Day5-8 卑怯な力の使い方

「──これにて解散としましょう!」と小南先輩が号令を掛けたため、各々向かうべき場所へと向かっていった。


リコちゃんと秤谷先生は職員室に。


母さん’sはアカネのことが心配だからと、車で先に帰ることとなった。

ユウカもその車に同乗して、アカネの顔を見に行くとのこと。きっとその方が喜ぶに違いない。



「⋯⋯トウマ君も車に乗っていって良かったんだぞ?」

「どうしても今、確認したいことがあったので。親には申し訳ないとは思うのですが」


なにかこう、先ほどの合議を経て、引っかかるような感覚が。

昼休みのときに感じた違和感と、似たようなものを感じたが⋯⋯それが更に大きくなったような。


果たしてそれは今確かめるべき内容なのかは分からないが──それでも知らなければならないような気もした。




「⋯⋯すみません小南先輩。疑う訳じゃないんですけど」


聞いてはいけない。胸の奥底で警鐘を鳴らしている。

聞けばもう、後戻りは出来なくなる。


「どうしたんだ急に。何か変なことでも言ったかな?」

「変というか、なんというか⋯⋯」



口に出してはいけない。心のなかではそう思ってる。

もし勘違いであれば、凄く失礼な事を聞いてしまうかもしれないから。




「⋯⋯申し訳ありません。ステータスを見せてもらうことは出来ませんか?」


すると彼女は、少しだけ後ずさりするような素振りを見せた。


「どうして今⋯⋯そんな事を聞くんだい?」


至極真当な疑問だ。見たいなら勝手に見れば良いと言われればそれまでだし、まるで質問というよりこれでは脅迫だ。



「⋯⋯今日の昼間は少しだけだったんですけど、それが段々と大きくなって。今もその疑念が捨てられないから、です」

「疑念?」


「⋯⋯気が付いたら呼び方が『トウマ君』になっていました」

「や、それは。苗字呼びだと、君のお母様と被ってしまうだろう?」


「それに先ほどの合議では⋯⋯取りまとめてくれることは有り難かったのですが、率先して取り仕切る姿に違和感を覚えてしまい⋯⋯」

「あはは。君のお母様の前だからって、少し張り切りすぎてしまったかな?」


「それに⋯⋯なんとなく⋯⋯距離感が近いというか⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」


急に耳元で囁いたり、じゃれつくように蹴ってみたり。いや耳元で囁くのは最初に会ったときもか。

⋯⋯ともかく、初めてあった時の冷静な様子からは、到底想像が付かないような。




「⋯⋯君の言わんとすることは分かった。皆まで言わなくて良い」


やれやれ、と言わんばかりの様子で首を横に振る。

そして彼女は、まるで観念したかのように、わざとらしく手を広げてみせた。


「使って良いよ。私のことを觀て」



────────────────

名称:小南 チヒロ


ステータス:

【魅了】


2年1組。

八雲高等学校に通う女学生。

オカルト研究部の部長を務めている。


君のことが好きだ。

これからも私の隣にいて欲しい。


────────────────




「⋯⋯⋯⋯やっぱりそうだ」


アストラルカードに書いてある内容を見て、思わず目眩がしてしまう。


「その様子から見て⋯⋯まぁ、書いてあることに想像はつくかな」


どうして、なぜ。


「まだ会ってから2日のはずなのに」

「言っただろう。君と部室で会った時に、君に胸がときめいてしまったと」

「あれは方便で言っていた筈⋯⋯!」



このアストラルカードさえなければ、素直に信じられたかも知れない。

いや、アストラルカードがなければ、彼女に会うことも無かっただろう。


となれば、この能力が彼女の人生さえも歪めてしまった可能性も⋯⋯。


「⋯⋯この能力が、瀬高のものと同じように超常現象じみていると気付いた時に、抱えていた違和感の正体が見えたんです」

「⋯⋯」

「この能力の形はどうあれ⋯⋯人を惹きつける力だ。俺は、知らず知らずのうちに、瀬高と同じ事を⋯⋯!」



そのことに気が付いた途端、まるで世界が歪んで見えた。


小南先輩も。

リコ先生も。

ユウカも。

そして多分、秤谷先生やアカネの母さんも。


先ほどまでは、俺やアカネのためにと集まってくれていたのは、少しずつ稼いでいた信頼感が結実したのだと自惚れていた。


しかし実際は、この能力で人心を操っていただけに過ぎないのだ。


だからこうして────。




──────次の瞬間。


身体が優しく包みこまれた。


気が付いた時には、小南先輩に抱きしめられていた。



「私の胸の鼓動が聞こえるかい? 恥ずかしながらこの私でさえ、結構緊張しているようだ」


⋯⋯小さく頷いて返す。


「君の能力によるものかどうかは⋯⋯私には分からない。もしかしたら本当にそうなのかも知れないし、それを否定する術を私達は知らない」


「⋯⋯そうですね」


「だがこうしていられることに、私はとても幸福感を覚えてるんだ⋯⋯。まるで天に昇ってしまいそうなくらい」


「本当に召されたら困るので、頑張って下さい」


「頑張りでどうにかなるものなのか、私には分からないがな」




それから少しして、小南先輩は身体を離した。

まだ胸のあたりに温もりが残っているのを感じられた。


「俺は⋯⋯」

「⋯⋯いや。今その言葉の先を聞くのは遠慮しておこう。役者がまだ全員揃っていないからな」


それに⋯⋯と、小南先輩は続けて言う。


「君自身、まだ踏ん切りがつかないのだろう。その能力との付き合い方を」

「⋯⋯はい」

「なら、そのままでいい。何も全てをマルとバツ、白と黒でハッキリと区別する必要はない」



「曖昧なままでも良い⋯⋯そういうことですか?」

「あぁ。それに私自身も、この気持ちと向き合う時間が欲しいからな」


そう言って彼女は背を向けて。


「だからどうか⋯⋯これからも私を魅了し続けてくれ。トウマ君しか視界に入らないような、そんな輝きを期待している」


こちらを見ることなく、そのまま去っていった。




「⋯⋯明日から、学校休みでよかった」


小さくなっていく彼女の背を見送って。

その背中が見えなくなるまで、立ち尽くしていた。

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