月に踊るナナコ 後編

 アラートが響くコックピット内でナナコはただ混乱していた。目の前にいる、一世代前のレイファー。虹色のアフターバーナーが尾を引きながら、こちらへと照準を向けてくる。

 避けろ、と世話係が叫んだ。ハッとしてナナコはレイファーの身体をよじって、フレキシブルバーニアを可動させて急旋回を行う。

 かするように、光の粒子がすぐそばを通り抜け、敵のレイファーがバレルをパージしながら、近づいてくる。


「なんで攻撃してくるの!?」


 ナナコはチャージを終えたホーミングレーザーを発射しながら、敵機との距離を取るように動く。しかし、直線的な動きでは相手の性能の方が高いようで、じりじりと距離を詰められる。


「火星人に鹵獲されたのか……だとしたら」

「じゃあ、敵ってことだよね! 倒してもいいんだよね!?」

「いや……しかし……」


 世話係ははっきりとしない態度で言葉を濁す。ナナコはそんな世話係に苛々としながら、ロングレンジライフルを敵機へと向けた。


「さっきはフィールドで弾かれたけど、この距離なら!」


 バレルが赤熱する。チャージしたエネルギーを開放するとライフルの先端からビームが放射され、それは一直線に黒いレイファーへと向かって放たれる。

 ナナコの頭がずきりとまた痛む。声が頭の中で響くように繰り返される。聞き取れない言葉にナナコは眉間を寄せる。

 黒いレイファーはビームを回避して、背面にマウントされたミサイルポッドを展開して発射し、ポッドをパージする。無数のミサイルの群れが近づく。


「ちっ」


 ホーミングレーザーのチャージはまだ終わっていない。ナナコはバーニアをフルスロットルで稼働させて回避を試みる。しかし追尾ミサイルはそれを許してはくれない。

 腰部分のアーマーを展開して、チャフグレネードをいくつかばら撒き、爆発させる。キラキラと輝く粒子が拡散し、追尾していたミサイルたちは目標を見失い衝突しあって爆発した。

 

「全部は落とせなかった!」


 追尾ミサイルをロックオンして、ロングレンジライフルを構える。


「上だ!」


 世話係の言葉に視線を上へと向ける。こちらに狙いを定めた黒のレイファーがロングレンジライフルを向けていた。

 くっと唇を結んでナナコがバーニアを吹かせて回避を試みると同時に、敵機のビームが目の前を横切り、自機のロングレンジライフルを貫いた。ナナコはすぐさまライフルを手放し、マシンガンへと持ち替えてミサイルを迎撃する。左腕側に見えるゲージが満タンになったのを感じて、すぐさまホーミングレーザーで残ったミサイルを打ち落とした。


(――レヴ…………ヴ……)


 その瞬間、衝撃がコクピット内を揺らした。カメラ一杯に黒のレイファーの姿が捉える。銃口がレイファーの腹部へと当てられ、ナナコは反射的に黒のレイファーのマシンガンを掴んだ瞬間、ビームがばらばらと自機の脇をすり抜けるように後方へとばら撒かれた。マシンガンを掴んだまま、ナナコは身体を捻って、黒のレイファーの腹部を蹴りつけて、その勢いのままバーニアを吹かせて距離をとり、引き抜いたマシンガンで追撃した。ビームは敵機が展開したフィールドに弾かれて効果はない。


「――距離を取ったらフィールドで弾かれる……。こっちも懐に飛び込まなきゃだめか」

(――ヴ……レヴ……)


 世話係がそう呟く。ナナコは頭を振って、銃を構える。


「あんた……この声聞こえてないの?」

「声……?」


 自分の頭の中にだけ響いているのか。ナナコは言いようのない不快感を感じていた。なぜならその声はどこか自分の声に似ていたからだ。


「さっきから声がするんだ。――何かを呼んでるような……」

「呼んでる……」


 そう、呼んでいる。呼び声なのだ。この声は。


「レヴ……レヴって……」


 そうナナコが言った瞬間、世話係の呼吸が一瞬止まった。

 それは長い、沈黙だった。きっと一瞬のことだったのだろうが、世話係がゆっくりと口を開くのが感じられた。


「……そこにいるのか……」


 震える声。潤みを帯びた声が耳に届いた。


「おまえがいるんだな……――773」




 ノートに走らせるペンを止めて、窓から空を見上げた。星はまるで見えないのに、光の線が空をきらきらと走っていくのが見えた。時々月の周りで見える、虹色の光。ナナは勉強の手を止めて、空を見つめた。


 どうしてだろう。あの光を見ていると少し悲しい気持ちになる。頬杖をついて、光を追う。


 この物悲しさは何かに似ている。どの感情に近いだろうか。スマートホンの画面をタップして、じっと通知欄を眺めてみる。先ほど先輩に送ったメッセージから返信はまだない。

 何となく、その寂しさに似ている気がした。言葉も気持ちも届かないような、そんな寂しさ。


 窓の外を見ると、空で光が交差するように走った。それはけっして重ならない星の光に見えた気がした。


「……レヴ?」


 どうしてだろう。言葉が口からもれた。人の名前だろうか。どうにも切ないその声は切実に何かを求めているような気がした。

 ナナは一人、胸元に手を組んで目を瞑った。


 どうか離ればなれの星たちが、1つになれますように。




「773! 俺だ! レヴだ!」


 世話係――レヴの悲痛な声がコクピット内に跳ね返る。敵のレイファーの容赦ない攻撃が降り注ぐ。周囲にはオートマトンが群れをなして取り囲む。ビームマシンガンをフィールドで弾きながら、ホーミングレーザーでオートマトンを蹴散らす。


「通信は繋がってない――」


 どれだけ世話係が声をかけようが、その声は相手には届かない。ドン、とコクピットの壁を叩く音が響いた。湿り気を帯びた声が響く。敵のレイファーがロングレンジライフルをこちらへと向ける。目視できる予備のバレルは2本。フィールドを全開にして防御すれば耐えられるだろうが、リチャージの間隙だらけになってしまう。


(私一人なら、無茶もできるけどさ……)


 ナナコは口を真一文字に結んで黒のレイファーを睨んだ。


「――鹵獲されて、動かされている。生体ユニットは起動キーでもあるから乗せられてるだけって感じよね」

「あ、あぁ……レイファーにしては動きがオートマトンのパターンに似ている。オートマトンと連携を取っているのもそのためだろう」

「世話係……いやレヴよね。レヴはあの子を助けたいのよね」

「あぁ……しかし……」


 逃げ道を塞ぐようにオートマトンが取り囲み、小銃で攻撃をしてくる。そうして狙いを定めた敵のロングレンジライフルのチャージ光がきらめいた。


「ちっ」


 マシンガンでオートマトンを迎撃しつつ、強引にオートマトンの群れへと突っ込むように回避する。ホーミングレーザーを発射し、撃墜しながら、全力で回避する。高威力のビームが期待を掠め、フィールドで弾きながら、レイファーの脚部の装甲を焼いた。


「――何とかしてみる。失敗したらごめんだけどさ!」


 フレキシブルバーニアを揃えて、一直線に敵のレイファーへと近づく。ライフルのリチャージには時間がかかる。Mk-Ⅳにはホーミングレーザーは搭載されていない。ミサイルは打ち切り、近接武器はマシンガンと腕部にマウントされたレーザーブレード。

 二機は同時にマシンガンを引き抜き、旋回しながら互いを撃つ。フィールドで弾かれた流れ弾が、周りを飛んでいたオートマトンを撃墜していく。エネルギーパックが底をついて、ナナコは銃を捨ててレーザーブレードを引き抜いて接近する。それを察して敵のレイファーもブレードを引き抜いた。

 光の剣が交差して、ばちばちと弾き合う。ナナコは離れずに敵機の右腕を狙ってレーザーブレードを振る。視界にこちらのコクピットを狙う剣筋が見えた。熱が頬を撫でるような感覚。首を傾け、身体を捩じり、最大出力でバーニアを吹かせた。ロングレンジライフルを携行していた敵の右腕をナナコのレーザーブレードが貫き、二つの機体は絡まるように衝突し、コクピット内は衝撃が走る。敵のレーザーブレードが衝撃で逸れて、右バーニアを貫き、衝撃で手放された。


「レヴ! 声をかけて! 接触回線で聞こえるはずよ!」

「!」


 ナナコは手を伸ばし、ロングレンジライフルを掴んだ。


「773! 俺だ! レヴだ!」

「――……ヴ? レヴ?」


 儚い、今にも消え入りそうな声がコクピット内に響いた。


「あぁ、そうだ! 迎えに来たんだ!」


 敵のレイファーがびくびくと機体を痙攣させ、逃れようとする。ナナコは抱きしめるようにして、相手を逃がさない。


「――恋人同士の再会にさ。水差してんじゃないわよ」


 ナナコはMk-Ⅳから奪ったロングレンジライフルを構えた。Mk-Vに残った予備のバレルを装填する。エネルギーパックを通じて、ライフルにエネルギーがチャージされる。

 ナナコは片目を瞑り目を細めた。レイファーのカメラがズームし、その先には敵の赤い戦艦の姿が映った。


 察するように、周囲のオートマトンが集まりだす。射線を切るように大量のオートマトンが視界を埋める。


「ちっ」


 暴れるMk-Ⅳを抑え込みながら、移動を試みるが、レーザーブレードに貫かれたフレキシブルバーニアでは思うように動くことができない。羽虫のようなオートマトンが陣形を組んで攻撃を開始する。小銃に寄る攻撃にナナコは慌ててMk-Ⅳを包み込むようにフィールドを展開して防御する。


 ――この場から離れなくちゃいけない。けれど機動力を落とされたレイファーではオートマトンを振り切ることもできない。小銃が通じないと気付いたオートマトンが、今度は体当たりをするため、一直線にこちらへと向かってきた。


 万事休すだった。数度の衝撃と爆発。このままでは半壊しているMk-Ⅳが持たない。

 バーニアを吹かす。抵抗するようにMk-Ⅳが反発するようにバーニアに点火する。


「きゃあああああ!」


 オートマトンのぶつかる衝撃に773の悲鳴がコクピット内に響く。その時だった。


「手を伸ばして!」


 どこか幼い、女の声。顔をあげるの目の前の何もなかったはずの空間に小型移動艇が光学迷彩を解除して姿を現した。小型移動艇に取り付けられた小さなコンテナのパネルラインに沿って青白い光が走る。見覚えのある形状。あれはただのコンテナじゃない。


「――あれはコクピットブロック……!?」


 考えるより先に手を伸ばしていた。左手に持っていたレーザーブレードを投げ捨て、小型移動艇を掴む。メガブースターが点火して、オートマトンたちを引き離すように急加速した。ばらばらと剥がれ落ちるようにオートマトンがレイファーから離れていく。


 距離を置いて停止すると、再びナナコは戦艦に照準を定めた。


 引き金を引く。チャージされたエネルギーが放出され、バレルは赤熱し、高出力ビーム砲が、宇宙を切り裂く線となって走った。

 レイファーの遥か先で、最後の戦艦が轟沈する。同時に暴れていたレイファーが停止した。


「――コクピットブロックを切り離すよ」

「773、コクピットを切り離すからな」


 聞いたことのない、優しい世話係の声。ナナコは最後のバレルを使い切ったライフルを投げ捨て、レーザーブレードでMk-Ⅳのコクピットブロックを丁寧に切り離し、Mk-V本体を手放した。小脇にコクピットブロックを抱えて、小型艇に機体をロックさせる。


「このまま地球へ向かう。ナナコ、フィールドを前面に展開、メガブースターで短距離ジャンプをする」

「了解だよ、世話係!」


 前面にフィールドが展開される。虹色の粒子を放ってブースターに火が灯る。加速している世界の中、一瞬のワープの後、足元には巨大な地球が広がっていた。

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