Day5-5 仲間を集めて side小堺リコ
「⋯⋯チッ。鏡宮のやつはまだ見つからないのか」
そう苛ただしく職員玄関の所に立つのは、現サッカー部顧問であり生徒指導部長の原賀マルオ先生だ。
彼はこれから、鏡宮くんと鏡宮くんの保護者を交えて、生徒指導⋯⋯という名の詰問を行う予定。
『時期尚早だ!』と抗議をするも、一向に聞く耳を持たない。絶対に鏡宮トウマを追い詰める──そういう覚悟さえ感じられる程だ。
それと、この場にはもう一人いた。
「お疲れ様です、セイジ先生」
「リコ先生こそお疲れ様です。というか⋯⋯どうしてあなたがここにいるんですか?」
「私は鏡宮くんの所属している部活の顧問ですから」
「えっ、アイツ部活に所属してたんですか?」
届け出、貰っていないんだけどなぁ⋯⋯と少し焦りを見せながら後頭部を搔く男性教師は『秤谷セイジ』先生。
鏡宮くんがいる教室の担任であり──御影アカネさんの所属するテニス部の顧問でもある。
「セイジ先生は今回の件、どう見てますか?」
「えっ、どうって言われても⋯⋯」
「今回の保護者呼び出しは急すぎます。本来なら順を追って事情説明をするはずじゃありませんか?」
そういうと、セイジ先生も「それはそうなんだよね」と顎に手を当てて、少し悩む様子を伺わせた。
「僕が原賀先生から聞いた話だと、鏡宮は傲慢な態度で面談に接し、改善の余地が見えない生徒。しかも女生徒に対して暴力を振るっている恐れがある⋯⋯と聞いています」
彼の口から出てくる『鏡宮トウマ像』に、内心で舌打ちをしてしまう。前者はともかく、後者は根も葉もないデマなのに。
「セイジ先生はその言葉を信じているんですか?」
「⋯⋯いえ。原賀先生の言葉は一旦考えないようにしています。僕が直接、鏡宮から話を聞いた訳ではないので」
「そう⋯⋯ですか」
少なくともセイジ先生は敵でない。
その言葉が聞けただけで、少しだけ気持ちが楽になった。
「ただ今日の午前中に、担任である僕を除いて生徒指導をしていたそうじゃないですか。午前は外出中だったので、気付くことが出来ず⋯⋯」
「いえ、そちらもお仕事ですから仕方ないです」
そもそも原賀先生はホウレンソウが全くできていない。自身の授業を放って生徒指導をしていたが、その分の穴埋めに別の体育教師がフォローしていたらしいし。
「⋯⋯セイジ先生。あらかじめ申しておきますが、私は鏡宮くんの味方です。彼は何も悪いことはしていないのに、一方的に責められているだけに過ぎません」
「それって、先日の瀬高との衝突についてでしょうか?」
「あれはほんの一端に過ぎません。ここで詳しくは説明出来ませんが、ともかく彼は悪くないんです」
本当なら、ここで御影さんの件や、スマートフォン強奪の話をしてしまいたいが、原賀先生の近くでするのは色々と危ない。
「だからどうか⋯⋯せめて中立の立場を保っていただけると。最悪、原賀先生の足止めをお願いします」
「えぇ⋯⋯?」
『あの原賀先生を!?』と言わんばかりの渋い顔を見せたが、ひと睨みすると渋々ながら了承するような素振りを見せた。
(せめてあと一人⋯⋯小南さんがいれば⋯⋯)
中立を含めての三つ巴。
いや、発言力を考えると、新人の私が最も弱いから、三つ巴にすらならない。
それに恥ずかしながら、鏡宮くんのような胆力や、小南さんのような機転の良さを、私は持ち合わせていない。できることなら味方がもう一人欲しいところなのだけれど⋯⋯。
⋯⋯どうやらその願いは、叶わないみたいだ。
「失礼します。鏡宮トウマの母です」
状況としては劣勢のまま、鏡宮くんのお母さんが職員玄関へと現れたのだ。
「どうもどうも、お母さん!お待ちしてましたよ!」
原賀先生は、先程まで見せていた苛立ちの形相を上手く隠し、まるで好々爺であるかのように接し始める。
そのあまりの変わりように一瞬だけたじろいでしまうが、お母さんの後ろの人物の存在に気が付いて、すぐに我に返ることが出来た。
(後ろにいらっしゃるのは⋯⋯)
鏡宮くんのお母さんの後ろにいたのは──女性。
彼女もまた保護者くらいの年齢に見えるけれど。
「ささっ、靴は下駄箱に入れて頂いて。部屋まで案内しますので」
「いえ。その必要はないです」
鏡宮くんのお母さんは、毅然とした態度で答えた。
「私はトウマを迎えにきました。面談の必要はありません」
「で、ですが鏡宮は女生徒をですね⋯⋯」
そう苦しそうに口答えする原賀先生の前に、ズイと後ろに控えていた、もう一人の保護者が前に出た。
「私がその、女生徒の保護者ですけど?」
御影アカネさんのお母さん────通常であればそこにいるはずのない人物が、そこにいた。
(⋯⋯そうか。鏡宮くんと御影さんは幼馴染だから、親同士が連絡し合っていてもおかしくない)
ということは、この2人は完全に鏡宮くんの味方と断言することが出来る!
惜しむらくは、恐らくこの場にいる教師全員を敵視していることだろうか。
「し、しかしですね。彼は他にもトラブルをおこしていると報告を受けていまして⋯⋯」
⋯⋯挟み込むなら、今だ!
「鏡宮くんはトラブルなど起こしていないです。むしろ私は、原賀先生が監督している瀬高くんが、鏡宮くんを殴ったと伺っていますが?」
すかさずチラリと鏡宮くんのお母さんを見る。
するとこの場の対立関係が伝わったのか、僅かに口角が上がったのが見えた。
「僕もそのような沙汰は、彼の担任として報告を受けていません。本当に生徒指導を行う必要があるのでしたら、僕を通して下さい」
次いでセイジ先生からも援護射撃がやってきた!
流石の原賀先生も旗色が悪いのか、苦々しい表情を浮かべている。
「申し訳ありません。この度は原賀教諭が独断でお電話を差し上げてしまったようで。ご迷惑とご心配をおかけしたこと、深くお詫び申し上げます」
セイジ先生はそういうと、腰から90°に曲げて頭を下げた。遅れてはいけないと、慌てて私も頭を下げる。
そして更に────。
「原賀センセさぁ、サッカー部の奴らが学校中ウロウロしてて邪魔なんだけど。早く部活に戻るよう言ってもらえますか〜?」
少し息を切らしながら、さりとてまるで第三者であるかを装うような感じで、ようやく彼女が現れた。
「鏡宮くんって人を部員に探させてるんだって? クソしょーもないことしてないで、早く仕事に戻りなよ」
まるでこれまでの鬱憤を晴らすかのように、凄く失礼で、凄く挑発的な煽りをしてくる小南さんの姿が、そこにあった。
「くぅぅぅっ⋯⋯クソッ!!」
全てが上手くいかないからか──原賀先生はその場で地団駄を踏んだ後、肩を怒らせながら職員玄関口から去っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「⋯⋯ふぅ。リコちゃん、ギリギリ間に合った?」
原賀先生が去ったことでその場の空気が一気に氷解し、小南さんの一言で緊張感を解くことが出来た。
「えぇっと、お二人は鏡宮後輩の⋯⋯じゃなくて、トウマ君の関係者ですよね。ウチのアホカスボケ先生が申し訳ないです」
そういって小南さんは全然誠意の籠もっていない謝罪をすると、鏡宮くんのお母さんは表情を柔らかくさせた。
今の今まで眉間にシワを寄せていたため、鬼のような形相であったが、笑った姿は優しそうな人であった。
「安全になった頃合いを見計らってトウマ君をここに連れてきます。リコちゃんと秤谷先生もそれで良いよね?」
小さく頷いて返すと、小南さんはオカ研部室へととんぼ返りしていった。
「⋯⋯リコちゃんって呼ばれてるんだ」
「⋯⋯リコちゃんって呼ばれてるのね」
「⋯⋯リコちゃんって呼び方いいわね」
ボソリと、小さな声で三者三様に呟いたのが辛うじて聞こえた。
(くぅ⋯⋯。人前で呼ばないでってあれほど言ってるのに!!)
わざわざ助けに来てくれた小南さんの背中を、少しだけ恨みがましく見ずにはいられなかった。
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