Day2-3 眠り姫は夢にあらず
「いやいやいやいや、流石にこれは⋯⋯」
早くこの夢から醒めるべく、太腿を叩いてみたり、境内の周りをあちこち歩いて景色を確認してみたりするものの、違和感らしいものは見当たらない。
「⋯⋯もしかして、夢じゃなかった?」
相変わらず謎のアストラルカードは手元にあるし、そこには何も描かれていない。
少なくともあの自称神様と会っていた時には、オッサンの写真がそのまま貼り付けられたかのような絵が描かれていたのだが。
⋯⋯不気味なカードではあるが、とりあえず手持ちのカードスリーブにでも入れておこう。裸のまま持っているのは流石に怖い。
「しかし、さっきのが夢でないと仮定すると、懸念点が2つほど挙げられる」
なぜ自分にこのカード、もとい力を託したのか。
それと、この後に起こる『試練』について。
仮に先ほどのオッサンが本当に神様で、なんとなくで能力を与えていたとするならば。試練の達成度合でこのカードを没収されるのかもしれない。
暴力沙汰を招くような試練はゴメンだが、可能な限りは従うことにしよう。折角だからこのカードのことについても調べたいし。
「確か、世界をどう觀るか⋯⋯って言ってたな」
試しにカードを掲げて、神社の本殿へと向けてみる。
するとどうやら今度は反応したみたいで、カード名に『八雲神社』と出てきた。名称も正しいし、カードイラストも目の前にある本殿と同じだ。
「なるほど。觀るってのはこういうことか」
本来であれば効果が書かれている枠内には『八雲市内にある唯一の神社。地中には◎△$♪×¥●の欠片の一部が埋まっている』とだけ書かれていた。
(特に意味のない文言⋯⋯フレーバーテキストみたいなものだろうか?)
となると気になってくるのが、あからさまに文字化けを起こしている箇所。先ほど聞き取れなかった文字がソレに相当するなら⋯⋯。
(この神社には、あの神様のモデルとなった人の一部が埋まっているって⋯⋯ことか?)
うーん、こういう表現が適切かどうかは不明だが、いかにも日本古典って感じがしなくもない。
こうして現在まで受け継がれているというだけでも、いかにもドラマ性を持っている感じがするし。
「つまり、こうしてカードを対象に向けることで、その情報を読み取ることが出来ると言う訳か」
試しに境内にある木や手水舎へとカードを掲げると、写実的なイラストと共にフレーバーテキストが描写される。
「⋯⋯まぁ、これだけならちょっと便利なアイテムって感じだよな」
問題はこれを人に向けた時だ。先程神様に向けた時のように、その人が映し出されるのか。はたして効果がどのように描かれるのか⋯⋯。
「────でさ、この辺りは全然人が居なくてよ!」
この神社への参拝客であろうか、入口の方から誰か人の声がした。
これまでこの八雲神社に通っていて、そんな人物は見たことなかったが⋯⋯そんな稀有な人がいたんだなぁ。
ただ、今に限っては丁度良いという他ない。
誰かを測ってみたいと思っていたところだから、期せずしてそのチャンスが訪れたようだ。
かといって、面と向かって『測らせてください』なんて言えるわけもなく。そっと物陰に隠れて見るのが無難だろう。
そう思い立ったが即、神社本殿の側面へと走って移動する。この位置であれば参拝している人達にカードを向けることが⋯⋯⋯⋯。
「えぇ~、そうなの?こわ〜い!」
「そう言いながらアカネも着いて来てんじゃん!」
⋯⋯身長の高い男の隣に、アカネがそこにいた。
(⋯⋯ヴァ⋯⋯ァァァ)
あまりの衝撃に目眩を覚えるが、意識を失う寸前で立ち直る。代わりに身体中が熱くなる感覚に襲われて、全身から汗が噴き出てくるのが自ずと分かった。
(う⋯⋯うぁ⋯⋯あれが、アカネの彼氏⋯⋯)
最早涙は出なかった。
絶望感と緊張感が合わさって、頭が真っ白になっていた。そこに悲しむ余地は存在しない。
逸る鼓動を抑えるべく、一旦視線を彼女達から外し、物陰へと完全に身を隠して深呼吸へと専念する。
勿論、相手に気付かれることはあってはならない。バレたら最後、ストーカーと勘違いされるに違いない。
(いや、元々盗撮紛いなことをしようとしていたから、似たようなものか)
⋯⋯取り合えす落ち着け。落ち着け落ち着け。
平常心、平常心、平常心⋯⋯。
なるべくゆっくり、それでいてしっかりと深呼吸をする。
緊張のあまり汗で顔がグシャグシャになっていたが、それを拭う余裕が中々生まれない。
「アカネってさ、本当に俺のこと好きだよなー」
「もう、そういうの何度も言わないでよ。恥ずかしいっ」
こ、ここから消え去りたいぃ⋯⋯。
なんで、こんな生き地獄みたいな現場に立ち会わなければいけないんだ。クソックソッ!
いや、決してアカネは悪くないんだ、多分。
俺がここにいたのも偶然。
だけどなんでこんな⋯⋯こんな残酷な試練を課すんだよ⋯⋯。
(⋯⋯⋯⋯ん、試練?)
ふと、その言葉が自分の中で引っかかる。
あの神様が『試練を与える』と言っていたが⋯⋯。まさかという気持ちはあるものの、何故か不自然なまでに納得している自分がいた。
(未練を断ち切れってこと、なのかな)
その考えへと至る頃には、自然と頭が冴えていった。
これまで緊張と恥辱でいっぱいだったはずなのに。自分でも驚くほど、自分の気持ちに冷静になれた。
カードを向けるべき相手は⋯⋯御影アカネ。
彼女を、このカードで────読み取る。
カードで読み取ることでデメリットは?
相手に気付かれてしまうのでは?
普段ならそう逡巡して、慎重に行動出来ていたかも知れない。いや、頭では分かっているのだ。
「なぁアカネ、ここなら誰もいないしよー?」
「えぇー? 私、初めてはもっとロマンチックなところが良いんだけどー」
なんだろう。違和感⋯⋯なんだと思う。
アカネは⋯⋯こんな感じだったか?
今、俺の目の前にいるアカネの猫撫で声を聞くたびに、その思いが強くなる。
俺の知っている彼女は、負けず嫌いで、何事も一生懸命で、周りへの気配りが上手な⋯⋯。
「というかその歳でまだウブなのかよ!」
「いいじゃん別に〜」
彼女へとカードを向ける。
するとイラストが徐々に描かれ始めていき、その下にある効果欄にも文字が打ち込まれ始める。
それらは最初、靄が掛かって霞んでいるかのようだったが、段々とその全容を見せていった。
「じゃあまずはキスしよキス!」
「んー、それならまぁ⋯⋯」
「⋯⋯キスしても、いいよ」
⋯⋯そんな君が、好きだった。
「『看破』しろ」
気が付いたら声に出ていた。
どれほどの声量かは分からない。
なんでそう言ったのかも、分からない。
けれど、その言葉に応えるかのように。
今の彼女のアストラルカードが、映し出された。
────────────────
名称:御影 アカネ
種族:人間
攻撃力:100
守備力:100
ステータス:
催眠状態【魅了】【発情】
催眠状態により【恐怖】【混乱】は一時的に抑制されています。
────────────────
「は?」
催眠状態?
それは⋯⋯恋をすると盲目になる的な⋯⋯。
いや、明らかに違う。
催眠で【恐怖】と【混乱】を抑えつけるってなんだよ。というか【魅了】ってなんだよ!
ただ、不幸なことに。
どうやら二度目の見逃しは無かったようで。
二言目を発した瞬間に、カードを向けていた先の人物──アカネがこちらを向いていた。
「えっ?」
彼女がこちらに気が付いて。
その顔が段々と暗いものへとなっていき⋯⋯。
「嘘、なんでここに⋯⋯トウマ⋯⋯」
気が付いたら、彼女のカードが更新されていた。
────────────────
名称:御影 アカネ
種族:人間
攻撃力:100
守備力:100
ステータス:
【恐怖】【混乱】【困惑】
────────────────
「嫌ッ、触らないでッ!!」
次の瞬間、アカネは隣にいた男を突き飛ばす。
男は呆気に取られていたせいか、その対応に一歩遅れて、後ろへとよろけてしまう。
その隙を見逃すことなく⋯⋯こちらを一瞥した後、アカネは神社を去っていった。
「⋯⋯⋯⋯アカネ?」
催眠状態が、突然解かれた?
それに合わせてアカネが逃げていった⋯⋯?
そう考えるのも束の間。
気が付いた時には、先程までアカネの隣にいた男が、今度は俺の目の前に立っていた。
「おい。盗撮しただろ」
声には怒気を孕んでいる。
それもそうだ。あと少しで口説き落とせそうだったのだから。それを邪魔されれば嫌な気分にもなるだろう。
「してねぇよ。というか『催眠』って何だよ」
「⋯⋯っ!」
そう反論すると、男が一瞬、答えにどもるような反応を見せる。
まさか本当に、催眠術なんてあるのか⋯⋯?
「うるせぇ!テメェ盗撮してたんだろ!スマホ出せやぁ!!」
「だからそんなことしてな────」
────刹那、視覚外からの強烈な鈍痛が、顔側面を襲った。
目の奥で火花が散るような感覚を得た後、そのまま意識が闇の中へと沈んでいってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます