第07話「工房の飛躍と新たな仲間」

 辺境の町ダリアに、『恵みの工房』の名が知れ渡るのに、そう時間はかからなかった。譲の誠実な顧客対応と、ルナの天才的な職人技、そして何より、彼らの作る武具が持つ不思議な性能が、冒険者たちの間で確かな信頼を勝ち取っていったのだ。

 工房は日に日に忙しくなり、譲とルナの二人だけでは、舞い込んでくる注文をさばききれなくなりつつあった。

「師匠、嬉しい悲鳴、ですね」

 ルナは、額の汗を拭いながらも、充実した表情で微笑んだ。彼女の職人としての腕は、この数ヶ月で飛躍的に向上していた。今では、デザインから仕上げまで、ほとんど一人でこなせるようになっている。


「ああ。だが、このままじゃ品質を維持できない。そろそろ、新しい仲間を探すべきかもしれないな」

 譲は、事業拡大の必要性を感じていた。サラリーマン時代、人手不足でプロジェクトが破綻する様を何度も見てきた。リスク管理の一環として、増員は急務だった。


 そんなある日、工房に一人のドワーフが訪れた。歳は五十代ほどだろうか。ドワーフとしてはまだ若いが、その顔に刻まれた皺と、硬い筋肉に覆われた腕が、彼の長い職人経験を物語っていた。

「ここが、噂の工房か。わしはボルガン。ちいと、あんたらの武具を見せてもらおうか」

 ボルガンと名乗るドワーフは、ぶっきらぼうな口調でそう言うと、陳列されている剣や鎧を、まるで値踏みするように手に取って眺め始めた。その目は、明らかに玄人のものだった。

「……ふむ。作りは悪くない。いや、むしろ見事だ。特にこの仕上げの丁寧さは、なかなかの腕だ」

 彼はルナが仕上げた鎧の継ぎ目を指でなぞりながら、うなるように言った。

「お褒めにあずかり光栄です」

 譲が応じると、ボルガンは厳しい視線を譲に向けた。

「だが、奇妙だ。使われている素材は、どれも変哲もない鉄や鋼ばかり。それなのに、なぜか全体から微かな魔力が感じられる。まるで、素材そのものが生きているようだ。一体、どんなカラクリなんだ?」

 譲は少し迷ったが、彼に嘘は通用しないと直感した。

「俺のスキルで、素材に少しだけ特殊な加工を施しているんです。企業秘密ですが」

「スキル、だと?」

 ボルガンは眉をひそめた。職人の世界では、スキルに頼る者は半人前と見なされる風潮があった。本物の職人は、己の腕一本で勝負すべきだ、と。

「ふん、スキル頼みの若造が作ったものか。どうりで……」

 ボルガンの声に、失望の色が混じる。その時、黙って話を聞いていたルナが、一歩前に出た。

「違います!師匠のスキルは、素材の可能性を最大限に引き出すためのものです!私たちの武具は、師匠の知識と、私の技術が合わさって初めて完成するんです!」

 普段はおとなしいルナが、声を荒らげて反論したことに、譲もボルガンも驚いた。


「ルナ……」

「師匠を、馬鹿にしないでください!」

 銀色の耳をぴんと立て、尻尾を逆立てて怒るルナの姿には、鬼気迫るものがあった。ボルガンは、その気迫に一瞬たじろいだが、やがて興味深そうににやりと笑った。

「ほう。面白い嬢ちゃんだ。そこまで言うなら、その腕前このわしに見せてみろ。もしわしをうならせることができたら、さっきの無礼は詫びてやる」


 かくして、ルナとボルガンの、即席の鍛冶対決が行われることになった。題材は、一本のダガー。同じ鉄の塊から、どちらが優れたダガーを作り上げるか。

 カン!カン!と、工房に二つの槌音がリズミカルに響き渡る。

 ボルガンの仕事は、熟練の極みだった。無駄のない動きで的確に鉄を鍛え、形を整えていく。長年の経験に裏打ちされた、まさに王道の技術だ。

 一方のルナは、天才的だった。彼女はまるで鉄と対話するかのように、最も効率の良い形、最も力が伝わる重心を、感覚で見抜いていく。彼女の槌音は、ボルガンのそれよりも軽やかで、まるで歌っているかのようだった。

 譲は、ルナにだけ、こっそりと呪いを反転させた特殊なオイルを渡しておいた。焼き入れの際に使うことで、刃の強度をわずかに増す効果がある。これも、彼らの工房だけの秘密兵器だ。


 数時間後、二本のダガーが完成した。

 ボルガンのダガーは、質実剛健。ドワーフの工芸品らしい、力強さと信頼性を感じさせる逸品だった。

 ルナのダガーは、しなやかで美しい。女性的なフォルムながら、その刃は剃刀のような鋭さを秘めていた。


「……審査は、どうする?」

 ボルガンが尋ねる。

「試し斬り、でしょう」

 譲が用意したのは、工房で一番硬い鉄のインゴットだった。

 まず、ボルガンが自身のダガーを振り下ろす。ガキン!という鈍い音と共に、刃はインゴットに数ミリ食い込んだが、そこで止まった。

 次に、ルナが深呼吸をして、ダガーを構える。彼女の動きには、一切の迷いがなかった。

 シュッ、という風を切る音。そして、キィン!という甲高い金属音。

 ルナのダガーは、ボルガンのものよりも深く、倍以上の深さまでインゴットに突き刺さっていた。

 工房内が、静寂に包まれる。

 ボルガンは、インゴットに突き刺さった二本のダガーを、信じられないという表情でただじっと見つめていた。

 やがて、彼は天を仰いで、豪快に笑い出した。

「わっはっはっは!参った!完全にわしの負けだ!」

 彼はルナに向き直り、深々と頭を下げた。

「嬢ちゃん、いや、師匠。さっきはすまなかった。あんたは、わしなど足元にも及ばん、本物の天才だ」

 そして、ボルガンは譲に向かって言った。

「あんたの言った通りだった。スキルと技術、その二つが合わさって、初めて本物が生まれる。わしは、頭が凝り固まっていたようだ。……頼みがある。わしを、この工房で働かせてはくれんか?」

 予期せぬ申し出に、譲とルナは顔を見合わせる。

「わしは、もっと腕を磨きたい。あんたらと一緒に働けば、わしはもっと高みに行ける気がするんだ!」

 熟練のドワーフ職人が、年下の、しかも人間の若者と獣人の少女に頭を下げる。異例の光景だった。

 譲に、断る理由はなかった。

「こちらこそ、よろしくお願いします。ボルガンさん」

 こうして、『恵みの工房』に、二人目の職人が加わった。ボルガンの加入は、工房の生産能力を飛躍的に向上させただけでなく、彼の持つドワーフならではの知識と人脈が、工房に新たな可能性をもたらすことになる。

 譲のリスク管理能力、ルナの天才的な技術、そしてボルガンの熟練の経験。三つの歯車が噛み合い、『恵みの工房』は、辺境の一工房から、大陸全土にその名を轟かせる伝説の工房へと、大きな一歩を踏み出したのだった。

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