1-4 閑話・諸月家

 秋月桜(あきづきさくら)さんと別れ、その後アクタさんこと芥坂砂月(あくたざかさつき)と別れた後、バスと電車を乗り継いで一時間かけて帰宅した僕は、真っ先に風呂場に行って、肩に引っ付けられた油絵具を洗い始めた。


 汚れた箇所を水で濡らし、固形石鹸をこすりつけ、つまみ洗いをしていく。


 ただひたすらに擦っていくなかで、僕、諸月草介(もろづきそうすけ)はいつものように考え事をする。こういう単純作業をするときは、いつもより考え事が捗るのだ。


 今回ふと、というかおのずと浮かんできたテーマはやはり『普通』である。


 というか、秋月さんと同じ学級委員長になってから、だいたいの思考テーマはそれである。彼女が日ごろからあまりにも独り言で『普通』を連呼するものだから、しょうがないと言えばしょうがない、と思う。


 ただあまりにも普段から考えすぎて、ここ最近その思考もある程度パターン化してきたように思う。秋月さんの考える地球人像というか、普通の日本人像というのが優秀過ぎるとか、そのズレがなかなか修正されないのはどうしてだろうとか、いやいや認識のズレとか僕だって人のこと言えないだろとか、そういう感じである。


 そう、僕だって自分の認識が他人とは少々ズレている自覚はある。というか、アクタさんこと芥坂砂月(あくざかさつき)ことヤツに中学時代からイジられ、ヤジられ、ヤユられれば嫌でも自覚する。腹立たしいことだが、ヤツの人間観察眼は本物である。さすが「たとえ腕をもがれようとお絵描きも人間観察もやめないよ」と豪語していたヤツのことである。なんならそのときのためにと、筆を足の指に挟んだり口に咥えたりして絵を描いてみせたこともあったっけ。


 閑話休題。…いや、自分で言う? のもおかしいか。


 ゴシゴシ、ゴシゴシ、ゴシゴシ。うーん。


「普通。ふつう。フツウ。HUTU。『普通』…。うーん」


 しかし、普通って、何だろうなあ。


「……」


 いや、駄目だ駄目だ。早いとこ終わらせないと、家族が帰ってきて諸月家の入浴時間が始まってしまう。帰宅時間にもよるがだいたい妹が一番風呂だから、急がないといけないな。酷い目に合わされる。


 ゴシゴシ、ゴシゴシ、ゴシゴシ。うーん。


「遺影。鏡。『自己愛』。主観。客観……」


 地球人像。日本人像。あと、自己像。…それから、宇宙人像。


 うーん。


 うーん。


 うーん。


 とまあ、こんな感じで普段僕は単純作業のついでに考え事をする。いや今回は考え事のついでに単純作業、というふうになってしまっていたのかもしれない。


 無言で見下ろす妹に冷たいシャワーを浴びせられ、無言の圧で退場を命じられた僕の手に握られていたワイシャツの油絵具は、思ったほど落ちていなかった。


 ちなみにその後、妹に首根っこを掴まれ引きずられ、無言の指差しで風呂場の跡片付けと浴槽の掃除を命じられた。いつものように、質と速さを両立させつつ、妹様の機嫌が少しでも回復するよう願いながら洗った。


 結果、食後のコンビニプリンで済んだ。三百円ほどのカップアイス二個くらいは覚悟していたが、どうやら誠意が通じたようである。


 …いや、お母上が宥めてくださったお陰様か。いやあ、妹とは違う意味で、頭が上がりません。 四人家族と猫二匹の諸月家のカーストにおいてワーストワンツーを争う僕と父親ではどうにもなりませんでした。


 ちなみにちなみに、諸月家のカーストはこんな感じ。一位が人間の総意で黒猫のルナであり、三位が母親、四位が妹、そして五位と六位は…、という感じである。意外と妹の位が高くないのは、人間はお猫様に逆らえないというこの世の摂理と、母は強しという一種の母親像を体現して下さっている我が家のお母上のお陰様である。


「ねー、ルナ」


 僕は諸月家カースト一位、黒猫のルナさんの横に座る。しかし逃げられてしまった。どうやら母親におやつを貰いにいくようである。


 決して僕を避けたのではないのである。


 

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ヘタレ・ミーツ・エイリアン!! おもいこみひと @omoikomihito

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