第1章 ハニー・ブレンドの出会い
📘あらすじ
五十二歳、離婚三年。
平穏な毎日を壊したのは、「出会い系ってやったことある?」という一通のLINEだった。
もう恋なんてしない――そう思っていたのに。
湯気の向こうに見えたのは、忘れていた“ときめき”の香りだった。
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第1章 ハニー・ブレンドの出会い
本編
午前6時。
古いアパートのキッチンに、コーヒーの香りが漂う。
橘美香(たちばな・みか)は、ドリップポットをゆっくり傾けながら湯気の向こうを見つめていた。
離婚して三年。五十二歳。
子どもは独立し、今は一人。医療事務の仕事を続けながら、ようやく心の波が静まってきたところだった。
「よしっ。今日も、ちゃんと行こう」
小さくつぶやき、鏡の中の自分に笑みを向ける。
しわが増えた目尻、白髪が混じる前髪。
でも、そこには確かに“自分を取り戻した顔”があった。
昼は病院で事務処理、夜はひとりの時間。
そんな単調な日々を壊したのは、ある日届いた一通のLINEだった。
──『久しぶり!ねえ、美香、出会い系ってやったことある?』
送り主は高校時代の友人・里香。
再婚して幸せそうな彼女が、まるで新しいおもちゃを自慢するようにメッセージを送ってきたのだ。
「出会い系なんて、若い子の遊びでしょ?」
笑いながらも、美香の指はスマホを滑っていた。
興味と少しの寂しさ。
“誰かにまた、見つめられてみたい”という淡い願いが、心の奥に灯った。
アプリに登録したのはその夜のことだった。
プロフィール欄には正直に書いた。
《離婚歴あり・子ども独立・医療事務勤務・趣味:カフェ巡り》
数日後、ひとつのメッセージが届く。
──『はじめまして。僕もコーヒーが好きです。仕事帰りに淹れる一杯が楽しみで』
送り主の名は
一ノ瀬隼人(いちのせ・はやと)。
年齢は四十八。地方で小さな介護事業所を経営しているという。
写真には、白シャツ姿で柔らかく笑う男性。
どこか少年のような眼差しに、美香の胸がわずかに高鳴った。
メッセージのやり取りは日常の癒しになっていった。
仕事の愚痴、好きな音楽、カフェの話。
文字の一つひとつに誠実さと温もりがあった。
「こんな人、まだいるんだ」
いつの間にか美香の朝は彼の言葉で始り、夜は彼のメッセージで終わるようになった。
まるで学生時代の恋に戻ったようなときめき。
だが、今回は違う。
これは“推し活”だと自分に言い聞かせた。
彼の夢を応援すること、それが今の私の生きがい。
ある日、隼人からこんなメッセージが届いた。
──『今度、名古屋で介護業界のセミナーがあるんです。もしよかったら、コーヒーでもいかがですか?』
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🌸第2章
📘あらすじ
出会い系アプリで出会った一ノ瀬隼人と、ついに現実で会うことに。
友人・里香から
「すぐ信じちゃダメ」
と止められながらも、美香の心はもう止まらない。
鏡の前で何度も服を選び、胸を高鳴らせる五十二歳の恋。
初めて会った隼人は、想像以上に優しくて、誠実で――同じハニー・ブレンドを好きな人だった。
笑い声がカフェに溶け、心が軽くなる。
恋というより、これは“推し活”の延長かもしれない。
でも、美香の中には確かな灯がともっていた。
それが、甘くて少し危ない香りを放つことも知らずに。
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