世界を救うたびにバグる魔法少女をニートなおっさんの俺が止めます!
万和彁了
第1話 ふわふわに。出会い
誰もが誰かに見られてる。
―No More Pray, Only Play―
伊藤烝治はニートである。ぼさぼさの頭に伸びっぱなしの髭で古本屋の店先で本を読むさまは誰の目で見ても怪しげに見えた。だが街を行く人たちは彼を一瞥だけして興味を失って歩いていく。風が吹けばなるのは風鈴か木々の葉の音だけ。烝治は静かに読書を楽しんでいた。手に取っている本のタイトルは「Hugo Grotius, On the Law of War and Peace」であり、英語で書かれていた。
「変な落書きあるな。前の持ち主は読み方がわからないやつだったみたいだな」
暢気にひとり言を言いながら本の落書きを擦って消そうとしている。だが消えず、烝治は諦めて大人しく本を棚に戻した。そして店から離れようと一歩踏み出した瞬間。周りの風景が変わったことに気がついた。
「……なんだ?フワフワしてる?」
淡い光の靄のようなものが街に降りていた。だが視界はクリアだ。違和感だけが烝治の胸にたまっていく。街の中を歩く。するとすれ違う人々がぼーっとスマホだけを掲げて突っ立っているのを見た。
「何を撮りたいんだ?なにを?」
ジョージは人々のスマホの先が一点で結ばれていることに気がついた。するとそこに影が現れる。それはだんだんと何かの形を作っていく。人の形だった。そしてきーんという音と共に影が砕けて中から青白いろう人形のような巨人が現れた。
「……え?これって……」
烝治はただ茫然とする。何か記憶に引っかかるような気がした。だけど思い出せない。頭が痛い。烝治は眉間を手で押さえる。巨人は暴れ出す。周囲のビルを殴ったり、道路を踏みつぶして街を壊していく。人々はそれをただぼーっとスマホで撮っていた。
「逃げなくていいのかよ?俺がおかしいのか?」
「街を壊すのはやめなさい!」
近くのビルの上から女の声がした。そこにはセーラー服を着た女の子がいた。
「いくら炎上したって暴れちゃダメ!わたしが浄化してあげる!変身!」
そう言いながら女の子は飛び降りた。そしてその体は光に包まれる。靴から徐々に光は解かれる。そして地面に着地するときにはファンシーで可愛らしいドレスのような姿になっていた。手にはM1ガーランドに似た銃剣のついたライフルが握られている。
「えい!」
女の子はライフルを構えた。だが銃床は肩の上にあった。慣れてない。そう烝治は思った。銃はピロピロとした音を鳴らしながら光の弾を放った。それが巨人に当たり、よろけさせた。だがまだ巨人は暴れ続けていた。
「まだ暴れるんだね?これならどう?!我は炎を鎮めるもの!すべては燃え落ち灰に帰れ!Arde ad cineres!!」
女の子がそう唱えると足元に大きく何かの文様が円形に広がっていき、銃口に光が収束していった。そして女の子は引き金を引いて、それは放たれた。人々はそれをスマホでパシャパシャ撮っていた。
「ooooooooooooooooooooooooooooooooow!」
巨人はその光に飲み込まれて一気に燃え上がり消滅した。
「焼却完了!!」
女の子は可愛らしくも誇らしげに笑う。そして持っていたライフルが消えて服装もセーラー服に戻る。
「ふう。これで平和が守られたね。ってあれ?」
烝治と女の子の目があった。
「スマホを構えてない?え?意識あるの?え?ええ?!」
女の子は慌てふためく。烝治はそれをただ冷静に見ていた。
「目が青いし外人さんだよね?I have English!!」
「Easy there, miss. You don’t need to speak English if you don’t want to.」
「わ?!どうしよう!全然わかんない?!」
「落ち着きな。日本語ならわかるよ」
烝治がそう言うと、女の子は目を丸くして言った。
「あの。今の戦い見てました?」
「うん。見てたけど」
「あの!誰にも言わないでください!!」
「なんでさ?」
「こんなのことがみんなに知られたらパニックになっちゃう!だから駄目なの!」
「……あー。まあそうだね」
「絶対に絶対に言わないでくださいね!」
そう言って女の子は去っていく。そして靄は晴れていき、人々がスマホを掲げるのをやめた。
「あれ?俺何してたんだ?」「なにかあったっけ?」「いけない!遅刻しちゃう!」
人々は何事もなかったかのように日常に戻っていった。だけど烝治だけが違和感の中に取り残されたのだった。
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