幕間 セーブルの記録

――静寂より、君たちへ


記録開始:第三紀 残光の月/影の都・最下層

記録者:サーブル(死神セーブルの残滓)


 光が、強すぎる。

 空も、大地も、人の心までも、焼かれはじめている。

 死が薄れたこの十年――

 わたしの沈黙は、もはや世界の安らぎをもたらさない。


 死神としての“理”が消え、

 人々は「終わらない生」を祝福のように受け取った。

 だが、終わりを失った命は、循環を忘れる。

 果実が腐らぬように見えて、種を残せぬまま滅びるように。


 ――だから、わたしは生まれた。

 セーブルの記憶の残滓として。

 終わりを思い出させるための影として。


 けれど。


 光の子と理の子――ギュールズとアジュールに出会い、

 わたしは理解した。


 “死”とは、滅びそのものではない。

 留めるための静けさなのだと。


 ギュールズは、太陽そのものだった。

 生を咲かせ、命を焦がす。

 けれど彼の光は、ただ眩しいだけではなかった。

 それは、誰かの明日を照らそうとする“熱”を持っていた。


 アジュールは、理の結晶だった。

 感情を理解しきれずにいながらも、

 誰よりも他者を傷つけまいとする“優しさ”を宿していた。


 ふたりの間に生まれた色は――紅でも蒼でもない。

 黎明(れいめい)。

 夜明けの、あの柔らかな光の色。


記録断片:声データ(転写)


「死神セーブルよ、

 もしもこの世界に、もう一度“死”を戻せるのなら、

 どうすればよかったんだろうな」


 ……それは、わたし自身の心の声だった。

 かつての主――セーブルが消える直前、

 “ヴァート”という導き手に託した願いがある。


 『死は終わりではなく、還るための道であれ』


 あの時の彼の静けさを、わたしはまだ覚えている。

 そして今、その道の先に立つのがギュールズたちなのだろう。


 世界は変わる。

 光が過ぎれば影が生まれ、影が濃くなれば光が射す。

 生と死、理と感情――それらは対ではなく環。


 ギュールズ。

 お前の炎は、罪ではない。

 それは、世界をもう一度“息づかせる”ための火。


 アジュール。

 お前の理は、冷たくなどない。

 それは、光を暴走させぬための優しさ。


 どうか、互いを信じ、歩み続けてくれ。

 この世界に再び“静寂”が訪れるその日まで。


記録終端:自動保存

最終音声残響:


 ……ありがとう。

 死神は、もう眠る。

 けれど君たちがいる限り、

 “終わり”は再び、生の一部として息をするだろう。


 記録はここで途切れる。

 光の粒が、頁から零れ落ちるように消えた。


 ギュールズはその音を聞いて、

 しばらく何も言わなかった。


 やがて小さく笑い、呟いた。

 「……あんたも、ちゃんと生きてたんだな、セーブル」


 アジュールは頷き、

 指先で黒い花をそっと胸にしまう。


 「理の記録として、ちゃんと残しておくよ。

  君の“死”が、僕たちの“生”を導いた証として」

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