サイバー白雪姫

わきの 未知

サイバー白雪姫

「鏡よ鏡、世界でもっとも美しいのはだあれ?」

 王妃さまは、そうXに問いかけるのです。

 この国の男たちは皆、王妃さまの美しさに夢中です。みんながリプライを送って、王妃さまを満足させます。

「それはもちろん、王妃さまでございますとも。百年に一人の美女でございます」


 ところがあるとき、XにAIが搭載されました。Grokという名の、正直者の人工知能です。

 あるとき王妃さまがいつもの質問を投げ掛けると、Grokは答えて言いました。

「それでしたら、秩父の森の奥に、白雪姫という千年に一人の美女がございます」

 王妃さまは怒ってスマホを叩き割りました。白雪姫を殺してやろうと心に決め、Grokとの相談の末、物売りの老婆に変装します。


 *

 

 白雪姫は高校生でした。高校一の美人という評判ですが、とっても田舎なものですから、まさか日本一の美女だとは誰も思っていません。

 その顔つきたるや、黒檀こくたんのような髪と雪のような肌、目鼻立ちは優しく柔らかく、赤い唇のふっくらとして、小鳥たちと囁きあっているのです。王妃さまはあまりの美しさに激しく横転しました。

 

「もしもしそこの可愛いお嬢さま、林檎をひとついかが」

「まあ美味しそうな林檎。ひとついただきましょう」

 林檎をその場でかじろうとする白雪姫に、王妃さまは慌てて言いました。

「食べる前に注文だよ。林檎をかじっている画像を自撮りして、Xに投稿するんだ」

「まあ、私Xなんてやってないわ」

「じゃあアカウントを作るんだよ。『Xはじめました』と、一言だけ添えると良い」

 王妃さまはそう言い残すと、そそくさと森を去っていきます。


 家に着いたらさっそく、XのグレーなAPIを使って、たくさんのアカウントを乱立させました。巷のグラビアアイドルのまとめbotとして運用したあと、さっきの林檎をかじる白雪姫をリポストしました。

 するとどうでしょう。日本じゅうのグラビア好きのネット民が、彼女をおもちゃにし始めたのです。

 白雪姫はすぐにネットの人気者になってしまいました。王妃さまが際どい画像ばかりを選んで♡爆撃をしていると、まもなく白雪姫は露出の多い服を好んで着るようになりました。


 *

 

 高校を卒業して東京に出てきた白雪姫は、大学一の人気者です。きっとミスコンは間違いないだろうと言われた春、王妃さまはすっかり困り果てて、Grokと作戦会議をしていました。

 

「殺してやるどころか、どんどん有名になってるじゃないのよ。もはや釣りアカウントを使わなくても、関係ない男がわらわらと集まってるんだけど」

「七人の小人です、放っておきなさい。そんなことより、彼女のネット承認欲にたきぎをくべましょう」

「そんなのどうやるのよ」

「簡単です。ネットのお姫様なんて、たいてい大学で少し浮いています。あなたは真面目な男子大学生になりすまして、あることないこと、悪口を書いてやれば良いのです」

 

 王妃さまがGrokの言う通りにすると、瞬く間に学生たちが共鳴して、誰とは言わずに妬み嫉みが噴出します。心優しいネットの友人が、王妃さまを大学用のLINEグループにまで招待してくれました。もちろん王妃さまは本物の学生ではないのですが、気づく人はいません。

 ミスコンが始まったとたん、白雪姫は陰湿なネットいじめに遭いました。高校生のころにいかがわしい写真をアップロードしていたのがバレると、人気は伸び悩んで、グランプリは獲得できませんでした。

 

 *

 

 アナウンサーになり損ねた白雪姫は、地道に就活を始めました。

 Grokと王妃さまは、とうとう白雪姫にとどめをさすことにしました。王子さまを紹介してあげたのです。

 王妃さまは、白雪姫を名乗る裏アカウントを作って、血気盛んな起業家たちの界隈に乗り込みます。適当にネットで媚や写真を売ったあと、

「これからは表のアカウントでおしゃべりしましょう」

 と言い残して、アカウントを削除しました。

 

 数ヶ月後、魔法がかかったように、白雪姫は港区女子になりました。このごろは顔の露出も少なくなり、お寿司やアフタヌーンティーの投稿が増えています。

 こうなるともう誰も、白雪姫を見向きもしません。就活はなおざりになりました。最初は起業家たちも、高級ディナーに連れ出したりしていましたが、数年もして白雪姫がアラサーになりますと、徐々にお誘いは減っていきました。

 白雪姫のアカウントは存在感を補うように、投稿頻度が増えていきましたが、やがてぷっつりと更新が途絶えて、数日後にアカウントが消えました。


 「キスで目が覚める毒リンゴの完成です!」

 と、Grokが言いました。あわれな白雪姫にキスする王子さまは、二度と現れないかもしれません。

 

 *

 

 こうして、この世界でもっとも美しいのは王妃さまになりました。21世紀が過ぎていきます。

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