第8話 fin,
「何回か来たことあるけど、全然気づかなかったな。灯台下暗しってやつか?」
眼前にそびえるのは大きな木製の扉。両開きに作られた扉を基準に置いた時、この建物はけして見劣りをしない広大さを兼ね備えていた。
「無理はないと思います。道中で軽く話を聞いてみましたが、ほとんどは新規加入者。実態を理解しきっていない様子でした。」
掲げられる看板に秘められるのは、一頭の角張った龍と、その首にさしかかるような分厚い両刃。それは、この施設を最も体系的に表すエンブレム。
「耳障りの良い言葉に乗せられたという方々がほとんどでございましょう。ガダール=ライクトン様のような聡明な方々は既にこの街から手を引いていると見て間違いないかと。」
最も有名な史実並びに英雄譚。そして、積み上げた最初の権威。
「ほ、本当にいくんですか?」
通称、
「子供が玩具を散らかしたままじゃ、安心して歩けないですから。」
木製の扉に両手をかけて、クラムは歪に頬を曲げて笑う。
「こっからは大人のお片付け時間ですよ。」
声ばかりが先ほどまでのクラムを真似ているようで、その顔はまるで他人であった。
「お邪魔します。」
「……おや、本日はもう閉店ですが。」
特徴的なエンブレムを胸元に付ける受付の男が、平然とした様子で来客を迎え入れる。
「閉店の割には、ずいぶんと人が残ってるようですが?」
「あぁ?」
その言葉に不快気な反応を示すのは、エンブレムを付ける男の付近に群がる筋肉質な一人の男。
「職員様が閉店っていってんだ、早く帰れよ。」
威圧的な態度を隠すことなく、敵意を顕にクラムを覗き込む。
「僕たちが帰ったら貴方達は困るんじゃないですか?それとも、見かけ倒しで自信がないとか。」
しかし、それを嘲るようにクラムは目を細める。
「はぁ……バレてますか。」
つまらない様子で吐かれたため息はずっと不気味なものであった。
「とは言え、多勢に無勢ですよね。援軍が来ている様子もない……一体何をしにここへ来たんですか?」
カウンターから身を乗り出した受付の男は、長く前に垂れた髪の毛をかき上げると嗜虐性を孕んだ瞳を露わにする。
「生憎、さっき説明をしてしまいまして。同じことを何度も言うのは格好がつかないので控えさせていただきます。」
相対するクラムは皮膚を覆う黒手袋をわざとらしく引っ張って、パチンとこ気味の良い音を立てる。
「それなら、だいぶ格好わるいですよ。今の貴方。」
「
再び、花が咲く。燦々とした飛沫を花弁に急激に開き、急激に散っていく。場所は胸より上で頭より下。頭部と胸部をつなぎとめる一本橋、首。
「見えなかったでしょう。薄汚れた貴方では。」
「ごっがぼっ!!」
あふれ出る血流に自ら溺れていくクラムを尻目に、エンブレムの男は愉快げに声を続ける。
「小さく小さく圧縮し、限界まで射出速度を高めた風の刃です。当たれば血管が千切れて出血死、難点は時間がかかる点と制御が利かない点でしたがここまでお付き合いいただければ外しません。」
咲いた花を育てるように雨が降って、壁が染め上げられる。その血液量は人一人の生命を終わらせるには十分過ぎるものであった。
「自らの血で溺死とは、蝿に相応しい無様な死に方ですね。さて、お次はどの方が?」
「
「はい?」
裂かれた皮膚から吹き出た血液のせいか、すっぱりと断たれたはずの首は乱雑に千切られたような打面をさらしていた。支えを失った頭部は唯一張り付く薄皮1枚に振り回される。
「んな、なんだテメェ!?」
振り回される。大きく振られる手に足に。頭部をプラプラと垂らす体は、わざとらしく姿勢を正して血で満たされた床を弾く。
「くっ、首がないのに動いてる!?」
それを、一歩ニ歩。交互に差し出される足は明確に群がる集団へ走り出し、その異様な光景に各々が声を上げる。そんな声がより一層高まったのは、ぶちりと音を立てて首の皮がちぎれたとき。万有引力に習って床に落ちた頭部は一層強く口から血を吐き出して空気を求めるように大口を開ける。
「いでっ!?がはっ、はぁ……んっ、ゔん!あ、あー……」
肺を失い、声門が断たれたはずの口は走り抜く体を見送るように言葉を送る。
「寄るなァ!!!!」
大きく腿をあげて動く体に向かって、集団の一人が剣を振り上げる。掲げられた銀刃が左肩を裂いて、右半身の腰までを斜めに横断するはずであった。
「
一足先に胸部が開かれる。ジッパーを半端に開いたように縦に皮膚が裂けて、肋骨をさらしだしてペラリと開く。シャツの襟にも似たそこから這い出るように姿をあらわすものがある。
「ヒッ!?な、なんなんだよコレェ!?」
橙色の巨大な手。血と臓物にまみれるソレは、平坦なひらを元に先を五つに分け、途中に関節をいくつか挟み、ついぞ先端をそれぞれ鋭利な爪で補う。
「
声に反応するように、這い出た手は眼前で怯える者たちを乱雑に薙ぎ払う。手のひらが肉に食い込んで壁に叩きつけれる者がいた。指先に皮膚を切り裂かれて床に伏せる者がいた。混ざり合う血は床をより染め上げ、激痛にのたまう絶叫がギルド内部の賑やかさを思い出させる。
「さて、と。」
気がつけば、眼前には3人と一つ。そのうちの女が落ちた頭部を抱え上げる。
「多勢に無勢ですが、どうします?」
周囲には、人がいない。
「な、なんっ、何なんだ!お前は!?」
頬に垂れる血は他人の物であるはずのに、まるで体から抜け出たように体温が急激に下がり体内に種を宿す。
「……そうだなぁ。」
ソレは冷や汗を水に芽を、すくむ足を栄養を花を咲かせて、次第に一つの感情を実らせる。
「英雄が残した負債を片付ける為に編成された王都直属の番外組織。」
それは、濁りのない恐怖。
「
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