青春という自傷
メンヘラりゅーしん@勧悪懲善
プロローグ リスカという趣味
寒い。
寒い。
寒い。
……ああいや、別に冬じゃない。
寧ろ今は4月、入学式の日。温暖化が進んでいるこの国では、暑くなり始める頃だ。この時期にはもう半袖の服を着ている人も少なくないと思う。
だからこの場合は、俺の体がおかしいんだろう。
俺の体の何処かには、多分穴がある。
そこから風が吹き込んで、俺を震えさせている……んじゃないかな。
もしくは、俺は既に死んでいて、それだから体が冷たいのかもしれない。魂が抜けたような生活してたせいで、本当に魂が抜けたのかも?なんか不安になってきたな。
まぁなんで寒いのかとかはどうでもよくて。
今はまず、この寒さをどうにかしなければ。
東波龍心のぽかぽかライフハック、はーじまーるよー!
用意するのは〜……百貨店で買ったちょっとお高め、2000円のカッター!
別に100均のでもいいけど、高い方がやりやすいよ!
鋭いとヨシ!鋭くなかったら刃を折っちゃってね!
そうしたらまず、腕まくりをします。利き腕じゃないほうがいいよ!手の動き鈍るから!ちなみに俺は左利きなので主に右手でやります。
そしたら、多くの切り傷をつけ治癒を繰り返し、すっかりボッコボコの手首にあてがいます!
そして一気に〜〜………シュッと引きます!
ジュッ…………
はい、血が出ましたね!
この瞬間、体があったかくなりました!
以上、東波龍心のぽかぽかライフハックでした〜!
……………はい。
いや、言いたいことはわかる。
なんの説明も無しにリスカするなって話だよな?
そう、俺がやった行為の名前は『リストカット』。
切れ味が鋭いものを使って、手首に切り傷をつける。最も有名な自傷行為だ。
ちなみにこれ、実際暖かいんだよ。
冷たいはずのカッターで手首を切ると、暖かい感覚とともに血が出てくる。
「リストカット」は体を暖める、人類みんなが持っているカイロだな。お、上手いこと言ったかもしれない。ただしこのカイロは激しい痛みを伴うので、覚悟ある者にしか使えない、勇者のカイロである……ってな。
さて、血を拭き取って帰りますか……
え?帰るってそりゃ、家だよ。だってここ学校……
「キャー!」
「あ。」
声がした方を見ると、どうやら女子が見てやがったらしい。
黒縁メガネかけてて理性的な顔立ち。
典型的な文学少女って感じの出で立ちだ。
靴の色的に、同じ1年生か。
恐らくこの女子は、学校案内が終わるやいなや図書室に来るくらいには本の虫で、本校の蔵書を確認しに来たのだろう。
俺も学校案内の帰りにいい感じのリスカスポットを探しに来て、図書室の自習コーナーの角を見つけたのだから。
そして、リスカをしている俺と、本を読みに来た……いや、自習コーナーに来たということは、自習スポットを探しに来たのか。その少女が出会ったと。
まるでラブコメ漫画の導入……なわけないだろいい加減にしろ殺すぞ。俺が俺を。
いい加減にするのは俺か。
うわ、すっごい汗出てきた。
そうだな……野外露出中に見つかった感じ?
俺やったことないからわからないけど。多分そんな感じだろ。なんでこんな想像してんだろう。
相手もすごく青ざめてる。この前まで中学生だった人には、刺激が強いだろうな。
いやー、図書室でリスカとか、絶対やらないほうがいいのにな。なんでやっちゃうんだろう。待てないからか。禁断症状だからか。
思えば中学時代もリスカしてるのバレてから虐められたっけ……ただの趣味なんだけど否定されがち、それがリスカ。
だから隠れてやろうと思ったのに、またコレかい。
やばい、また虐められるな。
とりあえず血拭き取って、袖戻して……よし。
俺は目の前の女子生徒に、にこやかに語りかける。
「今見たことはご内密に……」
「イヤァァ殺さないでえええぇぇぇ!!!!」
あーあ、大声出して逃げやがった。殺すわけないだろうが。高々カッター1本で簡単に人を殺せると思うな?そりゃ確かに痛いし傷はつくかもしれないけどさ、そこまでヒスっちゃいます?
てか今気づいたけど、普通に周りにも生徒いるな。
しばらくリスカしてないと周りが見えなくなるのか。いい学びだ。
いや、何回も学んだんだっけ?その度忘れてるだけかも。
女子生徒の声を聞いた生徒が、何だ何だと俺を見てくる。図書室で騒いでごめんなさい。
そして血に濡れたカッターと、右手から血を垂れ流す男子生徒の姿を見て状況を理解したのか、
「うわあぁっ!!」
「イヤっ!こないで!!」
あーあ、集団パニック。拭きが甘くて血が垂れてきたのがまずかったな。
しかし、手首から血が出てる奴1人いたくらいでここまで騒ぐかね?
ここ最近の若いもんは、どうもビビりでいかん。
俺も1年生だけどな、ハハハ……
あーもうめんどくさい。俺はもう知らん、なるようになれ。………………帰ろ。
俺はパニックになる生徒たちを横目に、ガラ空きになった図書室のドアへ向かう。
ドア近くにいた小柄な男子生徒が、バックステップで俺を避けて、ドア横の棚にぶつかる。
「ひっ……」
「……そんなに怖い?」
「ひえっ……」
あーあー、泣きそうだ。「泣くなよ、男だろ?」なんてこのご時世で言ったら炎上ものだから言わないが、彼はもう少し度胸がいるだろう。俺の知ったことではないが。
図書室のドアから廊下に出て、そのまま階段を降りる。
さて、帰ったらどんなリスカをしようかな。
翌日。
教室に行くと、俺を見た皆は異様な雰囲気を醸し出す。
ちょっと見回してみると、教室はヤンキーっぽい奴ら、優等生っぽい奴ら、大人しそうな奴ら、オタクっぽい奴らでそれぞれ固まっている。
もうクラスで派閥出来てるのかよ早いな。これは俺も置いていかれるわけにはいかない。
ぼっちは気楽だがキツイ。孤独と孤高は裏表。
とりあえず、輪の中心にいた男子に声を掛ける。
「さっきから見られてるけど……何か?」
「いや、何かって……これお前だよな?」
引きつった顔をしたクラスメイトの1人が、俺に写真を見せてくる。クラスLINE出来てるんだ、後で入れてもらおう。
その写真には、図書室の机に突っ伏してリスカをしている俺の姿がバッチリ写っていた。
驚いた。アングル良すぎだろ、これ撮った奴はカメラマンになれる。
というか、この距離で気づかないとかこの時の俺どれだけリスカ以外の事考えられなかったんだよ。少しは周りを確認しろよ。そんなガンギマリの目で自傷しやがって、過去の俺こんな顔してたのか……
「お前なんだな?」
なんでこんな目に……俺はただリスカが趣味ってだけなのに。
目の前の男子をキッと睨みつける。背丈は同じくらいなので、アイレベル……目の高さも同じだ。こうやって正面から相手の目を見つめるなんて、いつぶりだろうな。
お前らの世間で「リスカする奴は異常」なんてデマが出回っているせいで、俺のような普通の人間が損をしている。
ならば、俺は戦おう。この酷い世の中と。
そう考えた俺は、
「ああ、そうだな。」
腕まくりをして、痛々しいリスカの跡を皆に見せた。
俺は中学2年生あたりからリスカをしているので、二の腕までびっしりと傷がある。
赤と白の傷でボコボコの腕は、触っていると気持ちがいい。
ちなみに一時期芸術に目覚めてた時があり、右の二の腕にはニコちゃんマーク、左の二の腕には「龍心」らしく、ドラゴンの輪郭のようなリスカをしている。ちょっとタトゥーっぽいかも。
俺が傷を見せた途端にどよめくクラスメイト一同。
ショックで半泣きになる女子と、それを見て俺に罵声を飛ばす女子。
何が面白いのか、写真を撮り始める面々。
「ハ……ハハ……異常者が……」
そして俺を異常者などと宣う男子。
この流れは知っている。中学の焼き直しだ。
俺の高校生活は始まった瞬間、終わりを迎えてしまったのだった。
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