ヘタレ・ミーツ・エイリアン!!
おもいこみひと
第一話 ある宇宙人の独り言
プロローグ/1-1 『普通』ってインフレしてるよね
僕には宇宙人の言葉がわかる。
何故なら小学五年の夏休み、ある宇宙人に脳みそを改造されたからだ。それ以来、僕はこの宇宙におけるありとあらゆる言語を瞬時に理解できるようになったのである。
宇宙人の言葉がわかると、日本のある地方都市に住む一介の高校生である僕の周囲にもちらほら宇宙人が潜んでいることがわかる。彼らは地球人などに化け、流暢な日本語を話し、上手いこと地域社会に溶け込んでいる。ただ彼ら宇宙人どうしで話すときや、独り言なんかでは彼ら独自の言語を用いるため、それを運良く耳にすることが出来れば、僕には彼らが宇宙人だとわかるのだ。
まあ、客観的に見れば、ありふれた電波人間の語りである。しかし語り手、すなわち僕は至って真面目だ。……いや、こんなことを真面目に語る人間こそを、電波人間というのか。
ともかく、僕には宇宙人の言葉がわかる。そして、僕の周囲にはちらほら宇宙人が潜んでいる。この二点を鵜呑みして、前提にして、これから僕が語る話を聞いて頂きたい。
*****
僕の隣の席に座る女子生徒、秋月桜(あきづきさくら)は宇宙人である。
秋月桜は至って『普通』の人間である。見た目も、性格も、どこにでもいる『普通』の人間である。『普通』に学業に励み、『普通』に友人と語らい、『普通』に学生生活を送る、『普通』の女子高生である。何なら本物の地球人女子高生よりちゃんと『普通』の女子高生をしている、『普通』のスペシャリストである。
いささか独り言が多い、というところを除けば。しかしそれも、僕を含めた周囲の人間からすれば些細な問題である。
ともかく、彼女は『普通』のスペシャリストである。『普通』どころか普通に学業に励むこともできず、普通に友人と語らうこともできず、普通に男子高校生をやれない僕からすれば、心底羨ましい限りだ。
なぜ、僕は秋月桜が宇宙人だということに気づいたのか。それは、彼女のよく独り言というのが、彼女の星、彼女の住んでいた国のものであろう言語であったらかだ。
なぜ、僕は彼女の言語を理解できたのか。それは僕があらゆる宇宙人の言語を理解できるからである。
なぜ、僕は彼女の言語が使われている星や国を特定できたのか。それは以前、彼女と同じ出自の宇宙人と出会い、話したことがあるからだ。その宇宙人の邂逅と僕の脳みそ改造には深い関わりがあるのだが、その話はまた後にしておこう。
ともかく話をまとめると、秋月桜という僕のクラスメイトは、限りなく普通の人間、普通の地球人として生きている宇宙人であるということだ。
以上が、高校入学から一年と少し、二年連続のクラスメイトとして彼女と接してきた僕、諸月草介(もろづきそうすけ)の見解である。
「隣の席の彼女が普通の女の子、ねぇ。普通がインフレしているよ諸月くん」
六月中旬、梅雨の中休みの放課後。二年三組の教室で中学時代からの数少ない友人、芥坂砂月(あくたざかさつき)はニヤニヤとこちらを見ている。この高校の美術科に所属する彼女は、あろうことかこの僕如きの人物画を描きたいと言ってきて、今正に向かい合って黙々と鉛筆を走らせていたところ、急にそんなことを言ってきたのであった。
ともかくまあ、口に出てしまっていただろうか。
いや、三度の飯より絵画と人間観察が好きで大得意であり、昨年の一学期この高校の全校生徒千人弱の似顔絵を描き切って見せたかの芥坂砂月先生のことである。付き合いの長さ関係なく人の心が読めたところで不思議ではないだろう。
ともかく。わかっていて、僕は言う。
「彼女って誰のことだよ。生まれてこの方彼女のいない僕を馬鹿にしているのか」
「馬鹿にしているね。『彼女』のことをガールフレンドのことだと勘違いして、勝手に被害者面している、ともかく星ともかく国からやって来た某ボーイフレンドのことを」
こっ、こいつ人の心を見透かした挙句、なんかうまいこと言いやがった。いや何もうまくないが。
「僕はお前のボーイフレンドじゃない。アクタさんだって僕が彼氏だなんて嫌だろうに、なんで自分から言うかな」
言うまでもなく『アクタさん』とは芥坂砂月さんのことである。
「私は恋人という意味で彼女だのガールフレンドだのと言っているわけじゃないよ」
アクタさんは鼻で笑う。そしてこう続ける。
「二人称って、ご存じ? 君だって日常会話で『彼女は』とか言うじゃないか。彼女いないのに」
冷静に考えてみれば、まあそうだろうなと。いや僕も最初からわかっていたさ。わかっていて、友人の即興に付き合っていただけさ。…まったく、僕のコンプレックスにこの人はずかずかと。
「…まだ何か勘違いしているみたいだけど、まあいいや。ほら出来たよ」
僕は差し出されたスケッチブックを受け取る。
鉛筆でそこに描かれたものを見て、僕は目をしかめた。描かれているのは確かに僕の人物画で、少なくとも素人目には、只々感嘆するばかりであった。…些か美化されているような気もするが。
いや問題はそこではない。
「あの、芥坂さん」
「なんだい諸月くん」
僕は、美化された自分を取り囲む真っ黒な枠を指差す。
「何だか遺影に見えるのは僕本人だけででしょうか」
「死相が見えたからね。しょうがない」
美化されているのが余計腹立つ。
「ははは。何というか、アクタさんにしてはチープな比喩じゃないでしょうか」
「諸月くんにはこれで充分だよ」
「……言ってくれるねぇ」
しばらくの間、変な睨み合いがあった。いや睨んでいるのは僕の方だけで、アクタさんはただただ僕のことを馬鹿にしていたのかも知れない。なんか笑うの我慢してたし。
という訳で、僕は話を戻す。
「とりあえずさ。アクタさんの言った普通がインフレしてる『彼女』って……」
「愛しの秋月桜のことに決まっているじゃないか」
隣の席って言ったじゃないか、と小馬鹿にしたようにアクタさんは言う。確かに僕の隣の席、より正確に言えば窓に接した列のいちばん後ろの席に位置する秋月さんの席というのは僕の隣の席になるわけだが、一体アクタさんは何が言いたいのだろうか。
いくら冷静に考えたって、わからなかった。
「愛しの、って誰の?」
「諸月くんの」
アクタさんは満面の笑みで、きっぱりと言った。
「大きくてくるりとした目。透き通るような白い肌。清流のごとく長く美しい髪。世話好きで聞き上手で笑顔が素敵な華の女子高生。二年連続で学級委員長を務める彼女が普通だと言うなら、この世に普通以上の女子高生は消滅しちゃうんじゃないかな」
こんな欲張りハッピーセットを普通とか、お前の頭も欲張りハッピーセットだな、と奴は締めくくった。
最後のは本当に余計だ。……でもまあ、確かに。アクタさんの言うとおりだ。
いやでも、そもそもの話、僕は別に秋月さんのことなんて好きではない。僕みたいな人間が人を好きになる資格なんてない。秋月さんみたいな普通に魅力的な女子相手なんてなおさらだ。
「実はね、もう一枚あるんだよ」
アクタさんは「めくってみて」と僕の両手に収まったままのスケッチブックを指差す。
僕は恐る恐る、アクタさんの言うとおりにした。
そこに描かれていたのは、果たして。
ただ一つ言えるのは、僕がその絵をビリビリに破らなかったことを褒めて欲しいということである。
そこにあったのは、鉛筆で描かれたピカソのような絵だった。ピカソのような画風で描かれていた僕だった。
ピカソ風の僕は、首がキリンのように長かった。キリンのように長い首が直角に折り曲がって、隣の秋月さんの席の方に真っ直ぐと伸びていた。勢い余って彼女の席を通り過ぎ、窓に顔を付き合わせる形になっているではないか。
そう。アクタさんこと芥坂砂月という女子は、こういう絵を描く人間なのだ。
当然、僕は激怒した。激怒して、顔が真っ赤になった。顔が真っ赤になった理由は、当然それだけである。
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