第21話
――翌日。
早朝からロッテは屋敷から少し離れた路地裏にいた。
メイド長には事前に許可を取り、出掛けることになっている。
ただ、アリーシャと出掛けることについては言っていない。
その点については、アリーシャに隠すように言われたからだ。
ロッテがアリーシャと繋がっていることが分からないようにする配慮、とでも言うべきか。
ロッテもメイド服ではなく、普段着で――再びここにやって来てから寝間着をメイド服で生活していた彼女にとっては久々だった。
「――ごめんね、少し遅くなったかも」
そう言って姿を見せたのは、フードを目深に被ったアリーシャだった。
普段から姫の正装 に身を包んでいた彼女も今日は私服――ローブは正体を隠すためもの。
ショートのパンツスタイルだが、アリーシャにはよく似合っていた。
「どう? 似合っている?」
「は、はい。でも、もう少し派手なドレスとか、着られるのかと思ってました」
「そんなに目立った格好はしないわよ、お忍びなんだから。それに、動きやすさを重視しているし」
「動きやすさ、ですか?」
「騎士だもの。いつでも動けるように――常に気を遣っているわ」
思えば、ロッテがアリーシャと再会した時も、彼女は似たような服装をしていた。
正体を隠していても、騎士としてすぐに行動できるように心がけている――その辺りは彼女らしい真面目さ、と言えるだろう。
「今日は主人とメイド――じゃなくて、あくまで友人として出掛けるから。そのつもりでね」
「ゆ、友人ですか……? それはちょっと恐れ多い――」
「私と友人にはなれない?」
ロッテを覗き込むようにして、アリーシャが問いかけてくる。
そうやって頼まれてしまっては、ロッテは断れない。
「うぅ、分かりました。善処します……」
「ふふっ、よろしく。私、こういう風に一緒に出掛けられる相手もいなかったから――楽しみなの」
本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてアリーシャは言う。
――確かに、幼い頃から騎士として鍛錬に明け暮れ、しかも家柄は大貴族の娘。
こうして普通に友人と出掛けるということ自体、ないのかもしれない。
もちろん、ロッテからすればアリーシャを対等な友人というのはあまりに恐れ多いのだが、アリーシャが望むのであればなるべく、そうありたい。
(で、できるか分からないけど……)
心の中で、ぽつりと自信なさげに呟く。
――そもそも、ロッテ自身、友人と呼べる相手がいない。
辺境地では年齢が近い人も少なかったし、こっちに来てからは――言わずもがな。
アリーシャが友人と言ってくれるのはロッテにとって嬉しくもあった。
「さ、そろそろ行きましょう」
アリーシャはそう言うと、ロッテの手を取って歩き出す。
手を握って、二人並んで歩くなんて――本当にデートみたいだ。
心臓が痛いくらいに高鳴ってしまい、まだ始まったばかりだというのに身体は持つのだろうか。
「あっ、ちょっと待っていて」
だが、歩き始めてすぐにアリーシャはロッテの手を離して、駆け足でどこかへと向かっていく。
先ほどまで握っていた手を確かめるようにして、少し寂しさを覚えてしまった。
「――って、アリーシャ様……」
ロッテがそう口にした瞬間――アリーシャは飛び上がり、素早い動きで戻ってきた。
身軽なフットワークに感心する暇もなく、アリーシャは人差し指を口元に当てながら言う。
「外で名前を呼んだらバレるでしょう、せっかくお忍びで出かけているのに」
「す、すみません。でも、それなら何とお呼びすれば……?」
「じゃあ、『アリス』って言うのはどう?」
「アリス、ですか?」
「そう! 二人きりの時はアリスと呼んで。昔、そう呼ばれていたの」
つまりはアリーシャの愛称というわけだ――だが、おそらくはそう呼んでいたのはアリーシャの家族だけであり、それこそ親密な間柄の人物だけ。
「そ、それはさすがに……わたしなんかがお呼びしていいものでは――」
「私なんか、って自分を卑下しないで。私が頼んでいるんだから。ほら、試しに呼んでみて?」
「ですが……」
「もう。仕方ないわね――なら、これは主としての命令よ。私のことはアリスと呼びなさい」
――命令。
そう言われると、幾分か気持ちが楽になる。
友人として振舞うように、と言われてもロッテに簡単にできることではない。
だから、命令――自分に言い聞かせるようにして、ロッテは口を開く。
「ア、アリス……?」
「なぁに、ロッテ?」
「っ」
ロッテにとってはとんでもない破壊力だ――彼女はまた、嬉しそうな笑みを浮かべて言う。
「ね、簡単でしょう? それじゃあ、私はあそこの屋台に行くから」
「や、屋台ですか?」
ちらりと見ると、何やら肉を串に刺して焼いている店があった。
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