Day4-2 アウトローな探偵
教室に入るべく扉を開けると、クラスメイトの半分くらいが一瞬だけこちらを向いた。
そりゃ朝から、あんな騒動を起こしていれば、誰だって警戒心を持つし好奇心が湧くだろう。
ただ、こちらもあまりなりふり構っていられない。弁明の言葉を述べたい気持ちも無くはないが、必要以上に雄弁に語るのも毒と成り得る。
「しかし、このアストラルカードで得られた情報を、どう活用していくべきか⋯⋯。突破口になり得るとは思うんだけどな」
自分の座席に座りつつ、先程手に入れたカードを出現させた。
手で覆うようにして外から見えないようにして、覗き込むように内容を確認する。
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名称:瀬高 ヒイロ
種族:人間
攻撃力:300
守備力:250
ステータス:
【激高】
2年1組。
八雲高等学校のサッカー部に所属するサッカー部部長。
お気に入りの銘柄は『クールスター(Xool Star)』
最近はジッポライターの購入を検討している。
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「──ふむ、クールスターか。瀬高は中々に若者好みのものを選んでいるようだな」
突然背後から、それも耳元で囁くように、誰かがそう呟いた。
声の主が女性であることは辛うじて分かるのだが、それ以外は全く分からない。それどころか、まるで密着して囁かれているかのようで、ちょっと淫靡な感じさえしてしまう。
あまりにも劇薬すぎる出来事を前に、思わず思考を停止してしまうが──声の主は変わらず囁き続けた。
「瀬高を追ってるのだね。君とは仲良くなれそうな気がする⋯⋯是非直接話をしてみたい」
「あの⋯⋯恐縮ですが、貴方はいったい⋯⋯」
緊張のせいか、振り返ることすら忘れていた。
ただ呆然と、問いかけることしかできない。
対する声の主は背後にいるため、その表情を直接確かめることはできないが──なぜか一瞬考え込むような間を置き、それから静かに、言葉を継いだ。
「⋯⋯あぁ、そうか。ならば部室に来てくれた時に纏めて話そう。昼休みに食事を持ってオカルト研究部の部室を訪ねてくれ」
「いや、そう言われても」
「君が来るのを楽しみにしているぞ、鏡宮後輩」
そう言い残して、声の主は背後から立ち去っていった。
一体何者だったのか、身体が動くようになってから振り返るも、既にそれらしき人影はなかった。
「な、なぁ、トウマ」
少し遠慮がちに、前の席にいた男子生徒が話しかけてきた。
「お前この土日に何があったんだよ。瀬高に目を付けられるだけじゃなくて、オカ研に招待されるなんて⋯⋯」
「前者はともかく、後者はそんなでもないだろうに。並べてまで恐怖するものでもないだろ」
確かに唐突すぎてビックリしたが。ちょっと変な人程度の範疇だ。
「オカ研の小南先輩といえば、新入生に手当たり次第に声を掛けて、オカ研へ半強制的に入部させているって噂だぞ。知らないのか?」
「⋯⋯初めて聞いたわ」
「お前はもっと周囲に関心を持てって」
曰く、オカ研の先輩達が卒業したことで、現在はその『小南先輩』という方しか活動をしていないらしい。
そのため部を存続させるために部員が必要なのだが──取り敢えず頭数を揃えるためにと、今年の新入生を部室に案内(という名の拉致)して、勧誘(という名の監禁)をしたらしい。
入学初日からそんな噂が流れていたため、新入生は皆、彼女に対して警戒をしていたらしいが、その後も部室を訪れる新入生の数は減らなかったそう。
「しかし初めて顔を見たけど、めっちゃ美人だったな!」
「俺は見てないから分かんないけどな」
「まじか〜勿体ねえ〜。でも昼休みにオカ研に行くんだろう?俺もついて行っちゃおうかな?」
⋯⋯と、こんな感じで、健全版ハニトラによって悪い虫が吸い寄せられているのだそう。成る程、効果はてきめんのようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そうして迎えた昼休み。
朝の件もあり、教師に呼び出されるようなことがあるかと思ったが⋯⋯そんなことはなく比較的平穏な時間を過ごした。
⋯⋯いや、時折周囲から刺さる好奇と恐怖を含んだ視線がささるのは、結構居心地が悪かったな。
何にせよ、一方的なものではあったが、約束通りオカルト研究部──通常『オカ研』の部室を訪問する約束の時間がやってきた。
今朝の口振りからして、おおよそ瀬高に関連する話だろう。
なぜ学年が違うこのクラスまでやってきたのかは不明だが、おそらく彼女にも事情があるに違いない。
「ここが部室か⋯⋯?」
オカ研は、家庭科室の隣にある準備室にて普段活動(?)を行っているとのこと。
一説では平日昼休みと放課後は常に部長の『小南チヒロ』が占拠しているとか。お陰で授業の準備をする先生らは、彼女が下校した後にしか部屋を使用できないらしい。
コンコンと、扉を2回ノックすると──どうぞと声がかかる前に、部屋の主が出迎えてくれた。
「やぁやぁ、待っていたよ鏡宮後輩。君のような気骨のある人材を探していたんだよ」
部屋から出てきたのは、細身寄りながらも存在感を放つ、まるでモデルのような人であった。
確かにこれは誰もが目を惹かれるというのも、あながち間違いではないのだろう⋯⋯。
「おやおや。そんな情熱的に見られてしまうと照れるな」
「⋯⋯すみません。別に他意はないんです」
「なに、私もそれほど気にしてないから安心してくれ。それに呼びつけたのは私の方なのだから、訝しんで当然だ」
出会って早々、会話のイニシアチブを奪われてしまう。
まだ出会ってお互い名乗ってすらいないのに⋯⋯確かにこれは独特な人なのかもしれない。
「部屋に入って座ってくれ」と促されたため、遠慮なくお邪魔する。中はまぁごくごく一般的な準備室というか、教材資料やら道具が棚に配備されていた。
なぜか部屋の隅にある人体模型に、黒い帽子が掛かっているのだが、流石に家庭科室とは関係なさそう。先輩の私物なのだろうか?
「──突然呼び立ててすまない。昼休みという貴重な時間の中、時間を割いてくれて感謝する。ちなみにここで昼食を摂っても問題ないから、存分に食べてくれ給え」
「はぁ⋯⋯」
とりあえず言われるがままに、持ってきた弁当へと手をつける。今日は緊張していたこともあってか、お腹がすいて仕方なかったんだよなぁ。
「⋯⋯先輩は食べないんですか?」
「あぁ、失礼。私も食べないと居心地が悪いだろうな。では、一服失礼」
一服、という謎の言葉に疑問符が浮かび上がるも、その正体はすぐに分かった。
彼女が懐から取り出したのは──『カカオシガレット』だったのだから。
「すぅ〜〜〜、はぁ〜〜〜」
カカオシガレットは駄菓子の一種。まるでタバコのような容器や見た目をしているが、正体はただの砂糖菓子。少し苦めなのが相まって、大人びたい子供の定番駄菓子だ。
「⋯⋯ん、どうした鏡宮後輩。一本欲しいのか?」
「いや、結構です。⋯⋯念のため聞いておきたいんですけど、それ本当にお菓子ですよね?」
「勿論だとも。未成年の喫煙は法律に反しているからな」
じゃあ何故、カカオシガレットを『吸う』んだよ。
「ちなみにこれが私の昼ご飯だから気にしないで欲しい」
「いやいやいや⋯⋯」
⋯⋯もしかして女子ってそういうもんなのか?
確かに男性よりも食が細いイメージが強いが、お菓子だけで⋯⋯保つものなのか?
分からない。なんだこの人は⋯⋯。
確かに噂に違わぬ『変な人』なのだと、早くも理解させられることになった。
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