電車通学
三澄さんが転校してきて3日目、たまたま僕と下校のタイミングが重なった。
門を出て右に曲がったところを見ると、どうやら駅に向かっているらしい。
僕はこの時、三澄さんが電車通学だということを初めて知った。
しかも、僕と同じ方面に帰るようで、3番ホームで電車を待つ姿が見える。
そんなつもりはないが、後を付けたようになってしまい、なんだか落ち着かない。
クラスメイトだから話しかけたっていいのだが、あいにく涼のように気の利いた話術は持ち合わせていない。
僕は気付いていないフリをして、三澄さんから少し離れたところに並んだ。
ちらりと横を見ると、もう少しで夏本番という今の時期、ホームで立っているだけでも汗をかくというのに、三澄さんは涼しげな様子。
羨ましいなという気持ちと一緒に、タオルでガシガシと首筋を拭き、ホームに入ってきた電車に乗り込んだ。
プシュー
「えっ。」
自宅の最寄り駅で降りると、隣の車両から三澄さんも降りてきた。
想定外の状況に、思わず反射で声が出る。
小さな駅でホームも1つしかなく、乗り降りする人も少ないから、三澄さんから僕の姿も見えているはず。
ここで無視するのは、クラスメイトとしてあまりにもそっけないだろうか。
でも、何を話せばいいんだ。
「学校には慣れた?」とか?それとも、「三澄さんもこのあたりに住んでるの?」とか?
いや、無理だ。
どっちもそこから話を続けられる気がしない。
仕方なく普段はしない歩きスマホをしながら、僕は画面に集中しているフリをして改札を出た。
「ねぇ。」
しばらく歩いていると、突然後ろから声が聞こえた。
駅から家までは閑静な住宅街で、今は僕以外誰も通っていない。
つまり、僕を呼び止めているということになる。
くるりと後ろを振り向くと、なぜか三澄さんがそこにいた。
まぁ、近所に住んでいるなら帰宅ルートが同じでも理解できるのだが、いかんせん三澄さんがどこに住んでいるのか知らない。
だから、なぜ僕の後ろを歩いているのかもわからない。
そもそも、クラスの中でも目立たない僕を、三澄さんはクラスメイトとして認識しているのだろうか。
「僕?」
半信半疑で自分の胸を指さしながら、三澄さんに問いかける。
「そう。私の右斜め後ろに座っている君。」
あぁ、これは完全に僕のことだ。
席の場所まで把握されている。
「どうしたの?三澄さんもこのあたりに住んでるの?」
さっき頭の中で破棄したはずの質問を、つい口に出してしまう。
しまった!と思った頃には遅く、三澄さんは「うん。」とだけ答える。
それ以上の会話を想定していない僕の頭では、ここから何を話せばいいのか、話題の1つも浮かばない。
こんなことなら、涼に雑談のコツでも聞いておくんだった。
1歩ずつ近づいてくる三澄さんを見ながら、意味のない反省をする。
すると、手を伸ばせば届きそうな距離まで来た三澄さんがおもむろに口を開いた。
「君、私のこと覚えてる?」
「えっ...?」
「私が転校してきて、挨拶をして、それから後のことも覚えてる?」
覚えてるも何も、三澄さんが転校してきたのはつい3日前だ。
忘れるには短すぎる期間。
いくらクラスメイトが興味を持たなくなったからと言って、存在まで忘れられたわけではない。
もしかして極度の人見知りだけど友達がほしかったとか?
いやいや、だとしたらなんで僕に話しかけるんだ。
友達になるなら涼みたいな、明るくて楽しいやつが良いだろう。
「もちろん覚えてるよ。」
少し戸惑いを含んだ僕の返事に、三澄さんの目が見開かれる。
「それ本当!?私が今日までの3日間、何をしていたか覚えてるの!?」
普段の大人しい姿からは程遠く、大きな声で僕に詰め寄る三澄さん。
驚きと共に「こんな顔もできるんだ。」と、どこか他人事な感想が浮かぶ。
それにしても、三澄さんの様子は明らかにおかしい。
そもそもこの会話がどこに向かっているのか全然見えない。
「う、うん。それがどうしたの?
あ、でも、僕の席から君のことは良く見えるから。だから、たまたまだよ。」
普段から見ているなんて思われて、気味悪がられたくない僕は、慌てて言い訳を付け足す。
「私、人の記憶に残らないの。」
「えっ...?」
三澄さんの言葉に理解が追い付かない。
夕方だというのに照り続ける太陽。
その熱が僕の首筋をじりじりと焼いていく感覚が、やけにはっきりと感じられた。
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