お願いです、もう救わないで!
戌の軍師
第1話 *主人公視点ではない
いつの頃からか、学校の屋上に足を向けるようになっていた。
硬い靴底が階段にぶつかり、擦れ、そして持ち上がるたびに、鈍い音が響く。
高いところから吹き降ろす風が鼻腔をくすぐり、少しむずがゆくなる――けど、悪くはない。この感覚は嫌いじゃない。
錆びた取手を右手で強く握り、力を込めて押し下げる。屋上の扉は古びて壊れかけていて、その錠前も同様に錆びついている。開けるのには毎回ひと苦労だ。
運が良ければ、恋に落ちたカップルが仲睦まじくしているところに出くわすこともある。連中は私に気づくと、顔を赤らめて足早にその場を去っていく。初恋の頃だ、青春を謳歌するのも無理はない。ついでに言っておくと、ここは女子校だ。
扉を押し開けると、蝶番がかすかにきしむ。扉の隙間から光が差し込む。すでに夕暮れ時というのに、太陽の光はまだまぶしい。瞳孔が縮むのを感じると同時に、反射的に眉の上に手をやる。
しかし、私にとっては――
目が強い光に慣れてくるにつれ、ひとつの人影が浮かび上がり、私の思考を遮った。扉を静かに閉め、観察するのに十分な隙間だけ残す。
「……な、なに?」
最初は目を疑った。
そこにいたのは、無色の少女だった。肌から髪まで、例外なく。我校の制服を着ているという一点だけで、彼女が噂の幽霈ではなく、ここに通う生徒なのだとわかる。
これは熱血バトル漫画でも、少女バンドアニメの世界でもない。大多数の人間の髪は黒か金、あるいは茶色で、青髪や灰黑色の肌をした「亜人」がいるわけでもない。
だから、この純白はことさら異彩を放っていた。
風に揺れる彼女の髪を陽光が透け、私の心の中に光の斑点を落とす。
いつの間にか息を殺し、私は彼女の細部までを観察することに集中し、自分がここに来た目的さえ忘れていた。
彼女は柵の傍らで数回、深呼吸をしている。肩の上がり下がりが見て取れる。
それから、両手を柵に置いた。真夏のこの時期、鉄の手すりに触れようと思う者など、まずいない。
続いて、両腕の筋肉が緊張して震えだし、全身が不自然に外側へと傾きはじめる――
彼女が何をしようとしているのか、私には理解できた。
……良かった、理解できて。
半ば閉まった鉄扉を勢いよく押し開け、私は両腕を広げ、よろめくように彼女へと走り寄った。追いかけるように、そして逃げるように。
大きな音に驚いたのか、それとも私の気迫に圧倒されたのか、彼女ははっとし、動作を緩め、振り返った。
その次の瞬間、私たちの額がぶつかり合い、澄んだ音を立てた。
「いてっ!」
私は彼女の腕をしっかりと抱え、額と額を合わせたまま、後ろへと倒れ込んだ。コンクリートの床を数回、転がる。
結局、私たちは屋上の地面で……非常に誤解を招きやすい格好で静止した。
彼女の両目は私から10センチも離れておらず、まつ毛も虹彩も、霜のように冷たい白一色であることに気づかされる。もうじき、はらはらと落ちてしまいそうなほどに。
それとは相反して、彼女の口からは湿った温かい息が吐かれ、自分の頬にはわずかに熱が宿っているのに気づいた。もしかすると、この吐息が運んでくる熱のせいなのか、それとも別の理由なのか。
「……離して」
少女が口を開くと、私は電気にでも触れたようにさっと両手を離した。彼女の蒼白い腕にはっきりと残る紫紅色の指痕を見て、初めて自分がどれほど強く握りしめていたかに気づいた。
彼女は私を押しのけ、上半身をひねって横向きになった。銀色の長髪が垂れ、彼女の半面を隠す。
「……何をするの?」
少女が問いかける声は、氷のように冷たく、私の耳朶で溶けていくが、青春時代の少女らしい活気に欠けていた。
「私が何? もちろん、あなたを助けるためよ!」
私は彼女をまっすぐ見据え、しどろもどろになりながらも、ありきたりな言葉を絞り出した。
「…………何があったのか知らないけど、自殺だけは絶対に良くないわ」
「私のことは……あなたに……関係ない」
彼女ははっきりと発音するためか、一語一語を引き伸ばすようにして話す。
いつの間にか、その曇った両目が再び私の前にあり、光を失っていた。何か無機質なもので置き換えられてしまったのではないかとさえ疑う。
彼女のその口ぶりは、悲惨な過去を背負った劇中の悪役を思い起こさせた。
その後なら、主人公はきっと正義を掲げて反論し、救いの手を差し伸べるものだ。そして夜明けの光の中、皆が幸福な結末を迎える。
残念ながら、その光は私のものではない。社交スキルの不足した私は、ただそこに棒立ちになり、もごもごと、まともな言葉さえも紡ぎ出せないでいた。
息が詰まるような沈黙がどれだけ続いただろうか。濃い霧の浮かんだその目がゆっくりと伏せられ、私はようやく重苦しい空気から解放された。
「あなたは……何も……わかっていない」
まずい、このままでは、彼女は再び死を選ぼうとする。
私は何かをしなければ。
「そうよ! 私は自分勝手なドクズなんだ!」
「……なに?」
意識の海の表面に浮かぶ言葉を必死にかき集めながら、考える。ほんの少しでも、彼女の足を止められれば、と。
予想外の言葉に驚いたのか、彼女はぱちりと目を見開いた。日が沈む直前の最後の光がその目に差し込み、かすかに色彩を帯びさせた。
「あなたのことを何も知らないけど、ただ一つだけわかってるの。もしあなたがここから飛び降りて死んだら、私はすごく悲しむって! だから、死んでほしくない! きっと、たくさん辛いことがあったんでしょう。だから……どうであれ、もし私に話してくれるなら、真剣に耳を傾けるし、真剣に向き合う。だから……」
……声は次第に小さくなり、自分でも自分が何を言っているのかわからなくなっていく。
再び沈黙が訪れた。彼女はそこに、冷たく、まるで時間が止まってしまったかのように佇んでいる。
「……ぷっ」
彼女はうつむき、笑い声のようなものを漏らした。
「……わ……かった、わかったよ」
彼女は床の埃で汚れた制服をはたき、私と少し距離を取った。
「それじゃあ……少しだけ、もう少し生きてみよう。もし、そう望んでくれる人がいるのなら」
彼女は顔を上げ、無理やり笑顔を作った。
彼女は「美少女」という呼称に何の違和感もなく収まる容貌の持ち主だが、その作り笑いは見ているだけで気分が悪くなるものだった。
――まるで、鏡を見ているようだ。
私が屋上に来たのは、ここから飛び降りるためだった。
突然、錆びた鉄の扉が再び音を立てた。小柄な女生徒が、入口から顔をのぞかせている。
「……あっ!」
「あ……」
私は慌てて膝を純白の少女のスカートの下から引き抜いた……しまった、今になってやっと、この格好が本当に無様極まりないことに気づいた。
「見たままじゃないのよ!」
「いえ、先輩、大丈夫ですよ」
小柄な女生徒は右手の人差し指を立て、唇に当てて、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「先輩が、こんなに可愛い女友達とこっそり付き合ってるって秘密、誰にも言いませんから」
いや、待て、本当にそういうんじゃなくて。
これが、忘れてはならない、忘れるべきではない――
この雪のように白い少女との出会いから始まる、私の人生で最もかけがえのない三百六十五日目の、序幕なのであった。
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