空の銃弾を
超論理的なチワワさん
鳩と銃と
聞きなれた目覚まし時計が今日も鳴る。
重い目を開き、見慣れた天井が視界に映る。私は何千回とこの目覚ましに覚醒を促され、そのたびにこの代り映えの無い天井を目にしてきた。
また、一日が始まってしまうのか。私にとってこの目覚まし時計は、唯一の希望から私の愚かさを象徴とする朝に引き戻す容赦のない時計だ。
身を起こし、辺りを見渡してみると、質素な部屋に一筋の光が窓から差し込み、私の足部分を照らしていた。そんな光景にただ、嫌気がさしていた。
朝身を起こし、私が初めに思う事は良心の呵責だ。
私が昨日何を考えていようとも、どんなに楽しい日々を送っていようとも、その苦しみは毎朝必ずやってくる。
まるで私に、自分の過去を風化させるなと、告げているような苦しみがずっと続くのだ。
そんな苦しみに数年間、ずっと耐え続けてきた。
人生とは、一体なんだろうか。かのアルベルト・アインシュタインは、人生とは自転車のようなものだと言い、倒れないためには走り続ける必要があるのだと、そう言ったそうだ。
彼の言説が正しかったとするならば、私の人生は、とうの昔に止まってしまっているのだろうか。
古びて錆びついた自転車は、どれだけペダルに力を加えようとも、前に進むことはない。
私がこれからの人生、どれだけペダルを漕ごうとも、進みようがないのだろうか。
朝食はパンとコップ一杯の水。
毎日同じような事を考えながら、毎日同じような朝食を食べる。ルーティン化されたこの日常について、アインシュタインは何を説くだろうか。
私の生きざまを見て、錆びついてしまった自転車を見て、私の人生を、人生となんて呼べない何か、歪なものであると、そう言うだろうか。
一向に答えが出ない問いに、私の朝は奪われてしまう。
何度、この脳みそが無くなってしまえば良いと思った事だろうか。
私は質素な部屋に置かれた机の正面にある椅子に腰を掛け、呼吸を整える。私の目の前の机には、1つ、辞典ほどの大きさの箱が置いてある。
今日で最後。今日で最後と、自分の中で暗示をかける。
それは、最後の希望に縋り喚く貧民にも、穏やかに死を待つ老体にも見える。
程なくして、私はゆっくりと箱の鍵を外し、中にあるものを取りだし手をかけた。
私は、手にかけた回転式拳銃、リボルバーのシリンダーを開き弾数を数えた。
大分前に入れたものだ、一発の弾丸が、シリンダーには入っている。その事を確認すると力強くシリンダーを回転させ、リボルバーを大きく振る。すると、リボルバーを振った反動でシリンダーはセットされた。
私はゆっくりとハンマーを引き、その銃口をこめかみに突き付けた。
つくづく、私は弱い人間であると思う。この期に及んで、私は明日、ペダルを踏みこむべきなのかどうかさえ、神に任せようとしているのだ。
ごめんなさい。先の戦争で、私を庇って散っていった仲間達、否恐怖に怯え私が見殺しにした仲間達は、ずっと私を見ているのだ。
私はどこまでいっても、臆病で、卑怯者で、ここぞという時に事をやり遂げれない、生きたがりの人間なんだ。
目を力強く閉じ、人差し指を引き金にかける。
人差し指に徐々に力を入れる。頬には、涙が流れていた。
「あっ」
引き金を引こうとしたその瞬間、部屋のベランダで一羽の鳩が鳴いた。目線を向けると、雲の隙間から入れ込む光の筋が鳩を照らし、その影が私の元まで伸びていた。
鳩は私から目を離さず、一度鳴いたきり再び鳴く気配はなかった。
運命の瞬間とは、突然訪れるものであると、私は確信した。
この一瞬が、人の運命を変え、世界に大きな変化をもたらすのだ。ブラジルで蝶が羽ばたくと、カリフォルニアで竜巻が起こる。
バタフライエフェクトと呼ばれる有名な言説だ。
私は、理解した。神は、それを望んだのだ。
私はゆっくりとリボルバーのシリンダーを開き、銃弾を抜いた。そして、同じ箱に入っていたもう一発の銃弾を込め、再びセットした。
本当は気付いていた。気付かない振りをしていた。それが、神の意志なのだと言い訳をし、日々を生きていた。
ごめんなさい。
私は銃口をこめかみに押し当て、ハンマーを引く。
先程とは違い、手足が震え、呼吸が荒くなる。あれ程この時を望んでいたじゃないか。毎朝目が覚める度に、今日こそはと願ったじゃないか。
つくづく、私には失望する。私は、どこまでいっても、生きたがりなのだ。
鳩は、変わらず私を見続けていた。また、目が合った。
私はゆっくりと引き金を引く。
バン、と街に銃声が響くと、鳩は羽ばたき、空へと逃げる。
彼の、その安らかな死顔さえ、一目見ず。
空の銃弾を 超論理的なチワワさん @cho_ronriteki_tiwawa
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