秘密

__私、人の記憶に残らないの。



そんな話、突然言われても信じられないのが普通だろう。

咄嗟に返事ができなかった僕を見ても、なんてことないように三澄さんは話し続ける。

「正確には、私のことを覚えていられるのは24時間だけ。

後は私の存在を認識できなくなるし、私との思い出も残らない。

きれいさっぱり記憶から無くなるの。」


突拍子もないことを言っているのに、いつもの無表情な三澄さんに戻っているからか、さっきより驚きは少ない。

いや、そもそもどういうことだ?

24時間しか記憶に残らない?

それなら僕はなんで3日経っているのに三澄さんのことを覚えているんだ?

もしかして僕のことをからかっているのか?


でも、返事に困っている僕の前に立つ三澄さんは、どう見ても大真面目な雰囲気で、嘘をついている様には見えない。


それに、三澄さんが毎日授業中に使っているのは、紫色のキラキラしたシャーペン。

布製の筆箱には、ふわふわした茶色の猫のキーホルダーがついている。

今日も英語の授業中、机の横に垂れたふわふわが、視界の端で揺れていた。

三澄さんが存在しているという、疑いようのない事実が、僕の頭に浮かんでは消え、ますます理解が追い付かない。



「ごめん。話が見えないんだけど、つまり僕が君のことを覚えているのがおかしいってこと?

でも、普段授業を受けているのに、誰も覚えていないなんてことあり得る?

だって、三澄さんの席は今もあるじゃん。」


思わず一気に疑問をぶつけてしまったが、相変わらず三澄さんは無表情なままで、何を考えているのかわからないままだ。


「そう。君はこの世界で唯一私のことを覚えている。

それから、学校の皆は私の席を空席だと思ってるはずだよ。

お化けみたいに実態がない訳じゃないから、私に触れるし視界にも入っているんだけど、姿形を認識できない。空気みたいなもんよ。」

「空気って...そんなファンタジーなことある?」

「私もそう思ってるけど、でもこれが現実。

明日登校したら、尾上くんにでも聞いてみたら?『三澄って転校生知ってる?』って。」


こともなげにそう言って、三澄さんはフッと鼻で笑う。


「きっと尾上くんは『知らない。』って言うよ。だって私のこと忘れてるんだもん。

それから、私が体育の時間いなくなるの気付いているでしょ?

いっつも教室から出る時、私の方を見てるもんね。」

まさかバレていたなんて思ってもいなかった僕は、思わず「え、いや。別に見てたわけじゃ...。」ともごもご言い訳をする。

ついでに気まずさを誤魔化そうと、意味もなく自分の履いているスニーカーを見つめた。

「まぁ、別にいいよ。君が思ってる通り、私は体育の授業に参加しない。

というか、チームを組んで何かするような授業には出ていない。

だって、相手が私を認識しないなら、参加できないでしょ?」

「あ、そうか。」


言われてみれば至極当然のことだ。


ただ、どこか夢物語のような展開に、なんだか狐に化かされているような感覚になってしまう。

まだ頭の整理が追い付かない僕を尻目に、三澄さんはスタスタ歩いて僕を追い越し、くるりと振り向いた。




「ねぇ、ちょっと付き合ってよ。私、友達できたことないから、放課後に誰かと寄り道するのに憧れてたんだよね。」

傾きかけた太陽が三澄さんを照らして、足元には影ができている。

たしかにお化けではないようだ。

まぁ、たしかに後は帰るだけだし、三澄さんの正体も気になる。




まだまだ謎を抱えていそうな三澄さんに、僕は答えずに後ろをついて行くことにした。









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