた。


中学生時代に一度だけ授業の一環で訪問したことがあるが、当時はあまり学習意欲が無かったため、どんな展示があったかは何も覚えていない。


事前学習した限りでは、ここ八雲市の歴史について展示をしているらしい。特に古墳時代についての出土が多かったらしく、その時代の研究が盛んなんだとか。



「うーん⋯⋯。飛鳥時代前の歴史って、なんかフワッとしか知らないんだよね」


それこそ聖徳太子が出てくる時代あたりから固有名詞を持つ人が出てきたりして、誰が何をしたとかが汲み取れるようになってはいるんだけど⋯⋯。


なんというか、弥生時代の延長線上にあるというか。

なんか稲作とか狩猟とかして、ムラ同士で争ってそうってイメージ。流石に失礼か?


「⋯⋯まぁいいか。それも含めてセンターの人に聞こう」



この辺りの知識は学校では習わない知識だ。

初学者としての心構えを崩さぬよう、新テーマのデッキの回し方を覚えるが如く、一生懸命理解に努めよう!




⋯⋯⋯⋯と、そんな矢先だった。


入館するためのロビー入口付近で、何やらソワソワしている金髪の女性がいた。


髪の色こそ金髪ではあるが⋯⋯顔付きは日本人っぽい印象。ハーフの人か何かなのだろうか?


「う、うーん⋯⋯」


何をあたふたしているのか、よく見てみるとカバンの中をガサゴソと探すような挙動をしている。

今日は平日ということもあって、ロビーには彼女と受付の人しかいない。故によく目立つのだ。



というか、丁度いい感じに邪魔なんだよなぁ。

そこをウロチョロされると、受付に行きづらいというか。いや無視するんかーいってツッコまれてしまいそうな⋯⋯。


⋯⋯しょうがない。時間も惜しいし。



「あのお姉さん⋯⋯日本語、話せますか?」


とりあえず日本語で聞いてみる。

すると自分に話しかけられていることに気が付いた金髪女性が、ハッとしたようにコチラを振り向いた。


「は、話せます!」


なんだかよくわからないが、少し裏返った声で返ってきた。

日本語は通じるみたいで安心安心。



「えぇっと⋯⋯何かお困りですか?」

「いやちょっと、入館料が足りなくて⋯⋯」


ふと受付の方を見てみる。

高校生300円、大人500円だそうだ。


「ちょっと急ぎで調べたいことがあって、でもここに着いてから、ちょっとだけ足りなくってぇ⋯⋯」


500円が⋯⋯払えない?


「そしたら一旦家に戻られるとか、お金をおろしてくるとか⋯⋯」

「ちょっと色々あって難しいんだよね、アハハ」


アハハで済んでいいのか、それ。

というか500円も払えない大人かぁ⋯⋯。ちょっと残念なお姉さんって感じがするなぁ。


「⋯⋯こんなことなら学生証を持ってくれば良かった」


なんだか不安になるような一言が聞こえた気がしたが気のせいだろう。無視しよう無視。


さてなんだか根本から救えなさそうな人だし、この際見なかったことにして、さっさと受付を済ませてしまおう。



「──待って違うの。私は普段電子決済がメインなの。現金を持ち歩かない主義なの」

「そう⋯⋯大変なんですね、大人の世界って」


というか、電子決済が出来ない文化財センターの方を軽くディスってないか?

チラリと受付の方を見てみると、なんだか少しだけ青筋を浮かべていた。かわいそうに。


なので構わず受付を済ませようと前に進み──。



「──待って待って待って。ね、人助けをすると思ってさ。自販機でジュース1本分だけ奢るから、足りない30円分を出してもらえないかな?」


ね?ね?ね?

と言わんばかりに、上目遣いでお願いしてくる。

うーん⋯⋯かわいくは、ないかな。


「ジュース2本!」

「や、そういう問題じゃないんですけど」



いや〜、なんか面倒くさくなってきたな。

仕方ないなぁ⋯⋯。


「⋯⋯ジュースは良いですから、その分だけ行動で返してくれるなら、お金を払いますよ」

「行動で⋯⋯?」


そう言って目の前にいる金髪女性が、己が身を守るような素振りを見せる。心なしか目つきが鋭くなってるし。

いやそういうことはしないから。瀬高じゃないんだから。



「今日、俺は調べ物のためにここに来たんです。結構真面目に。なのでお姉さんも極力同行して、メモを漏らさず取ってください。最後にメモの写しを貰えるなら、ここの入館料は払います」


するとまるで施しを受けた貧民みたいな顔で、今度はキラキラとした目つきでこちらを見てきた。


「あ、ありがとう⋯⋯!」


一応念のため、受付の方をチラリと見てみると、どうやら受付の人もそれでオッケーらしい。

本当なんか、騒がしくして申し訳ありません⋯⋯。


とりあえず邪魔にならないよう、さっさとお金を払ってしまおう。

俺の分は学生証を見せて、2人合わせて800円を支払って⋯⋯っと。


「あっ、八雲高校の学生さんなんだ⋯⋯」


金髪女性がそんなことをポロッと言う。

⋯⋯なんか妙に地元に詳しくないか、このハーフ。




「それで、お姉さんの名前はなんて言うんですか?」

「えっ、名前?」


以降も『お姉さん』と呼ぶのはちょっと違う気がする。

せめて呼び名だけでも教えてもらえないだろうか。


⋯⋯というか、そんなに驚かれる事か?



「あー、うーん⋯⋯えぇっと。私の名前はミカよ。ミカ・スミス。ミカって呼んでね!」


うーん、漂うエセ外国人な感じ。

自分の名前を名乗るのに『ええっと』って言う人、初めて見たよ。偽名かな?


⋯⋯まぁ、いいか。ツッコミをしてたらキリがないし。



「よろしくミカさん。俺の名前は鏡宮トウマと言います。よろしくお願いします」


そういって握手をしようと思って手を出すと、「そういうの間に合ってます」と拒否された。


なんだろう、この謎の敗北感。

仮にも入館料を立て替えた身だよね?

そろそろどついたろうかな、このエセ外国人⋯⋯。


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