最強ギャルの誘惑に俺だけが靡かない
夜空 叶ト
第1話 味のしないガムのような平凡な日常
クラスの中で僕の顔と名前を憶えている人間なんてそんなにいないと思う。
ゲームや小説で言うのなら僕はそこら辺にいる村人A……いやクラスメイトAかな。
そんなこんなで高校二年生になった僕――
「ちょっと来てもらってもいい?」
この学校でこの名前を知らない人はおそらくいないだろう。
いるとしたら、学校に来ることが出来ていない生徒か世間に目も耳も向けないような我を突き通す人間なんだろう。
僕は少なくとも彼女の事を知っていた。
「なんの用ですかね?」
凛とした表情に太陽の光を反射してキラキラと光り輝く金髪。
自信に満ちたような水色の瞳。
このクラス……いや学校のカーストの最上位である彼女が僕に声をかけていた。
あまりにも異様すぎる光景に放課後に教室に残っているクラスメイト全員の視線を集めていた。
「ここじゃ話しにくいから屋上に来てもらってもいい? すぐに終わるから」
「……わかりました」
ハッキリ言ってめんどくさいから行きたくないんだけど、クラス内のカースト最底辺どころか場外の僕には拒否権はないだろう。
めんどくさいけど、行くしかない。
彼女にバレないようにため息をついてから席を立って彼女の後をついていった。
◇
「不動くんさぁ……うちと付き合ってくんない?」
屋上についてすぐにそんなことを言われた。
何言ってんだこの人。
「……」
どう考えても本気の告白じゃない。
そもそも僕と天月さんと接点なんてなかったし、創作物みたいに昔に助けたなんてありきたりなストーリーも勿論ない。
六月の綺麗な青空は澄み切っていて僕の心を晴れやかの物にしてくれるはずなのに、今は全然晴れやかじゃなかった。
だって……噓告白されてるんだもん。
「ちょっと~無視とか酷くない? 流石に傷つくんですケド」
「ああ、すいません。ちょっと考え事をしていて」
適当にそれだけ返して時間稼ぎをする。
僕に残された選択肢はあまり多くはない。
ここで告白を受けて笑いものになるか。
素直に断ってこのまま帰るか。
どちらにしても俺の味のしないガム生活は崩れる可能性がある。
であるならば……
「そろそろいいっしょ。じゃ、うちと付き合って」
「すいませんがお断りします。僕はこれで失礼しますね」
どのみち僕の平穏が脅かされるならせめて、嘘告白をしてきたギャルに嫌がらせをしたかった。
性根の腐りきった僕の思考はそんな答えを導き出した。
屋上を後にしながら僕が考えることは一つ。
「嘘告白なんて初めてされたな」
あんな風に軽い告白も初めてだし、嘘告白ももちろん初めてだ。
全く、趣味が悪い。
弄ばれる側の気持ちを少しは考えたほうがいいと僕は思う。
そもそも、なんで僕なんかに嘘告白なんかしたんだ?
罰ゲームか何かだろうか。
「天月さんギャルギャルしいしな。みんな天月さんの事可愛いって言ってるけど、僕は目が悪くて顔がよく見えないんだよね」
個人を判断する程度には見えるけど、詳細には見えない。
人を識別するには問題ないけど美醜はそこまではっきりとはわからない。
メガネはかけているけど度数はあってないんだよな。
「そのほうが人の目を見なくて済むから良いんだけどね」
てか、こんなに独り言を言ってる僕気持ち悪いな。
いつからこんな癖着いたんだろ。
「ま、いっか。さっさと家帰ろ」
何故だかどっと疲れた。
僕は梅雨入り前の少し涼しい風を全身に受けて帰路を辿る。
少し前までは桜が咲き誇っていた桜並木は全て緑色に変わっており、葉は気持ちよさそうに風に揺られていた。
これからの学校生活にどんな影響が出るのかわからないけど、まあどうにかなるでしょ。
「言っちゃえば、なるようにしかならないわけだし」
そう言う考え方で僕は今まで生きてきたわけだし。
今更考え方なんて変わらない。
深く考えることをしないようにして僕はそのまま桜並木を歩くのだった。
◇
「おはよ~不動くん」
「……おはようございます」
翌日、いつものように朝の早い時間に登校したら天月さんがいた。
ニコニコしながら彼女は僕の肩をどんどんと叩いてくる。
ギャル怖い。
「なんでそんなによそよそしいわけ? うちら同じクラスじゃん!」
「それはそうなんですけどね」
僕と天月さんでは住む世界が違うし、天月さんがどう思っていようが周りはそれを許さない。
クラスメイトAごときが学校の最強ギャルにため口なんて言おうものなら八つ裂きにされてしまうかもしれない。
そんなのはハッキリ言ってごめん願いたい。
俺はクラスメイトAで居たいのだ。
「じゃあ、普通にタメ口で話してよ~そんな風なしゃべり方だと距離感じるんですけど~」
「そりゃまあ、距離を取ろうとしてるんで。むしろ、距離感を感じてるのにどうして普通に接してくるんですか?」
「え? だって距離を感じててつめなかったらそれこそ距離が開くだけじゃんか。距離を開けられたと思うならつめないとね」
なんて厄介な人なんだ。
距離を置こうとしたらわざわざ詰めてくるなんて、なんて質が悪いんだ。
正直やめていただきたい。
どうしてわざわざ僕の味のしないガムのような平穏で平凡な日常を壊そうとするのか。
……昨日の嘘告白に対する返答が相当に気に食わないようだ。
一体どないせいっちゅうねん。
「……はぁ」
流石にため息が止まらない。
どうすればこの人は僕から興味を無くしてくれるのか。
何を差し出せば、平穏で目立たない生活が帰ってくるのか。
う~む、わからんな。
「なんでため息ついてんの? こんなに可愛い女の子がアプローチしてるんだからもっと喜びなよ」
「喜べませんよ。僕は静かな生活を送りたいだけなんです。だから、是非とも関わらないでくれると嬉しいんですけど」
こんなことを言って素直に引いてくれるのか。
答えはおそらく否である。
こういうタイプは絶対に引いてくれない。
なんで、目をつけられてしまったんだ。
「あはは~それは無いね! 残念しょ~このままクラスのみんなが来てもうちはこんな風に絡み続けるよ? だってそうした方が不動くんが嫌がりそっしょ?」
何とも腹立たしい事だが、大正解である。
そうされるのが今の僕にとって一番嫌な事だ。
それに関しては間違いがない。
「……いい性格をしてますね」
「あはは~不動くんには言われたくない。だって昨日の告白断られたし、精一杯嫌がらせしたいじゃん?」
「普通、好きになった人の幸せを望むものでは?」
まあ、僕も恋愛なんてしたことは無いから僕がいま言ったのは一般論なんだけど。
この考えはそこまで間違ったものではないと思う。
しらんけど。
「だって君、私に精一杯の嫌がらせをしたくて断ったっしょ。そういう顔してたし」
「……さぁ?」
自分でも思うあまりにも苦しいい訳をしてみるが、天月さんの表情はにこやかなものだった。
何ともまあいい性格をしていらっしゃる。
「図星じゃ~ん。というわけでうちも君が嫌がることを精一杯してやろうと思ってね~」
「もう、好きにしてください」
これ以上、付き合っていても僕の体力が無意味に浪費されるだけだ。
何も得ることが無い。
はぁ、本当にどうしてこんな目に遭うことになるんだよ。
僕が何をしてしまったというんだ。
(普通に嫌がらせで告白を振ったのがいけなかったのかな)
考えても仕方がない。
こんな状況になってしまったからには甘んじて注目なりやっかみなりを受けることにしよう。
はぁ、めんどくせぇ。
◇
結果的に言うと、ものすごく注目された。
学校内でも有名で最強ギャルとも言われる天月凜々花が学校内でも特に目立つことのない日陰者の僕に話しかけているという異様な光景を目にした学校の生徒たちは大いに僕に注目してきた。
この学校には裏掲示板という時代錯誤にもほどがあるサイトがあり、そこには様々な書き込みがすでになされていた。
【天月さんが陰キャに話しかけてた!?】
【弱みか何かを握られたんじゃないの?】
【だよな。俺もそう思う】
なんて理不尽なんだ。
こんなことが書き込まれているせいか、廊下ですれ違う生徒たちの視線が痛い。
「僕が何をしたって言うんだよ。ちくしょう」
昼休みに誰もいない場所に向かうのは僕の日課だ。
普段なら誰にも見向きされないはずなのに、今日は物凄く視線を集めてる。
正直、こんな風にジロジロ見られるのは物凄く不愉快だ。
「まあ、いい。人の噂も75日って言うしな。それくらいの期間息を潜めておけばまあ何とかなるだろ。知らんけど」
他人の無責任な噂に振り回されるなんてまっぴらごめんだ。
僕は僕のままのんびり気ままにこれからも生きて行こうと思う。
「……なんでずっとついてくるんですか?」
「えぇ~だって不動くんとお話ししたいんだもんね~」
どうやら、朝言っていた精一杯の嫌がらせというのは今も継続中みたいだ。
全く、なんで僕がこんな目に……
陽キャギャルの遊びの罰ゲームに付き合わされた挙句、こんな風にいろんな奴の注目を集めたりなぜか学校の裏掲示板ではもう人気者になってしまった。
「もう、好きにしてください」
目をつけられたら終わり。それがはっきりわかった。
抵抗する気力も起きなくなったからもういいや。
諦めて天月さんとの会話を適当に済ませて人が誰もいない屋上の扉をあける。
「不動くん、屋上よく使ってる感じ? めちゃ慣れてる感じだけど」
「あんまり人が多い場所にいるのは得意じゃないんです。だから、自由な時間があるなら僕はできるだけ一人で居られる場所に行くんですよ。というわけで、僕を一人にしてくれると嬉しいんですけど?」
「あはは~それはないね! うちは借りは返すタイプの人間だからね」
屈託のない笑顔で天月さんは笑っているように見えた。
なんて、性格の悪い人なんだ。
僕も人のことは言えないんだろうけどさ。
「そうですか。じゃあ、諦めます」
「うん! 諦めてね~不動くん?」
「はぁ、本当にどうしてこうなったんだ」
僕に選択肢はなかったんじゃないか?
あの時、告白を受けても笑いものにされるだろうし今回みたいに断ったらこの有様。
どちらを選んだとしても最終的にこうなる結末だったのなら、この最強ギャルに嫌がらせをしたほうが良かったと思う。
「それは~不動くんがうちの告白断るからっしょ。どうする? 今からでも告白の返事を変えちゃってもうちは全然オーケーだよ」
「それはないっすね。僕は誰かと付き合う気とかないんでね」
「へぇ~うちはそういう事を言ってる人を堕とすのも嫌いじゃないよ?」
「せいぜい頑張ってくれ。僕はそんなのに付き合う暇はない」
「急に口調変わるじゃん? それが本性?」
本性というか、まあ素ではあるな。
こうなった以上、僕がどれだけ天月さんに対して辛辣になっても僕の周りを取り巻く噂話は無くならないだろう。
どうせ付きまとわれるんだ。
いつまでも敬語というのも疲れる。
「そういうわけじゃない。気を使うのをやめただけ。そういうわけだから、とっとと屋上から出て行ってくれない? 僕は一人で居たいんだ」
「不動くん、結構容赦ないね~。ま、言う通りになんてしてあげないけどさ」
「でしょうね。まあいいや。僕はそこらへんで適当に寝てるから」
ここの屋上は原則立ち入り禁止ではあるが、鍵はかかっていない。
周囲をフェンスで囲まれてはいるが、かなり老朽化が進んでおり錆が見え隠れしている。
六月の澄んだ綺麗な空に昇る太陽。
そよ風が頬を撫でる。
日向ぼっこをするのにはまだ最適と言える気温。
背中を床につけてそのまま仰向けになる。
「……本気で寝る気なん?」
「当たり前だ。午後の授業はサボろうかな。あれだけ悪目立ちしてたら碌に授業になんて集中できないしな」
「あそ。不動くん真面目君かと思ってたけどそう言うわけじゃないんね」
「別に僕は自分から真面目キャラを自称した覚えはないな。そういうわけでおやすみ」
これ以上、天月さんに構っているのも面倒なので目を瞑って日光を全身で浴びる。
暖かく心地いい日光が全身を照らして、ポカポカとしていて最高だ。
同じ空間に天月凜々花という最強ギャルがいなければいう事が無いんだけどな。
「は~暇なんですけど~こんなに可愛い女の子が一緒に居るんだからお話くらいしようよ~」
つまらなそうに喚く天月さんにガン無視を決め込んで僕は日向ぼっこ+昼寝を続ける。
今日は午後の授業をサボることに決めたし、時間を気にする必要は無い。
昼寝をするのに最高の気候で最高の条件だった。
六月の暖かな陽光が僕を照らし、そよそよと風が全身を撫でる。
その心地よい感覚に身を委ねながら意識を手放した。
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