第2話 嫌われ者の僕たちは
「ところでクレーム対応ってなんのクレームなんすか?」
ガタンと強く揺れた馬車内でショークは小首を傾げてこちらに問いかけてきた。
「報酬金が少ない、もっと寄越せってクレーム。」
口を開けば思わずため息が溢れてしまう。こんな馬鹿らしいことに時間を使わなければならないだなんて。
「え?でも依頼はギルドから取ってきてるんすよね。ウチとは無関係じゃないっすか?」
「ふふっ、少し退屈だけど詳しく話す?」
馬車の角でカラベルがカタカタと口を開いた。勿論、それは馬車に揺られているからではあるのだが、そうも両足を開き脱力されていては本当に人形が喋っているように見えて怖い。
「なら、僕が話しますよ。いいですか?クラム総班長。」
「おぉ、頼んだ。」
コホンと一つ咳払いを挟んでマルクスは話を始める。
「まず前提として、ギルドは仕事を依頼する機関じゃありません。」
「えっ、まじっすか?」
確認を取るような視線にコクリと頷く。
「ギルドはあくまでも仲介業者。依頼人と請負人を公的に繋ぐ機関なんです。」
「そうね。ギルドは仕事を紹介する……斡旋屋みたいなものね。」
不気味の谷現象に差し掛かるカラベルは感情の乗った言葉で補足を付け加える。
「斡旋屋……でもだからといってウチに対する立場はなんもかわんないっすよね?金額の話は依頼人とすればいいじゃないっすか。」
「それがそうともいかないんですよ。」
筋書き通りの反応だったのだろうか、マルクスは生き生きとした様子でさらに口を開く。
「原則として、依頼人との直接交渉は違反行為とされています。これには明確な理由があるのですが、わかりますか?」
「えぇ~?……カラベル班長、パスで。」
うんうんと頭を悩ませた割には即刻で投げたな、こいつ。
「ほぼ確実に諍いに発展するからね。」
そんで答えるんだ。
「そうです。これはギルドが設立された理由でもあるんです。」
続けるんだ。
「元々ギルドがない時代は依頼人との直接交渉が定石でしたが、正直な所問題点だらけでほとんどの人が視野に入れない行為でした。騎士団も今よりは活躍していましたから。」
「問題点ってなんすか?」
ショークはショークで人を乗り気にさせる相槌が美味いのだろう。マルクスは楽しげに口を走らせていく。
「まずは不誠実性ですね。依頼人が報酬金を払わない、依頼人を脅して報酬金を余分に支払わせる。ペナルティも法的な拘束力もない個人間での話し合いでしたから、国や公的な組織は介入できませんでした。」
一つ人差し指が立てられる。
「次に問題となったのは治安の悪化。討伐依頼が多い地域では帯刀の許可がおり、一般でも武器を持ち歩ける状況になりました。それは次第に普及していき、ついには街中で武器を所持していても咎められることはなくなりました。」
一つ中指が付け加えられる。
「そしてこれが一番の問題、匿名性です。」
最後には薬指が上がった。
「依頼人との直接交渉ですから、相手が素性を偽れば当然騙されてしまいます。ただの薬草採取のつもりが、犯罪の片棒を担がされていただなんてよくある話で、なかには知らずの内に人を殺してしまったという事例さえあるらしいです。」
「はぇ〜恐ろしっすね。」
また一つガタンと馬車が揺れる。
「そんな現状をまとめて解決するために設立されたのがギルドです。公的な機関を挟むことで金銭問題を解決し、身分証を発光することで身元を押さえ、下手に武器を使えば処罰を下せる……よくできた組織だと思います。」
立てた3本の指先を左手で包み、手は握った状態へ戻る。
「さて、少し脱線しましたが本題はここからです。直接交渉がギルドによって禁じられた結果、なぜ僕たちにしわ寄せが回ってきたのか。」
「ふふっ、やっとね。」
ゴクリと生唾を飲むショークを見据えるカラベルは子供をあやすように声を上げた。
「ギルド設立に伴い、最も恩恵を受けたのは失業者や貧民です。誰でも登録を済ませれば身分を得られ、依頼は数多。多少の危険を犯せば食いつなぐのは簡単になりました。それでも依頼に対して人手不足は慢性的なものでしたが。」
カラカラと車輪は回る。
「しかし、ある時を境ににその状況は逆転します。ギルドに所属する人々が大量に増え、依頼が追いつかなくなる。ショークさん、わかりますか?」
「あーなんか研修のときに聞いた記憶あるっすね。……覚えてないっす。」
カチャリとチャイナグラスを人差し指で直すショークは諦めたよう口にした。
「世にも有名な、龍殺しのアイオクスの誕生ですよ。」
「あぁ~知ってますよ!おっきな龍倒した人っすよね。小さい時はよく聞かされたっすね〜。」
今日一番元気よく頷くショークに、子供っぽいと笑ってしまうかもしれないがここに並ぶ面々はどうもそうではなかったらしい。
「そうです。村の娘を生贄に要求する邪龍……伝説では山ほどの大きさであったとも言われる強大な龍をこれまた巨大な剣で一刀両断。次の生贄であった町娘を嫁にもらい、幸せな生活を送ったなんていうのが一般的ですかね。」
「そんだけおっきいと、バラすのだるそうっすね。」
「……。」
職業病とでも言うべきか、その視点は残酷な現実に目を向けることになる。
「こっからは、俺が話そうかな。」
「えっ?で、でも……。」
隣にいるマルクスの肩を叩いて、前に少しだけ乗り出す。
「頼む、そろそろ暇になってきた所だからさ。」
「わ、わかりました。」
いつもより深く帽子をかぶったマルクスが壁にもたれれかかるように息を吐く。……気を使わせてしまったかな。
「今から大体300年前、アイオクスが殺した龍は解体されることがなかった。」
「え?まずくないっすか、それ。」
先人がもっと早く気がついていれば。そんな恨み言を残してしまいたくなる。
「そうだな、山の大きさほどの死体は放置され続け次第に腐り感染病を広めた。死肉を食った鳥が、血が付き腐った木々が、有害な毒を噴出して瞬きの間に人工は激減。これは、最も象徴的な
「……ヒーロー、っすか。」
「全く、いつの時代も馬鹿よねぇ。」
そうだな、大馬鹿だ。
「その結果、王都の領地約1割が汚染地域に死傷者は50万以上。今でも汚染地域は人の侵入が許されてない……歴史に残した大きな汚点だ。」
「ふふっ、でもおかしいわよね?」
普段は人形のような顔をしているくせに、なんだって今は楽しそうに口をゆがめているんだか。
「龍殺しのアイオクスはその英雄譚ばかりが語られる。まるで、汚点なんてなかったかのように。」
「……。」
つり上がった口がカタカタと開閉を繰り返す。
「そうして、死体を放置した騎士団もまた何食わぬ顔で生きながらえている。未だ、国家武力の象徴としてね。」
出来の悪い操り人形をみているような気分だ。舞台で踊らされ、無茶苦茶に振り回されて、最後には糸が切れて投げ捨てられる。
「理由は単純、責任者が現れたからよ。」
有象無象に踊らされて、強大な力に振り回されて、最後には用が済んだと投げ捨てられる。
「それが、ギルド。正確にはギルド所属の番外部隊。」
まるで、あぁそれはまるで
「死体処理の命令を無視したと、ギルドがすべての泥をかぶることで、長い歴史のなかで恩を売りつけることにしたの。」
なんとも安上がりで出来の悪い
「その結果、英雄の汚点は語られず、泥を被り損失を受けたギルドも英雄譚に誘われた人々によって復権。今では権力のしがらみで動けない騎士団に変わって、事実上の軍事権を握っていると評価される。……史上最悪の災害は、権力枯渇者たちに利用されたのよ。」
英雄的をみている気分だ。
「……さ、ついたみたいね。」
ガタンと一度緩やかに揺れた馬車は目的地への到着を知らせるように小さく嘶いてみせた。
「あ、その……僕先におりますね。」
「私も、おしり痛くなっちゃったわ。」
「……えっと、そのクラム先輩。」
「お、どうした?」
遠慮がちに眉を下げるショークは手で壁を作り耳打ちを始める。
「結局、クレームがウチに来る理由って……?」
「あ〜そりゃ簡単な話しだよ。」
荷台に掛かった布を片手でめくれば、外ではカラベルとマルクスがこちらをみていた。耳打ちを始めたショークを追い越して、一足先に足をかける。
「俺たち、嫌われてるから。」
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