ゾンビギャルな佐倉と田中
あさのや
『プロローグ』
廃コンビニの屋上。
壊れた看板がチカチカ光って、風がビニール袋を運んでいく。
その上で、二人はいつものように寝転がっていた。
「ねえ田中。
うちらが死んでから、どのくらい経ったか分かる?」
佐倉が、空を見たまま言う。
「えーと?
今日で……15年と100日、くらい、かな」
田中は自販機の残骸に足を乗せながら、適当に数える。
「15歳で、死んでから15年……
うちら、三十路、らしい。最悪。」
佐倉が長いため息をつく。風が彼女の髪をさらっていく。
「うける。見た目は15歳のままなのにね」
田中が空のペットボトルを投げて、空中でキャッチした。
どこまでも広がる荒野に、寂れた建物と二人の少女の影が揺れている。
夕日が二人の輪郭を赤く照らす。何もない風景、それが二人にとっての日常だった。
「ゾンビって、時間の流れとかあんま関係な
いはずなのに、ちゃんと年取った気がする
のがムカつくよね。」
「分かる。身体は止まってるのに、気持ちだ
け劣化してく的な…感じ」
佐倉は左袖を捲り、ポケットの中で中身のないライターをカチカチ鳴らす。
田中が徐ろにマッチを取り出し、
佐倉の煙草に火をつけた。
「それ、美味しいの?」
「なんか、少しだけ"生きてた頃“の味がす
るかも。
寿命の心配ない分、背徳感ないし。」
煙をすーっと溜め込む。
霞んだ空に、白い煙がゆらゆらと溶けていく。
「佐倉、三年くらい前に禁煙するって言って
なかった?」
佐倉は、笑いながら煙をくるくる回す。
「まあまあ、そのうちそのうち。
この先、一生長いんだし」
田中は、口元をゆがめて微笑んだ。
「長いっていうか、終わりが見えないんだよ
ね
全て止まってるのに、時間だけ動いてる感
じ。」
「第一、まともにご飯食べれる身体でもない
じゃん」
二人の笑い声が、乾いた風に溶ける。
夕陽の反射が彼女たちの瞳をかすかに照らしていた。
「食事で思い出したんだけどさ」
佐倉が落ちていた空き缶を、カラカラ蹴飛ばす。
「うん?」
「そういえばゾンビって、昔は人間食べてたらしいよね?」
佐倉がタバコを加えたまま、真顔で言った。
「あー。そもそも人間自体、今ほとんどいないみたいだけどね」
田中は天井に指をつつきながら、他人事みたいに答える。
「でもさ、まだ“人間食”で生計立ててるゾンビ、いるらしいよ」
少しの沈黙。
廃墟の向こうで風が看板を鳴らす。
「やば。変態じゃん」
「ていうかあんな明らかに衛生的にヤバそ
うなもの、よく口に入れられるよね」
佐倉が眉をしかめながら、手元のライターを見下ろす。
「私だったら絶対吐く自信ある」
田中が腹を抱えて笑う。
「一生タバコのほうがマシじゃない?」
「いや、それはない」
佐倉が肩をすくめ、田中は小さく吹き出した。
二人の足元には、誰のものともわからない古びた骨や、臓器が転がっている。
けれど、彼女たちはもうそれに何の感情も抱かなくなっていた。
******
寂れた畑のあぜ道を、2人はだらだら歩いていた。
風に乗って、どこからか焦げたビニールの匂いが漂ってくる。
地面には、もう誰も育てることのない野菜のツタが、大量に放置されていた。
「佐倉、私さ、
そろそろ前髪切ろうかなーと思ってんだけ
ど、どんな感じにすればいいか分かんな
くて。」
そう言うと、しゃがみこみ、側溝に落ちていた割れたミラー片を拾い上げて、
自分の前髪を指でつまむ。
半分呆れたように言いながら、
わしゃっと佐倉の頭を軽く触った。
「佐倉が言うなら説得力あるけどさ、
でも、どうせ生え直らないし、賭けてみた
いんだよね。
無駄に時間あるんだし、それぐらいの刺
激、あってもいい気がする」
風がふたりの髪を揺らす。
乾いた音を立てて、遠くの看板が倒れた。
「てか、前髪切ってもさ、
誰に見せるわけでもないじゃん。」
「うん。でも、自分のために整えたい日もあ
るし」
「意識高いゾンビだな」
「何それ。地味に傷つく。」
誰もいない荒野に、ふたりの話し声だけが、木霊するようにかすかに響いている。
夕日が、二人を赤く染めていた。
長く伸びた影が、砂の上で寄り添うように重なっている。
「昔さ、放課後に美容室行って、
“似合う髪型ください”って言ってた自分、
バカだったなー。」
「それが青春だったんだよ。
今はもう、鏡に映る顔より、風の匂いのほ
うが落ち着くけどね。」
「……ねえ、田中」
「ん?」
「うちら、これからもずっとこうやって一緒
にいるのかな」
田中の声は、風に紛れて少しかすれていた。
佐倉はしばらく黙って、火のついた煙草を地面に押しつける。
灰が小さく、ぱちりと弾けた。
「うける。もう死んでんのに“これから”とか
言う?」
「さあね」
「でも、いいんじゃね? 自我があるだけで、もう奇跡でしょ」
「ゾンビのくせに、ポジティブだね」
「うちら、人間のころから変わってねーし」
「なんそれ」
田中が小さく笑う。
佐倉もつられて
その横顔を、夕日がやさしく照らしていた。
どこまでも広がる荒野の向こうで、
風に揺れる鉄塔が、かすかな音を立てる。
「まー、私ら不老不死だし。ニート界の頂点目指すしかないでしょ」
「わかる一生働きたくねえー」
世界はもう、とっくに終わっている。
けれど、彼女たちの笑い声だけが、
まるでそれを否定するように、確かに響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます